「仲介は利益相反だからよくない」「ファイナンシャルアドバイザー(FA)の方が公正だ」といった声を耳にしたことはないでしょうか? 本記事では現場でM&Aを実際に担当する専門家の視点から「仲介=悪」という見方に対し、もう一歩踏み込んだ見解をお伝えします。銀行員として働いていた経験もある公認会計士税理士の岸田康雄氏が、M&Aにおける仲介の是非について詳しく解説します。

M&Aにおける「調整役」の重要性

M&Aにおける価格は一方的に決まるものではなく、誰が事業を引き継ぐかによって価値が変動します。つまり、同じ企業でも、買い手の経営力やシナジーの有無によって将来キャッシュフローが大きく異なるため、単純な「金額の損得」で語るべきものではないのです。現場でM&Aを実際に担当する専門家も「仲介がどちらか一方の味方をする」という見方に疑問を呈していました。

仲介者は理想として、両者の間に立ち、価値観の違いを調整しながら合意を導く存在とされます。

「利益相反」の誤解と実態:構造的問題か、運用上の課題か

中小企業庁の『中小M&Aガイドライン(第3版)』では、仲介者が売り手と買い手の双方から報酬を受け取る構造について、利益相反のリスクを認識し、適切に対応することが強く求められています。確かに、利益相反の可能性を完全に否定することはできません。

しかし、それが常に構造的な欠陥であるかというと、一概にはいい切れません。

実際のリスクは、仲介業者の行動や姿勢に大きく左右されるケースも多いと考えられます。たとえば、片方の利益を過度に優先して無理に成約へ持ち込むような事例があれば問題ですが、それは仲介という仕組みそのものというより、その進め方に課題があると考える余地もあります。

本来的には、仲介者が中立的立場を維持し、双方の立場を理解した上で調整役を果たすことで、リスクを最小限に抑えることも可能です。すなわち、仲介=利益相反と単純に決めつけることは、現実の多様な事例を見落とすおそれがあります。

金融業界における「仲介行為」の規律と実情

私自身がサラリーマン時代、大手投資銀行に勤務していた頃の体験からも、利益相反への厳しい姿勢を感じていました。証券会社や銀行などの金融機関では、金融庁の監督下にあり、M&A支援に際しては利益相反リスクの管理が厳格に求められます。

当時の私の職場では、仲介を行う場合にコンプライアンス部門への詳細な説明と稟議が必要で、実務上は非常に慎重に取り扱われていました。実際に私は、仲介的な業務を進めようとした際、上司同席のもとでコンプライアンス部から厳しく確認された経験があります。

ただし、ここで誤解してはならないのは、金融機関が仲介行為を一律に「禁止」されているわけではないという点です。適切な利益相反管理体制が構築されていれば、仲介的支援も一定の条件下で可能とされています。

M&A現場で見られる「仲介的機能」のリアルな実務形式上は仲介を行っていないとされるFA型やアドバイザー型の支援であっても、実務の中では売り手・買い手の間に入って調整する場面が多く見られます。たとえば、買い手と条件のすり合わせを行い、「この価格帯で合意できるかどうか」といった非公式の話し合いが行われることは珍しくありません。

そうしたプロセスを経るなかで、結果的に仲介的な役割を果たしているケースもあるのです。とはいえ、これは仲介型が唯一無二の手法だということではありません。M&Aの形態は非常に多様であり、FA型やセルサイド・バイサイドアドバイザー型といった他のスキームにも有効性があります。

したがって、案件の特性や当事者の意向に応じて、最適な支援形態を選ぶべきであり、「仲介的な機能が常に必要不可欠」とまで言い切ることは避けるべきです。

M&Aはゼロサムゲームではない:企業価値の向上がカギ

ここで強調しておきたいのは、M&Aがゼロサムゲームではないという構造です。売り手は、廃業時に少しでも現金回収できればよしとする立場にあることが多い一方で、買い手は引き継いだ事業を拡大させ、成長の果実を手にしたいという期待があります。

つまり、同じ企業でも見ている未来が異なり、価値の評価も自然と異なります。この違いを前提とすれば、「誰かの得は誰かの損」という単純な構図にはなりません。むしろ、M&Aによって創出された価値を分かち合うという考え方が現実的であり、双方が得をするWin-Winの構造が成り立つ余地が十分にあるのです。

シナジーを最大化することがM&Aの本質

M&Aの本質は、単なるディール成立ではなく、その後の統合プロセス(PMI)において価値を最大化することにあります。売上増加やコスト削減、経営資源の有効活用など、企業同士の組み合わせによるシナジーが発揮されることで、より高い企業価値が実現されます。

その結果、雇用の維持や賃上げ、さらには地域経済への貢献にもつながります。M&Aを実際に担当する専門家も、買収後の統合にこそM&Aの成否がかかっているという点を強調されており、「仲介が良いか悪いか」という議論だけに終始するのではなく、本質的な成果に目を向けるべきと語っておられました。

仲介の是非を超えて、M&A支援の本質を見つめ直す

今回は、「仲介=悪」という極端なレッテル貼りではなく、仲介という支援形態の役割と限界、そして他の選択肢との違いについて整理することの重要性を確認しました。仲介者の報酬構造には利益相反のリスクが内在することも否定できませんが、それは仕組みの設計や実務運用次第でコントロール可能な範囲もあると考えられます。

M&Aにおける支援のあり方は一様ではなく、仲介型に限らず、FA型やバイサイドアドバイザー型など多様な手法を比較検討することが、成功への近道といえるでしょう。

岸田 康雄

公認会計士税理士行政書士宅地建物取引士中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

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