
人生100年時代と言われる昨今、定年後も長い老後に備えて働くことを選択する人が増えています。定年後に職が決まるまでの間「失業手当」は重要な収入源でしょう。ただ、この失業手当、受け取り方によって金額が大きく違ってくるというのです……。65歳の伊藤さんの事例をもとに「失業手当」と「高年齢求職者給付金」それぞれのしくみと注意点をみていきましょう。石川亜希子FPが解説します。
定年退職後、新たな職探しに励んでいたが…
伊藤智彦さん(仮名・65歳)は、都内のはずれにある持ち家に、妻の久美子さん(仮名・61歳)と2人で暮らしています。
伊藤さんは60歳で定年を迎えたあと、同じ職場で5年間再雇用として勤務しました。再雇用時の年収はそれまでの800万円から半額の400万円でしたが、65歳までしっかり働いて退職。現在は年金を受給しながら、趣味のテニスを満喫しています。平日の午前中はテニスで心地よい汗を流し、午後は仲間と乾杯。伊藤さんにとって、この運動後の一杯がなによりの楽しみです。
また、心身ともにまだまだ元気な伊藤さんは、最近「自分のペースでもう少し働きたい」と、ハローワークに通って仕事を探しています。
そんなある日の昼下がり。いつものようにテニスを楽しんだあと仲間と食事をしていると、ひょんなことから話題は「老後の仕事」に移りました。
「最近ハローワークに通っているんだけど、なかなか良い仕事が見つからないんだよなあ」
伊藤さんがそう言うと、仲間の1人である木村さん(仮名)から驚きの情報が。
木村「わかる、なかなか見つからないよな。これで失業手当がなかったらと思うと恐ろしいよ」
伊藤「ん? 失業手当?」
木村「そうそう、いつ次の仕事が決まるか分からないから。もらえるものはしっかりもらわないとな」
伊藤「ちょっと待て、失業手当って、高年齢なんとか給付金ってのと一緒か? あの50日分もらえるやつ」
木村「いや、もっともらえるよ、150日分だったかな。その給付金とは別だと思うけど……」
不安になった伊藤さんは帰宅してすぐさまパソコンを開き、木村さんが話していた手当について調べ始めました。
定年前に知らないと損する「失業手当」の落とし穴
「失業手当」とは、正式には雇用保険の基本手当のことを指します。離職した際に再就職までの生活をサポートするために支給される給付金のことです。
失業手当を受給するには、下記のような要件があります。
〈失業手当の受給要件〉
・離職時65歳未満
・離職の日以前2年間に、通算して12ヵ月以上雇用保険の加入期間がある(一般の離職者の場合)
・就職しようとする積極的な意思があり、求職活動を行っているにもかかわらず「失業の状態」にある
失業手当は「基本手当日額×所定給付日数」で計算されます。基本手当日額は、原則として離職した日の直前の6ヵ月間の賃金(賞与等は除く)の合計額を180で割って算出した金額のおよそ45%~80%です(上限額あり)。
また、特定理由(会社の倒産や解雇など)を除く一般の離職者の場合、所定給付日数は最大150日です。なお、150日分給付を受けるためには、雇用保険の加入期間が20年以上ある必要があります。
失業手当は上記のように「離職時に65歳未満であること」が支給要件のため、伊藤さんのように60歳で定年退職したのち、再雇用で5年間働き、65歳で退職した場合は受給することができません。その代わり、要件を満たせば「高年齢求職者給付金」を受給することができます。
「高年齢求職者給付金」の受給要件は、下記のとおりです。
〈高年齢求職者給付金の受給要件〉
・離職時65歳以上
・離職の日以前1年間に、通算して6ヵ月以上雇用保険の加入期間がある
・就職しようとする積極的な意思があり、求職活動を行っているにもかかわらず「失業の状態」にある
高年齢求職者給付金の金額についても、通常の失業手当と同様に「基本手当日額×所定給付日数」で計算されます。
通常の失業手当と異なる点は、一時金であることと、所定給付日数です。高年齢求職者給付金の場合、被保険者期間が1年以上の場合は50日分、被保険者期間が1年未満の場合は30日分となります。
つまり、64歳で退職した場合と65歳で退職した場合では、受給可能な金額が大きく異なるということです。
今回のケースでは、65歳を迎えてから退職した伊藤さんは「高年齢求職者給付金」を、65歳になる前に退職した木村さんは「失業手当」を受給していたのでした。
伊藤さんが“本来もらえたかもしれない”金額
再雇用で賃金日額(退職前6ヵ月の賃金÷180)が約8,333円だった伊藤さん。高年齢求職者給付金を受給するための基本手当日額は約5,635円※ですから、受給額は約5,635円×50日=約28万1,750円です。
一方で、もし伊藤さんが65歳になる前に退職していた場合、通常の失業手当を受給するための基本手当日額は約5,012円※となり、受給額は約5,012円×150日=約75万1,800円。その差額は、なんと約47万円にものぼります。
※ 出典:厚生労働省「雇用保険の基本手当(失業給付)を受給される皆さまへ」
「おいおい、3倍も違うじゃないか……」
一番お得なタイミングは65歳を迎える“ギリギリ”だが…
たしかに、失業手当を最大限受け取りたいのであれば、65歳になる前に早めに退職するほうがよさそうです。しかし、いくつか注意すべきこともあります。
たとえば、65歳より前に退職して、同時に「特別支給の老齢厚生年金」を受給する場合や、年金の繰り上げ受給をする場合、失業手当を受給すると、老齢厚生年金の支給は停止されてしまいます。
また、いくら失業手当の受給額が多いといえど、働いて毎月給料をもらうほうが受け取る金額は多いでしょう。賞与や退職金にも影響がある可能性もありますので、なるべく長く働いていたほうがいいですよね。
したがって、給料と失業手当の“いいとこ取り”をしたいのであれば、65歳になる直前に退職して失業手当の手続きをするのが一番お得といえるでしょう。
ただし、ギリギリに退職したい場合は「年齢到達日」に注意が必要です。雇用保険法では、年齢到達日は誕生日の前日となっています。
たとえば、7月10日が誕生日の場合、雇用保険上は前日の7月9日が65歳に到達した日となるため、7月8日までに退職する必要があります。
定年は「長い老後」のスタート地点
「お世話になった会社への恩返しとして、定年まで働くのは当たり前」
そう考えて65歳まできちんと働いて退職した伊藤さん。しかし、わずかなタイミングの差で、同い年の仲間と受け取る金額が大きく異なってしまい、悔しさが拭い切れません。
退職のタイミングは、「人生の第2ステージ」のスタート地点です。豊かな「第2ステージ」を築くためにも、知らずにいると損をしてしまう制度がないか、一度確認してみてはいかがでしょうか。
石川 亜希子 AFP

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