
この記事をまとめると
■マツダはBEV専用工場を作らずエンジン車と電動車を混流生産する意向を示している
■「ものづくり革新」によって混流生産の礎は20年近く前からすでに築かれていた
■混流生産のハブとなる防府工場H2プラントを見学した
マツダは電動化時代でもBEV専用工場は作らない
マツダと電気自動車。このふたつのワードに強い結びつきを想起するというひとは、少なくとも現状ではさほど多くないだろう。
国内ではCX-60、CX-80が該当するラージ商品群においてPHEVモデルを展開するほか、いくつかの車種ではマイルドハイブリッドモデルも用意するマツダであるが、100%電気自動車——いわゆるBEVについては、2025年7月現在、国内向けのラインアップには存在していない。唯一のBEVだったMX-30 EVモデルの販売は好調とはいえず、2025年3月31日をもってカタログからひっそりと姿を消している。
だが、クルマの電動化の波は、どのメーカーにも等しく押し寄せてきている。もちろんそれは、マツダにとっても例外ではない。
そんな荒波のさなか、先日発表されたのが「ライトアセット戦略」だ。その内容を極めて簡潔にまとめれば、自らをスモールプレイヤーと呼ぶマツダが、いかにしてその既存のリソースを最大限に有効活用し、協業を含めたさまざまなやり方をもって多様なニーズに答えるか、というもの。
同時に、2030年までを「電動化の黎明期」と捉えるマツダの、電動化へ向けてのマルチソリューションを具現化するそれは実行戦略でもある。
そのライトアセット戦略のなかに、マツダはBEV専用工場を建設せず、エンジン車とBEVの「混流生産」を行うという一節があった。
言及するまでもないかもしれないが、クルマがBEVに変わるということは、エンジンがモーターになってハイ終わり、というわけではない。車体全体においてエンジン車とは異なる部分が出てくるため、必然的に製造ラインも大きく変わり、それゆえ海外メーカー中心に、BEV専用工場、専用ラインを設ける潮流が強まっている。
国内メーカーに限っても、トヨタが高岡工場に国内初のBEV専用ラインを設置するという報道は耳新しいし、スバルも2027年までにBEV専用ラインの新設を予定している。
そんな情勢を鑑みると、「BEV専用工場はやらない」というマツダの姿勢には少し懐疑的な視線を向けたくなる。BEV専用工場新設と比較して初期設備投資を85%、量産準備期間を80%低減というが、つまるところ「やらない」のではなく「できない」のではないか、という疑念も、失礼ながら浮かんだ。
マツダはライトアセット戦略にて、2027年に自社開発のBEVを国内生産することを発表しているが、そのモデルについても、山口県の防府工場にてエンジン車との混流生産が行われる予定となっている。そして今回、その防府工場での報道陣向け取材会が開かれた。
混流生産の重要拠点である防府工場
防府工場は、広島本社工場と並ぶマツダの国内における一大製造拠点だ。西浦地区では乗用車を製造するほか、中間地区では変速機の製造も行う。
西浦地区では、プレス・車体加工(溶接等)をひとつの工場で行ったのち、塗装・車両組立からはそれぞれ「H1」「H2」と呼ばれるふたつの工場へと分岐する。H1で生産されるのは、MAZDA2、MAZDA3、CX-30の3車種。これらの車種は、国内外にあるほかの工場でも生産される。
一方のH2では、グローバルで販売するモデルを含めたすべての現行ラージ商品群、すなわちCX-60、CX-70、CX-80、CX-90を生産する。このH2工場が、電動車とエンジン車の混流生産のキーとなるメインプラントであり、今回見学の機会を得たのもこちらとなる。
電動車とエンジン車の混流生産。これは電動化に追われたマツダの苦し紛れの策、というわけではない。
クルマづくりにおいて、生産効率を高める共通性と、商品競争力を高める多様性というものはトレードオフの関係にあることは想像に難くないだろう。その相反する関係にブレイクスルーを起こすべく、2006年にスタートしたのが業務改善プロジェクト「ものづくり革新1.0」(当時の呼称は[モノ造り革新])だった。
マツダの企業規模は、自動車メーカーとしてはそう大きくない。いわゆるスモールプレイヤーであるマツダがさまざまな車種を生産しようとすれば、どうしても生産効率は落ちる。いかにして既存のリソースを有効活用しながら効率を最大限に上げるかということを考えたときに生まれたのが、複数車種をひとつのラインで生産する混流生産というやり方だった。電動化のずっと前から、布石は打たれていたのだ。
複数車種をひとつのラインで生産する、と口にするのは簡単だが、実現はそう簡単なものではない。開発サイドには、特性の共通化による高効率開発。生産サイドには、工法・工程の共通化による高効率生産がそれぞれ求められ、開発と生産が一体となって実現したのが、ものづくり革新1.0の混流生産だった。
