
公立学校教員の労働環境をめぐる議論が続く中、香川県で2025年3月に注目の判決が下された。
元高松市立中教諭の男性が香川県を相手取り、時間外勤務や休憩の未取得が労働基準法に違反するとして損害賠償を求めた裁判で、高松地裁は県に5万円の支払いを命じた。
公立学校の教員は、給特法に基づいて勤務条件が定められており、労基法による多くの規定が、実質的に適用除外とされている。
この判決について、労働問題にくわしい嶋﨑量弁護士は「健康被害が認定されていない事案で損害賠償を命じた点は評価できる」としつつ、「教員全体の働き方に直ちに影響を及ぼすものではない」として、過大な期待は避けるべきとの見方を示している。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●「休憩未取得」などによる労基法認定判決文によると、男性は2019年、当時勤務していた高松市内の公立中学校で実施された集団宿泊学習およびそれに関連する会議に、引率教員として参加した。
その際、使用者が労働者を働かせることができる時間の上限(1日8時間・週40時間)を定めた労働基準法32条や、使用者に労働者への休憩付与を義務付ける同法34条などの違反があったとして、香川県に対し141万円の損害賠償などを求めて提訴した。
高松地裁は3月25日、県が労基法に違反したと認定し、5万円の支払いを命じていた。
●労基法違反は「限定的な場面」過大評価はできない公立学校の教員は、時間外手当の代替として一律月額4%の教職調整額が支給され、残業代が支払われない。これは教員の職務や勤務の特殊性に基づき、給料や労働条件の特例を定めている給特法に基づくもので、多くの労基法上の規定が事実上適用されないとされている。
嶋﨑弁護士は、今回の判決について次のように述べる。
「今回の判決が違法と認定したのは、宿泊学習や、その準備会議という非常に限定的な場面にすぎません。教員全体の勤務実態に影響を与えるようなものではなく、過大評価すべきではありません」
一方で、「校長が事前に詳細な勤務時間の割り振りをおこなっていたことが証拠にも残っていたことで、教員の自発的な判断に基づかない業務であると認定されたことから、労基法の定める労働時間であるとして労基法違反も認められました。給特法のもとでも、こうした場面では労基法違反が認められることを示した意義はあります」と評価点も明確にしている。
●「休憩」で賠償が命じられたことに意味がある今回の判決の賠償額は全体で5万円と少額だが、嶋﨑弁護士は、健康被害が認定されていないケースで、損害賠償が命じられたことの意義を強調する。
「これまでの裁判では、過労死や精神疾患などの健康被害があったケースに限り高額の賠償が命じられてきました。今回は、そうした健康被害がなくても、労基法違反が損害と評価され、賠償が命じられた点に大きな意味があります」
特に注目したのは、上記の5万円のうち、労基法34条違反(休憩の未取得)についても2万円の賠償が命じられている点だ。
「給特法は休憩時間に関する労基法の規定を排除していません。しかし、現場では適法な休憩が確保されていない状態が蔓延しています。この判決を契機に、文部科学省や各自治体、学校現場での休憩取得の見直しが進むことを期待しています」
●教員の勤務は「無法地帯」給特法の矛盾が明確に文科省が2022年度に実施した教員勤務実態調査によると、月80時間以上の「過労死ライン」を超えると想定される教員の割合は、小学校で16.6%、中学校で36.6%に上っている。
嶋﨑弁護士は、公立教員に関する労働時間規制が形骸化している現状について「給特法の存在によって、多くの労基法の規定が実質的に教員には適用されず、いわば"無法地帯"となっているのが実情です」と指摘する。
今回の判決についても「給特法という網の目をかいくぐるかたちで、罰則も定められている労基法違反を理由に損害賠償が命じられた点は、現在の給特法の矛盾を明確に浮き彫りにしたものといえます」とした。
さらに「労基法に定められた労働時間規制は、本来『最低基準』であり、違反には罰則もある」と強調した。
先の国会で成立した改正給特法では、付則において時間外業務の上限を「月平均30時間程度」とする目標が盛り込まれた。一方で、労働基準法に基づく時間外手当が支給されない現行の仕組みは維持されている。
「労基法を下回る労働条件は、憲法27条2項に違反する人権侵害と言える。今回の判決を契機に、長時間労働を是正するための労基法の仕組みが、公立教員においてもきちんと機能すべきだという議論が進むことを望む」と述べた。
【取材協力弁護士】
嶋崎 量(しまさき・ちから)弁護士
日本労働弁護団常任幹事。主に労働者の権利擁護のため活動し、教員の労働の問題にも取り組む。著書に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」(いずれも岩波ブックレット・共著)、2019年給特法改正の衆院・国会参考人。
事務所名:神奈川総合法律事務所
事務所URL:http://www.kanasou-law.com/

コメント