定年退職を迎えた石川さん(65歳)は、妻と共に長年の夢だったハワイ旅行を楽しみにしていました。年金月25万円、金融資産2,000万円で暮らすという堅実な老後設計だったはずが、「元本保証・年利7%」の甘い言葉に惹かれて不動産クラウドファンディングに手を出し、大金を失うことに……。小さな成功体験が招いた悲劇の真相とは? FPの三原由紀氏が解説します。

「あと少しお金があれば…」堅実サラリーマンのささやかな願い

石川修一さん(仮名・65歳)は、地方の中堅製造業で38年間勤め上げた真面目な会社員でした。同い年の妻・美智子さん(仮名)とは職場結婚。2人の子どもは既に独立し、夫婦2人の第二の人生が始まろうとしていました。

決して裕福ではありませんでしたが、石川さんの家計管理は堅実そのものでした。企業年金を含めた夫婦の年金収入は月25万円。退職金として一括で1,500万円を受け取り、これまでの預貯金と合わせて退職時の金融資産は約2,000万円となりました。持ち家のローンは完済済み。「派手な暮らしは望まない。毎年1回、夫婦で国内外の旅ができれば十分」これが石川さんの老後設計でした。

特に楽しみにしていたのが、新婚時代から「いつか2人で行こうね」と約束していたハワイ旅行でした。当時は経済的な余裕がなく、子育てと住宅ローンに追われる日々。「定年したら必ず行こう」と約束を交わし、それを支えに長い会社員生活を乗り切ってきたのです。

ところが、いざ退職してみると、思わぬ現実が待っていました。円安やコロナ禍以降の需要回復、さらにはインフレの追い打ちで、旅行費用は石川さんの想像以上に高騰していたのです。夫婦でハワイ旅行となると、少なくとも1回で50万円近くかかることが判明。「年金だけでは厳しいな。できれば預貯金を減らさずに旅行費用を捻出できれば……」

そんな小さな迷いが、石川さんの人生を大きく狂わせることになりました。

ある日、SNSを見ていた石川さんの目に飛び込んできたのが、「元本保証・年利7%」「いまだけ限定募集」という広告でした。ニュースサイト風のバナーで、クリックすると洗練されたデザインの不動産クラウドファンディングの紹介ページに誘導されました。

「上場企業グループによる運営」「10万円から始められる」「主婦や退職世代も安心」——最初は怪しいと感じたものの、丁寧な説明と「お客様の声」に徐々に心を動かされていきました。

資料請求をすると、すぐにLINEで「担当アドバイザー」から連絡が入りました。画面越しの丁寧な応対と、「運用報告を毎月お送りします」「他の参加者の方々も皆さん満足されています」といった親切な説明に、石川さんは安心してしまいました。

「10万円なら、もし失敗しても授業料だと思えば……」

軽い気持ちで始めた小さな投資が、悪夢の始まりだったのです。

「本当に儲かるんだ」少額の成功体験が判断を狂わせた

最初の10万円の投資から半年後、石川さんの口座に初回の分配金が振り込まれました。金額は額面で約3,500円。年2回支給で年利7%、計算通りでした。

「本当に儲かるんだ」

この小さな成功体験が、石川さんの判断を大きく狂わせることになりました。担当アドバイザーからは「石川様のような堅実な方にこそ、よりよい商品をご紹介したい」と持ちかけられ、次は50万円、その次は100万円と、投資額を徐々に増やしていきました。

サイトには実在の物件情報や詳細な事業計画書が掲載され、「上場企業のグループ会社が運営」という文言も安心材料に見えました。なにより、きちんと運用報告書が送られてきて、「順調に運用中」という報告が続いていたのです。

石川さんの投資額は最終的に1,000万円に達しました。退職金の3分の2に相当する金額です。「これで毎年70万円の分配金が入れば、旅行費用は十分確保できる」石川さんは皮算用に胸を躍らせていました。

ところが、高額を投じた開発型ファンドの予定日を過ぎても分配金は届かず、業者への連絡も取れなくなりました。不安になってインターネットで調べてみると、SNSでは同様の被害を訴える投稿が次々と見つかりました。

クラファン業者怪しい」「架空ファンド」「登録されていない業者」といった検索結果が並び、石川さんは頭のなかが真っ白になりました。信じていた投資先は、正式な登録業者ではなく、不動産所有も登記もされていない完全な詐欺だったのです。

「妻にはまだいえない。40年近く真面目に働いてきたのに、なぜこんなことに……」

石川さんの声は震えていました。

詐欺に遭わないための3つのポイント

警視庁の発表によると、投資詐欺の被害額は年々増加傾向にあり、特に65歳以上の高齢者が被害者の約7割を占めています(※1)。SNS型投資の1件当たりの被害額は1,358.5万円、石川さんのようなケースは決して珍しいことではありません。

詐欺業者が使う典型的な手法は、まさに石川さんが経験したものでした。少額の利益を見せたうえで高額投資へ誘導する手口です。最初に小さな成功体験を与えることで、被害者の警戒心を解き、徐々に投資額を拡大させていくのです。

では、どうすれば詐欺を見抜けるのでしょうか。FPとして次の3つのポイントをお伝えします。

1.「元本保証」は制度上不可能 不動産クラウドファンディングソーシャルレンディング、REITなど、いかなる投資商品も「元本保証」は法的に不可能です。それを謳った時点で違法または詐欺の可能性があります。

2. 業者の登録状況を確認 不動産クラウドファンディングは、「不動産特定共同事業法」に基づいて運営されるため、事業者は国や都道府県に「不動産特定共同事業者」として登録されている必要があります。

国土交通省のサイトで誰でも簡単に確認できますし、実際に事業者へ問い合わせてダブルチェックするのも有効です。

3. 高利回りには必ず相応のリスクがある 年利7%という高利回りには、それに見合うリスクが必ず存在します。「安全・少額・高利回り」の三拍子が揃うことは現実にはありません。

石川さん夫婦の夢だったハワイ旅行は叶いませんでしたが、いまは小さな町の温泉旅行でささやかな幸せを感じているといいます。妻も夫を責めることなく、週3日のパートを再開したそうです。

SNSやネット広告に出会ったときこそ、一呼吸おいて公式サイトで登録の有無を確認してみてください。それが、自分自身の大切な老後資金を守る第一歩になるはずです。石川さんの経験が、同世代の方々への警鐘となることを願ってやみません。

※ 警察庁令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版) 」

https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/hurikomesagi_toukei2024.pdf

三原 由紀 プレ定年専門FP®

(※写真はイメージです/PIXTA)