
熟年離婚の増加とともに増加しているのが、熟年再婚です。当人同士は幸せな再出発のつもりでも、元配偶者との間に実子がいるケースでは、相続などお金の問題でトラブルに発展することも珍しくありません。 今回は再婚相手の連れ子の学費を負担したことが招いた、思わぬ実子とのトラブルとその解決策をFPの松田聡子氏が解説します。
幸せな再婚生活が一変、連れ子の教育費が招いた「家族の亀裂」
「まさか息子たちがこんなに反発するとは思いませんでした」と、岡本敏明さん(仮名・62歳)は困惑した表情で振り返ります。2年前、知人の紹介で知り合った純子さん(55歳)と再婚し、幸せな日々を送っていたはずでした。
敏明さんは製造業を営む中小企業の社長で、年収1,200万円、5,000万円ほどの資産を持っています。離婚した前妻との間には長男(35歳・公務員)と次男(32歳・エンジニア)がいますが、共に結婚して独立しており、家業を継ぐつもりはありません。
純子さんは再婚前にパート勤務をしていましたが、現在は専業主婦として敏明さんを支えています。純子さんには22歳の娘・由香さんがおり、現在大学4年生で経営学部に在籍しています。
トラブルの発端は、由香さんの大学院進学が決まったことでした。経営学修士(MBA)取得のため、年間200万円の費用が必要になったのです。敏明さんは「家族なんだから当然」と快く2年間で400万円の教育費負担をすることにしました。
「由香ちゃんは真面目で優秀な子だし、将来が楽しみだよ」と敏明さんは思っていました。由香さんにも気軽に「経営学を勉強しているなら、今度会社を見学しにきたら?」と声をかけたのです。
ところが、この一言が、思わぬ波紋を呼びました。敏明さんの長男が偶然その場に居合わせ、後日、次男にこう報告したのです。「父さんは連れ子に年間200万円も教育費を出して、会社見学までさせている。後継者にするつもりじゃないか?」
このことをきっかけに息子たちは敏明さんを問い詰めました。「教育費負担をやめてほしい」「父さんは連れ子を後継者にするつもりなのか」
敏明さんにとってはまさに寝耳に水でした。しかし、「そんなつもりはまったくない」と必死に説明しても、息子たちは信じてくれません。純子さんと由香さんも「そんな疑いを持たれるなんて」とショックを受け、円満だった再婚家庭の雰囲気がギクシャクするようになってしまいました。
「家族として当然のことをしただけなのに、なぜこんなことになったのでしょうか」と敏明さんはため息をつきました。
なぜ誤解が生まれたのか…熟年再婚特有の「お金と相続」の複雑な事情
敏明さんのケースは決して特殊な例ではありません。厚生労働省「人口動態調査人口動態統計」によると、2000年代に入ってから60歳以上の再婚件数が夫・妻とも増加傾向にあります。
しかし、熟年再婚の増加は同時に相続争いの増加につながると考えられます。家庭裁判所の遺産分割調停件数は年々増加傾向にあり、 再婚家族特有の複雑な相続関係もその一因といえるでしょう。
敏明さんの息子たちが不安に感じる理由を理解するには、連れ子の法的地位を知る必要があります。由香さんのような連れ子は、敏明さんと血縁関係がないため、そのままでは相続権がありません。しかし、養子縁組を行えば法定相続人となり、敏明さんの財産を相続する権利を得ることになります。
敏明さんが養子縁組をせずに由香さんに財産を残したい場合は、遺言書による遺贈が可能です。ただし、この場合は相続税の2割加算の対象となります。一方、養子縁組をした場合は、由香さんは法定相続人の地位を得ます。
また、養子縁組をしない場合でも、敏明さんの死後に純子さんが相続した財産は、純子さんの死後には由香さんが相続することになります。つまり、敏明さんの財産を最終的に由香さんが受け継ぐ可能性があるのです。実子たちはこの点についても不安を感じているのかもしれません
実子である長男と次男の不安は、こうした法的な背景から生まれています。「父さんは連れ子に会社を継がせるつもりなのか」「資産5,000万円のうち、どれくらいが連れ子に流れるのか」。こうした不安が疑心暗鬼を生んでいるのです。
一方、敏明さんには再婚家族特有の複雑さへの認識が不足していました。再婚相手の連れ子への善意の気持ちは理解できますが、実子たちの立場から見れば「なぜ血のつながらない人のために父の財産が使われるのか」という疑問が生まれるのも無理はありません。
特に問題だったのは、事前の家族間での話し合いが不足していた点です。再婚時に「将来の財産分割はどうするのか」「連れ子への経済的支援はどこまでするのか」「養子縁組は考えているのか」といった重要な事項について、家族全員で十分に話し合っておくべきでした。
熟年再婚では単純な夫婦関係だけでなく、それぞれの子どもたちの利害関係も複雑に絡み合います。愛情だけでは解決できない現実的な問題について、事前にしっかりと向き合う必要があるのです。
FPが教える熟年再婚の「お金のトラブル」回避術
敏明さんのような熟年再婚のトラブルを防ぐには、事前の準備と継続的なコミュニケーションが不可欠です。FPの視点から、具体的な対策をご紹介します。
まずは、再婚前に確認すべき3つのポイントを見ていきましょう。
第一に、再婚前に双方の資産状況をありのままに開示し、将来の生活設計を具体的に話し合いましょう。敏明さんのケースでは、「連れ子の教育費をどこまで負担するか」「介護費用はどう準備するか」「事業承継はどうするか」といった点を明確にしておくべきでした。
次に、再婚前に双方の子どもたちも交えた家族会議の開催をお勧めします。お互いの立場や不安を率直に話し合い、将来への不安を解消しておきましょう。敏明さんの場合、「会社は将来的に売却予定で、連れ子が承継することはない」「教育費負担は家族としての義務であり、特別な意図はない」といった点を最初から説明しておけば、誤解を防げたはずです。
最後に、養子縁組の是非について家族全員で検討し、方針を決めましょう。養子縁組をしない場合は、連れ子への財産承継について遺言書で明確にする必要があります。また、生命保険の受取人変更などについても整理しておきましょう。
以上を踏まえ、敏明さんの今後の対応をアドバイスいたします。
まずは家族全員での話し合いの場を設けることが急務です。敏明さんは息子たちに対して、会社の将来計画、財産分割の基本方針、由香さんへの教育費負担の方針を文書で示すべきです。感情的になりがちな問題だからこそ、冷静に事実を整理して伝えることが大切です。
長期的には遺言書を作成し、財産分割方針を明確にする必要があります。公正証書遺言にすることで、法的な効力も確保できます。また、状況の変化に応じて方針を見直していくことも重要です。
熟年再婚は人生の新しいスタートですが、お金の問題は避けて通れません。再婚前にしっかりと準備をし、家族全員の同意を得ておくと、将来のトラブルを回避できるでしょう。
敏明さんのケースも、今からでも家族で話し合い、お互いの立場を理解し合えば、関係修復は十分可能です。熟年再婚を成功させるためには、愛情だけでなく、現実的な準備と継続的なコミュニケーションが不可欠なのです。
松田聡子 CFP®

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