「英語を使って働きたい」「物価の安い国でゆとりある暮らしがしたい」といった理由から、マレーシアでの就職を目指す若者が増えています。SNSでは、理想的な海外生活をうたう投稿も多く見られますが、その多くは「BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)」と呼ばれる業態での勤務であり、実態は想像とは異なることも少なくありません。本記事では、マレーシア就職の実情と、海外でキャリアを築くために知っておくべきポイントについて解説します。

増えるマレーシア就職希望者──実態はBPO勤務が大半

「海外で働いてみたい」「英語を使って仕事したい」―そんな思いから、マレーシア就職を目指す若者が近年増えています。SNSでは、「マレーシア就職で人生が変わった」「物価が安く、余裕ある暮らし」などの投稿が多く、憧れの対象にもなっています。

しかし、こうした投稿の裏には、一つ大きな誤解があります。 それは、現地企業に就職して、現地の労働市場に溶け込んでいるかのようなイメージです。

実態はまったく異なります。多くの日本人がマレーシアで従事しているのは、「BPO」と呼ばれる業態。しかも、その雇用主は日本企業ではなく、アメリカやEUを本拠とする多国籍BPO企業のマレーシア法人なのです。

BPO勤務の実態とリスク

BPOとは、企業が自社の定型業務(顧客対応、データ処理、テクニカルサポートなど)を、外部の専門企業に委託する仕組みです。

特にグローバル企業は、コストや人材面で有利な東南アジアに定型業務のオペレーション拠点を置き、多言語対応が必要な業務を現地で実行しています。マレーシアはその代表格で、日本語、英語、中国語など多様な言語人材が確保できるため、日本市場向け業務もここで運用されています。

そして日本語対応要員として日本人が現地で採用されているのが実情です。

「日本企業がマレーシアに支社を出して現地採用している」のではなく、「外資系BPO企業が日本市場向け業務を抽出し、その現地拠点で日本人を雇用している」という構造なのです。

BPOで働く場合、雇用主はたいていアメリカ、欧州、シンガポール等の外資企業です。契約書はすべて英語で交わされ、福利厚生、医療保険、退職金制度なども日本の雇用体系とは大きく異なります。

また、雇用はプロジェクトベースであることが多く、業務終了に伴って数ヵ月から1年程度で契約終了や退職勧告を受ける例も少なくありません。

現地の生活にようやく慣れてきた頃に「プロジェクト終了に伴う契約終了」と告げられる、などということも十分あり得ます。

さらに、たとえプロジェクトが続いていても、成果が上がらない、目標未達、英語での報告が不十分といった理由で、予告なしに即日解雇されることも実際に起きています。

安定雇用を前提とした日本的労働観や、“情”による配慮を期待していると、ギャップに戸惑うことになりかねません。

BPO業務は、就職難易度が低く、「海外で働ける最も簡単な道」の一つとして認識されています。

業務は日本語で行われることが多く、英語力は社内コミュニケーションができる程度で十分なケースが一般的。専門スキルがなくても採用されやすく、求人情報も多く、採用までのハードルも低いです。

ただしそれは裏を返せば、専門性が低く、昇進の機会が限定されやすく、将来的なキャリアへの継続性に疑問を持たざるを得ません。

高待遇を狙うなら「IT外資」「現地事業会社」という選択肢

一方で、同じ外国人労働者としてマレーシアで働くにしても、IT系の外資企業に就職する場合は状況がまったく異なります。

マレーシア政府は近年、国家戦略としてIT・デジタル人材の積極的な受け入れを進めており、 この分野に限っては外国人のEmployment Pass(就労ビザ)も比較的取得しやすく、 給与水準もBPO職種と比べて明確に高くなる傾向があります。

実際に、ITエンジニア、プロダクトマネージャー、サイバーセキュリティ関連などの職種では、 初任給で月RM10,000(約30万円)を超えるケースも珍しくなく、BPO職のRM5,000〜7,000と比べて約2倍の水準です。

また、IT企業での就業はプロジェクトではなく本社機能の一部としての配属であることが多く、 評価制度もパフォーマンスベースではあるものの、長期的な雇用や昇進の道筋が整備されているケースが多く見られます。

つまり、外国人としてマレーシアで働く場合、「BPO就職」は一番入りやすいが不安定な選択肢、 「IT外資就職」はやや難易度が高いが、より実力評価と待遇が明確なキャリア選択肢――という対比が成り立つのです。

IT業界に限らず、マレーシアには多くのグローバル企業や現地の事業会社が存在し、一定のスキルと英語力を備えた人材であれば、日本人であっても採用されるチャンスがあります。

特に、マーケティング、営業、経営企画、ロジスティクス、人事などのポジションでは、日本市場との接点や日系取引先との関係構築を担える人材が求められており、BPOとは異なる「事業そのものに関与できる仕事」に就ける可能性もあります。

ただし、これらのポジションでは社内外のやり取りにおける英語力が前提となるため、ビジネスレベルの英語が求められることは念頭に置くべきです。

一方で、こうした現地企業への就職は、単発的なプロジェクトではなく長期雇用が前提となることも多く、給与面やキャリア形成においてもBPOよりは安定感が期待できます。

実際には、「まずはBPOマレーシアに渡航し、現地経験を積んだうえで、IT企業や事業会社へと転職する」ルートも有効です。BPOを“入り口”と割り切り、次の一手に備える戦略は十分に現実的です。

BPOを踏み台にする戦略──「海外キャリア」を築く視点

海外就職という言葉には、つい夢や期待を重ねがちです。 しかし大切なのは、就職先企業の事業種別や、どのような雇用形態に属しているか、自分自身が得られるキャリアを見抜く力です。

「英語環境」「海外で働く自分」「SNS映えの週末旅行」― そのすべてが幻想だとは言いません。ただ、それが「キャリア」かと問われれば、答えは人それぞれのはずです。

BPO就職は、あくまで“海外で働く第一歩”に過ぎません。 その一歩の先に、何を見据えるか。そこに本当の意味での「海外キャリア」があります。

(※写真はイメージです/PIXTA)