
金融庁は暗号資産を「金融商品取引法(金商法)」の枠組みとすることを本格検討しています。しかし、掲げる目標と現実には大きな隔たりがあり、投資家保護という政策目標の達成には限界が生じることが想定されます。暗号資産に精通する国際弁護士の森和孝氏が解説します(5回のうち2回)。
金商法適用の理論的根拠と実践的限界
1.トークンの本質的分類と規制適用の論理
暗号資産を金融商品取引法の対象とする検討において最も重要な論点は、「いかなる暗号資産が金融商品に該当するのか」という本質的分類の問題です。従来のICO(Initial Coin Offering)の大多数は、実質的には暗号資産という装いを纏った資金調達活動でした。
健全なプロジェクトにおいては、発行体の事業収益がトークンの経済的価値の源泉となっており、これは本質的に株式投資と同一の構造を有しています。投資家は企業の将来的成長に期待して資金を提供し、その成功に応じた経済的利益を享受するのです。逆に、明確な価値創出メカニズムを欠くプロジェクトの多くは、詐欺的要素を含むスキャムトークンである可能性が高いのが現実です。
今回の制度改正は、こうした市場の実態を法的に整理し、投資家の合理的期待に基づく適切な保護体制を構築する試みとして理解されるべきでしょう。これは「技術革新」や「分散化」という美名のもとに規制回避を図ってきた現状を是正し、ようやく正常な金融商品としての地位を確立することを意味します。
2.ステーブルコインとの合理的棲み分け
決済機能に特化したステーブルコインの取り扱いは、今回の制度設計における重要な検討事項です。法定通貨連動型ステーブルコインは、その経済的実質において投資対象というよりも決済手段としての機能が中核となります。
これらは発行体の経営成績とは独立して、裏付け資産との等価交換を保証する仕組みであり、株式とは本質的に異なる性質を有しています。金融庁のディスカッション・ペーパーでは、こうしたステーブルコインについては既存の資金決済法体系を維持し、投資性の高い暗号資産のみを金商法の対象とする方向性が示唆されており、これは経済的実質に着目した合理的な分類といえます。
金商法適用の実践的限界
1.真の分散化と偽装分散化の本質的区別
最も複雑かつ重要な論点は、真に分散化を達成したプロジェクトと、「分散化」を標榜するプロジェクトの多様な実態を適切に区別することです。この区別は、金商法適用における核心的課題となります。
真に分散化されたプロジェクトにおいては、運営主体そのものが分散化されているため、そもそも規制対象となる中央集権的な発行体や責任主体が存在しません。このようなプロジェクトでは、中央集権的な意思決定による市場操作やインサイダー取引が構造的に不可能であり、投資家保護を目的とした規制の必要性も本質的に存在しないのです。
しかしながら、現実の市場において「分散化」を標榜するプロジェクトの状況は極めて多様です。真の分散化を目指しているものの、技術的・組織的制約によりその途上にあるプロジェクトが多数存在する一方で、発行スキームを巧妙に工夫し、「分散化」を隠れ蓑として規制回避を図っているケースも存在します。
真の技術的・組織的分散化は極めて困難な課題であり、多くの革新的プロジェクトが段階的なアプローチを採用しているのが現実です。このような複雑な状況下では、表面的な法的構造や自己申告による分類ではなく、実質的な運営構造、意思決定メカニズム、そして分散化への具体的なロードマップを総合的に評価した個別判断が不可欠となります。画一的な分類基準の適用は、真のイノベーションを阻害する一方で、巧妙な規制回避を許容するという逆効果をもたらす可能性があります。
2.規制の国際的限界と実効性の問題
しかしながら、日本の金商法適用による規制強化には、構造的かつ根本的な限界が存在します。最も重要な制約は、この規制が日本国内においてのみ適用されることです。
暗号資産の最大の特徴は、パーミッションレス(許可不要)という性質にあります。特定のトークンを決済に使用したり、取引所に上場させたりする際に、発行体を含めて本来的には如何なる主体の承認も必要としないのです。この特性は、国境による法的管轄権の制約を本質的に超越しており、特定国家による規制統制になじまない性質を有しています。
ブロックチェーンネットワークは地理的境界を超越して機能し、そのプロトコル自体は特定法域による統制を受けません。したがって、日本国内で如何に厳格な規制を制定しても、開発者は他の法域に拠点を移し、利用者は海外のプラットフォームを使用し、トークンは世界規模で自由に取引され続けることになります。
3.海外発行プロジェクトへの規制力の限界
特に重要な課題は、海外で既に上場・流通しているトークンが日本国内で取り扱われる場合の規制実効性です。発行体が日本での上場を希望するケースであれば上場時の情報開示までは期待できますが、その後の規制違反に対して、上場廃止以外の実効的な措置を取ることは法管轄の観点から困難ですし、日本の取引所側が取り扱いを希望するケースであれば、その発行体に対して日本の金商法に基づく情報開示義務を強制することは、法的にも実務的にも極めて困難です。
結果として、日本の投資家は依然として情報の非対称性に直面し続けることになり、投資家保護という政策目標の達成には重大な限界が生じることが想定されます。
※ 次回記事では、暗号資産への「分離課税導入」「出国税適用拡大」に見るメリット・デメリットを解説します。
森 和孝 Eminence Luxe(ドバイ不動産仲介会社)Founder/CEO One Asia Lawyers 国際弁護士(UAE法、シンガポール外国法、日本法)

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