長年にわたり真面目に働き続けたからといって老後が安泰とは限りません。低年金、親の介護……さまざまな問題に直面したとき、どのような選択が求められるのでしょうか。

50年間の勤労人生、手にした年金は月10万円

長年、建築現場で働いてきた田中克彦さん(68歳・仮名)。無理がたたり、仕事を続けることが困難だと判断し、3年前に会社を退社。年金を頼りとする生活がスタートしました。

振り返ると、決して平坦な道ではなかったと田中さん。高校を卒業後、小さな建設会社に就職。寝る間も惜しんで技術を必死に覚えました。

「若いころは、とにかく目の前の仕事で精一杯だった。お金を使う暇もなかったから、給与明細なんて、ほとんど見たことがなかった。今となっては、それがいけなかったと痛感しています」

その会社は、田中さんが40歳になる前に倒産。倒産後はなかなか定職に就くことができず、日雇いのアルバイトをしながらなんとか生活をしていたといいます。その後、何とか次の勤め先が見つかり、退職するに至ります。

転機が訪れたのは、65歳を前に年金事務所へ相談に訪れたときのことです。窓口で提示された年金見込額は、想像をはるかに下回るものでした。職員から告げられたのは、厚生年金の加入期間が、想定よりも著しく短いという衝撃の事実でした。

「最初に勤めていた会社では、厚生年金に入っていなかったんです。会社は倒産して20年以上経っていますし、もう確かめようがありません」

年金制度をしっかりと理解していなかったこともいけなかったと田中さん。「自分で国民年金は払っていたようです。それさえもよくわかってなくて。今なら厚生年金はどうなっているんだろうと思いますが、昔の自分は年金など遠い未来の話で、よく理解していなかったんです」。将来不安から、今でこそ全世代で年金への関心は高まっていますが、それはごく最近のことです。現在、年金を受け取っている人たちのなかには、田中さんのように不備に気づかないままということも珍しくありません。

こうして65歳から受け取り始めた年金は、月10万円ほど。高校卒業後、必死で働いてきた末に手にする年金としては、あまりにも少ない金額でした。厚生労働省令和5年厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金受給者の平均受取額は14万6,429円。男性に限ると16万6,606円です。月10万円に満たないのは、全体の21.2%、男性に限ると9.5%。

厚生年金を払っていなかったわけですから、年金が少なくても仕方がありません。しかし50年も働いてきたのに……という気持ちはあります」

母親の介護、どんどん減っていく貯金……八方塞がりに

月10万円の年金暮らし。それだけでも厳しい生活を強いられますが、田中さんにはさらなる重圧がのしかかっていました。90歳になる母親、静江さん(仮名)の介護。5年前に父親が亡くなり、一人暮らしだった母親は急速に足腰が弱り、3年前からは何かとサポートが必要になっていました。

「子どもが面倒をみるのは当たり前」。そう覚悟を決め、母親をアパートに引き取り、在宅での介護をスタートさせました。しかし、現実は想像以上に過酷でした。日々の食事の準備や排泄の介助はもちろん、週に3回のデイサービスの送り迎え、定期的な通院の付き添い。自分の時間はほとんどなくなり、心身ともにすり減っていきました。

何より深刻なのが経済的な負担でした。自身の年金と母親の年金から家賃と光熱費、食費などを賄い、さらに母親の介護費用を捻出する必要がありました。介護保険を利用しても自己負担分のほか、おむつ代や医療費、栄養補助食品などの雑費もかさみ、毎月3万円以上の出費がありました。赤字が発生したら、わずかな貯金で補填――しかし、その貯金も、この3年間の介護生活で見るみるうちに減っていき、通帳の残高は50万円を切ったとき、田中さんは血の気が引くのを感じたといいます。

生命保険文化センター『2024年度 生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)』によると、月々の介護費用は平均9.0万円。また、介護を行った場所別に介護費用(月額)をみると、在宅では平均5.3万円、施設では平均13.8万円です。田中さんの負担は平均よりは少ないものの、収入が年金のみであることを考えれば、その負担は計り知れません。

「もう、どうやって生きていけばいいのか、分からなくなってきました。真面目に働いてきた人生は何だったのでしょう……」

田中さんのように年金だけでは生活が成り立たず、介護も抱える状況は、決して他人事ではありません。まずは1人で抱え込まず、生活保護の申請を含め、自治体の福祉窓口に相談することが重要です。生活保護は権利であり、再出発の支えとなるものです。また、介護の負担が限界に達しているなら、地域包括支援センターへの相談が有効です。介護サービスの見直しや施設入所の提案など、具体的な支援策が得られます。困ったときにあらゆる制度を活用することは甘えではなく、賢明な判断なのです。躊躇する必要はありません。

[参考資料]

厚生労働省令和5年厚生年金保険・国民年金事業の概況』

生命保険文化センター『2024年度 生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)』

(※写真はイメージです/PIXTA)