兵庫県西宮市7月15日、67歳の母親が首を切断された状態で死亡しているのが見つかり、同居する36歳の長男が殺人容疑で緊急逮捕されたと報じられています(朝日新聞7月16日など)。

報道によると、被害者の夫から「息子が母親を監禁しているかもしれない」との通報があり、駆けつけた署員が長男の部屋で被害者を発見したとのことです。長男は「間違いありません」と容疑を認めているといいます。

親子間で起きた凄惨な事件ですが、今回用いられた「緊急逮捕」とは、どのような手続きなのでしょうか。また、なぜ「現行犯逮捕」ではなかったのでしょうか。

●緊急逮捕の要件

緊急逮捕は、刑事訴訟法210条に規定される逮捕手続きの一つです。通常の逮捕では、逮捕時に裁判官が発する逮捕状が必要ですが、緊急逮捕では事後的に令状を請求することができます。

主な要件は以下のとおりです。

(1)死刑、無期、3年以上の拘禁刑にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある

殺人罪は死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑です。

また、現場に首を切断された遺体があり、長男が容疑を認めていることや、事件の通報の状況からすると、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由もあるといえそうです。

(2)急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができない

逃亡や証拠隠滅のおそれが高く、逮捕状の請求を待っていては間に合わない場合を指します。

今回のケースでは、長男が「間違いありません」と容疑を認めてはいますが、遺体の状態などから被疑者の逃亡や証拠隠滅のおそれも高いと判断し、警察は緊急逮捕に踏み切ったとみられます。

(3)理由を告げること

「理由」とは、被疑事実(どんな疑いをかけられているのか)の要旨と、急速を要する事情のことをいいます。

なお、緊急逮捕を行った後は、直ちに逮捕状を請求しなければなりません。

●なぜ現行犯逮捕ではなかったのか

刑事訴訟法には、令状なしで逮捕できる手続きとして「現行犯逮捕」(212条1項)もあります。なぜ今回は現行犯逮捕ではなく緊急逮捕だったのでしょうか。

現行犯逮捕は、「現に罪を行い」(=犯行中)または、「現に罪を行い終わった」(=犯行直後)者に対して認められます。具体的には以下の要件を満たす場合に限り認められると考えられています。

(1)犯罪と犯人が明白であること

(2)犯行と逮捕とが、時間的場所的に近接していること

まず、現行犯逮捕のためには、現に罪を行い、あるいは行い終わった者であることが、逮捕現場の客観的外部的状況などから、逮捕者自身が直接明白に覚知できる場合であることが必要と考えられています。

今回の事件では、通報を受けて警察官が到着した時点で、すでに犯行は終了しており、捜査官が犯罪を実際に見たわけではありません。

また、犯行から逮捕までが時間的場所的に接着している必要があります。

報道によれば、本件では、15日午後1時ごろから7時5分ごろまでの間に犯罪が行われた疑いがもたれているということです。このような不明確な状況で、犯行から逮捕までがどの程度接着していたのかは、逮捕時にははっきりしません。

したがって、現行犯逮捕の要件は満たさないと判断し、緊急逮捕の手続をとったのではないかと考えられます。

母親の首切断、36歳長男が殺人の疑いで「緊急逮捕」 現行犯逮捕との違いは?