
誰もが穏やかな老後を願いつつも、思いがけないパートナーの死や、予想を超える生活費の負担が、その日常を一変させることがあります。年金だけを頼りに生きる現実は、いまや夢物語となっています。
長年連れ添った夫との突然の別れ…残されたのは「月7万円」の年金だけ
夫・健一さん(享年72歳・仮名)とともに、40年以上も飲食店を営んできた田中良子さん(68歳・仮名)。元々は、健一さんが脱サラして始めた店でしたが、忙しくて人手が足りないと良子さんが手伝うようになったそうです。
ランチタイムには満席になる人気店ではありましたが、2000年代に入り、郊外に大型スーパーができてからは商店街の人通りは減り、店の経営も徐々に厳しくなっていったといいます。借金も膨らみ、店をたたもうか、どうしようかと話し合っているなか、健一さんは倒れました。一時は快方に向かっていましたが、帰らぬ人に。店の再開を待ち望む常連客がいたものの、良子さんひとりではどうすることもできず、店をたたむことにしました。
負債はあったものの、生命保険ですべて払うことができました。しかし、手元に残ったのは雀の涙ほどの現金のみで、問題は店をたたんだあとの生活でした。良子さんが受け取れる年金は基礎年金だけで、月7万円弱。年間では84万円にも満たないのです。子どもたちに経済的なサポートをお願いする手もありますが、住宅ローンに教育費にと、何かとお金がかかる頃。とても「助けて」なんて言えません。店舗兼住居が持ち家だったことがせめてもの救い。毎月の生活費を何とか7万円に収めるような生活がスタートしました。
総務省統計局『家計調査 家計収支編 2024年平均』によると、単身高齢者の1ヵ月の支出は15万4,601円。そのうち住居費の平均は1万3,677円です。月7万円以内に生活費を収めるのは、並大抵のことではありません。食事の回数を減らし、スーパーでは見切り品ばかりをカゴに入れます。光熱費を気にして、できるだけ外で過ごすようになりました。友人とたまに会ってお茶をするのがささやかな楽しみでしたが、それも贅沢に思え、誘いを断っています。社会から隔絶され、一人取り残されたような絶望感を覚えるようになりました。
届いた「緑の封筒」…一縷の望みを打ち砕いたあまりに厳しい現実
そんな八方塞がりの日々を送っていたある日のこと。郵便受けに、見慣れない緑色の封筒が届いていました。差出人は「日本年金機構」。中に入っていたのは「年金生活者支援給付金請求書」でした。
これは所得が一定基準額以下の年金受給者の生活を支援するために、年金に上乗せして支給されるもの。良子さんのような状況の人にとって、まさに最後の砦ともいえる制度かもしれません。請求書には見込み額が書かれていました。その額は5,000円弱。
ありがたい。ありがたいけれど……5,000円ではどうにもならない――
給付金と聞いて心が躍りましたが、一瞬にして絶望感に変わりました。5,000円余りでは、この物価高で苦しくなった分をカバーすることもできません。総務省統計局『家計調査 家計収支編』で月ごとの支出をみていくと、2025年5月、2人以上世帯では平均31万6,085円と、前年同月から2万5,000円も増えています。良子さんが絶望感を覚える通り、月5,000円ほどの給付金では、この物価上昇分をまったくカバーできないのです。
厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、令和6年3月時点で、年金生活者支援給付金の給付件数は784万5,083件。そのうち老齢年金の上乗せ分は456万7,219件で、平均給付額は4,014円です。さらに老齢年金生活者支援給付金について年齢別にみていくと、70歳未満で43万件、70代前半で63万件、70代後半で73万件、80代前半で96万件とピークに達します。
良子さんのように、生活苦に陥っている高齢者は増え続けています。そのようななか、大切なのは社会から孤立させないこと。SOSを発している人々がいるという現実を知り、関心を向けることが、高齢者を貧困から救う一歩にもなります。
[参考資料]
総務省統計局『家計調査 家計収支編』

コメント