そこから十余年。クルマそのものも、クルマを取り巻く環境も、大幅に変化した。電動化を筆頭として、知能化やソフトウェア開発など、多様性の幅が大きく広がった。そうした時代の波に乗るべく始動したのが、「ものづくり革新2.0」である。
ものづくり革新2.0の基本的な方向性は、1.0と変わらない。すなわち、そのコアは多様化にアジャストした効率化であるが、2.0ではその規模をさらに拡張。社内に留まらず、サプライチェーンとも一体となって効率化を推し進め、混流生産をさらに進化させる。
前置きが長くなってしまったが、その進化した混流生産の最先端をいくのが、今回見学の機会を得た防府工場の「H2」というわけだ。
AGVを活用したフレキシブルな生産設備
生産の現場において、マツダが混流生産のカギとするのが「根の生えない」設備である。もっとも大きい具体的取り組みとしては、ベルトコンベアの代わりに「AGV(無人搬送車)」を積極的に用いる点が挙げられるだろう。
構内に足を踏み入れると、メインラインにてさっそくAGVを活用した工程を見ることができた。クルマ1台につき前後2機のAGVが、レーンから吊られたボディに合わせて無軌条で動いている。AGVに載せられるのは、サブラインで組み立てられ、ドライブトレイン、駆動系、足まわりなどで構成されるモジュールだ。
ラージ商品群はすべてSUVなので少しわかりにくいが、ラインを流れるボディは車種、仕向地等もバラバラで、ボディサイズもホイールベースも異なるモデルが入り混じっている。
ラージ商品群のようなFRレイアウトのモデルではとくに、フロントとリヤのモジュールを別体で載せるだけでなく、フロントに位置するミッションとリヤに位置するデフを繋ぐプロペラシャフトの搭載も必要になってくる。それらの位置はモデルによって異なるので、従来ならば車種に合わせてラインの変更が必要だった。
だが無軌条で動くAGVならば、コンピュータで同期制御し、ボディに対して最適な位置にモジュールをもってこられるため、AGV側のプログラムとアタッチメントの変更であらゆるモデルに対応できる。極端なたとえ話をすれば、コンパクトスポーツのロードスターだろうが大型SUVのCX-80だろうが、AGV側がモジュールを搭載する要件を満たしてさえいれば、ラインそのものを変更することなく生産できるということだ。
駆動方式や電動ユニットまで、アタッチメントの変更のみで同じAGVを使えるというので、そのフレキシビリティは推して知るべきだろう。また、AGVの配置や台数変更によって、設備能力を柔軟に変更できる点も新しい。
また、前で少し触れたサブラインというのもマツダの混流ラインのキモのひとつ。サブラインでパーツをモジュール化してメインラインで搭載する、という生産体系は、前述した「ものづくり革新1.0」にてすでに実現されていたが、「ものづくり革新2.0」では、AGVの投入によって、サブラインもより柔軟なものとなっている。コンベアと異なり前後方向からのアクセスも容易で、より多くの方位からの作業が可能になるため、作業効率が向上。従業員の負担低減にも繋がっている。
従業員の負担低減と作業効率向上という点では、部品のバルク化にも注目したい。作業パートごとに、その時作業者が担当するクルマに用いる部品のみをパレットにまとめてセットすることで、作業者が部品を選択することによるロスを減らすと同時に、ヒューマンエラーの芽も摘む。
クルマの知能化に伴い高度化するソフトウェアの書き込みについても興味深いトピックがある。これまで有線で行っていたソフトウェアのインストールを無線化。「Factory OTA [Over The Air]」と呼ばれる無線通信端末を導入し、工場内で書き込むシステムを採ることで、場所の制約を受けない任意エリアでのインストールが可能になるだけでなく、サプライチェーン内の余剰在庫の削減や、需要変動への対応力向上などのメリットも生まれている。
こうしてライトアセット戦略を咀嚼したうえで防府工場を見ると、マツダが掲げるエンジン車とBEVの混流生産への視線も変わってくる。それは電動化の波に押された末の苦渋の決断などではなく、これまでマツダの積み重ねてきた開発・生産の、ひとつの集大成に思えたのだ。もちろんこれは来たる電動化時代への序章に過ぎないのだが、ある意味ではマツダはそこに明るい未来を見出せるスタートを切ったといえるのではないだろうか。
なお、防府工場では一般向けの工場見学も受け付けている。見学日は月〜金曜日(GW・お盆・年末年始・休業日を除く)で、概要説明を含めた120分のコースとなる。マツダの電動化戦略の一端に触れたいという方は、足を伸ばしてみてはいかがだろうか。

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