親にとって、子どもは何歳になっても可愛いでしょう。ただ、年齢を重ねるなかで“適度な距離感”をとらなければ、どんなに仲の良かった親子であっても関係がこじれてしまうかもしれません……。娘の帰省を喜んだ70代夫婦の事例を通して、近年問題となっている、高齢の親に対する子の依存が引き起こすトラブルをみていきましょう。牧野FP事務所合同会社の牧野寿和CFPが解説します。

70代おしどり夫婦の“穏やかな日常”

Aさん(75歳)と妻のBさん(73歳)は、ある地方都市の戸建てに住むおしどり夫婦です。若いときに比べ食費が減ったり、外出する機会が減ったりするなかでも「いよいよ年かな」などと冗談を言い合いながら、満ち足りた老後生活を送っていました。

Aさんは現役時代、地元企業に60歳の定年まで勤めあげました。一方のBさんは、結婚するまで個人商店を手伝っていたことがあるものの、厚生年金に加入したことはありません。A夫婦の年金受給額は約25万円です。

厚生労働省令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、70代の厚生年金(第1号)平均受給額は月14万6,228円、国民年金は月5万8,000円となっています。現役時代「夫が会社員で妻が専業主婦」が一般的だった70代夫婦の場合、月約20万円受給している計算になります。

したがって、A夫婦の年金額は、平均よりは少し多いといえるでしょう。実際、A夫婦は毎月の生活費のほとんどを年金で賄っており、年に何度か支出の多かった月に貯蓄を取り崩す程度です。

年金生活にも慣れ、「贅沢はできないものの、このまま生涯家計は維持していけるだろう」と考えていました。

しかし、そんな夫婦に1年前、思わぬ出来事が起こりました。

“ワケあり”で出戻りしたひとり娘・Cさん

夫婦には、41歳になるひとり娘のCさんがいます。Cさんは大学を卒業後、都内の会社に就職してひとり暮らしをしていましたが、ワケあってやむを得ず実家に戻ってきました。

まじめなAさんは娘の将来を心配しますが、娘のことが大好きな妻のBさんは、娘が帰ってきたことに大喜び。またAさん自身も娘との時間が嬉しく、つい甘やかしてしまいました。

穏やかな日常はどこへ…家庭は崩壊寸前

その結果、Cさんの“親への依存”がエスカレート。仕事もせず、外出もせず、家に引きこもるようになりました。

娘の生活費を補うため、Aさんはビルの清掃、Bさんは食堂の厨房と、それぞれパートを始めることに。Aさんは定年から10年のブランク、Bさんは数十年にもおよぶブランクがあります。

その結果、疲労と将来に対する不安などのストレスから余裕を失い、仲がよかったはずの夫婦関係も険悪に。当初は娘の帰省を誰よりも喜んでいたはずのBさんでしたが、いまや娘が食べたまま放置している食器をみて舌打ちする始末です。

そんな日々が続いていたある日のこと。清掃の仕事から疲れて帰ってきたAさんは、朝と同じ服装、体勢のまま居間でくつろぐCさんを見て、ついに堪忍袋の緒が切れました。

「なあ、C……いますぐにとは言わないから、7月中に出ていってくれないか」

原状に対するストレスや将来への不安、その原因である娘へのイラ立ちがついに溢れ、気づくと震えた声でそうつぶやいていました。

Cさんは父親のまさかのセリフに絶句し、Bさんはおろおろ。我に返ったCさんは、顔を真っ赤にしてドシドシと足音を鳴らしながら自室に戻っていきました。

「このままでは家庭が崩壊する」と途方に暮れた夫婦は、第三者の冷静な意見を聞くために、ファイナンシャルプランナー(FP)である筆者のところへ相談に行くことにしました。

貯蓄はたった1年で200万円目減り…目先に迫る「老後破産」

夫婦から話を聞いた筆者は、今後の家計収支の推移を試算してみました。

まず、70代のA夫婦は自分たちの介護や看護が必要になったときのために、ある程度まとまった貯金を残しておかなければなりません。

しかし、Cさんが戻ってきてからは、Cさん分の衣食住に使う支出が増えて、家計は毎月赤字です。加えて、Cさんの国民年金保険や国民健康保険の保険料などもAさんが代わりに納付しています。

そのため、これまで10年間で100万円も減らなかった貯蓄は、この1年で200万円も減っています。

固定費の削減をはじめ、現状の家計を改善するための応急処置は伝えたものの、Cさんが立ち直らない限り、根本的な解決にはなりません。このままの支出が続けば、夫婦の年金とパート収入で家計を補うのは難しいでしょう。近い将来、A家の家計破産は明らかです。

夫婦に話を聞くと、Cさんが仕事を辞めて戻ってきた原因は、仕事やプライベートでのストレスとのことでした。しかし、両親が何度なく聞いてもCさんはそれ以上話さないため、詳細は謎のままです。

そこで筆者は、まずCさんの問題を解決するために、夫婦に対して地域包括支援センターやひきこもり地域支援センターなどを訪ね、専門家の支援を受けることを勧めました。

事の重大さに気づいた夫婦は、当面全力でCさんが回復するようにサポートをするといって、帰って行かれました。

A家の「その後」

それから数ヵ月後、Aさんから筆者に連絡がありました。Cさんはクリニックに通院しながら、最近はバイトを始めるまで回復したそうです。

「もう二度と追い出そうとは思いません。これからも愛娘を見守っていくつもりです」

急増した夫婦の家計支出は落ち着き、夫婦は今後の生活に前向きな様子です。

内閣府「こども・若者の意識と生活に関する調査 (令和4年度)」によると、40歳~69歳の「困難な状態から『改善した経験があった、どちらかといえばあった』と答えた人に対し、改善のきっかけを尋ねたところ、次のとおりとなっています。

※ 困難な状態……社会生活や日常生活を円滑に送ることができなかった経験や状況。

「家族や親戚の助け」……(41.9%)

「時間がたって状況が変化したこと」……(41.4%)

「自分の努力で乗りこえたこと」……(32.0%)

「友人の助け」……(28.4%)

「就職・転職したこと」……(27.4%)

「病院に行って相談したこと」……(24.2%)

この調査結果からも、焦って怒るよりも親がまず冷静になり、子どもが安心して悩みを解決できる場所の提供をすることが重要だとわかります。さらに、精神面をはじめとした適切な支援をすることで、子どもが抱えている問題と家計問題、その両方を解決に導くことができるでしょう。  

牧野 寿和 牧野FP事務所合同会社 代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)