現役時代は警察署長として誠実に仕事に励み、貯金と退職金、亡き妻の遺産で資産が8,000万円に到達した三浦さん(仮名)。しかし、妻の七回忌で息子が久しぶりに実家を訪れたところ、息子は「まさかの光景」に言葉を失ったのでした……。三浦さん親子の事例をもとに、定年後の独居老人を待ち受ける恐怖をみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。

貯金+遺産+退職金で資産8,000万円…“セレブシニア”の三浦さん

三浦幸一さん(仮名・65歳)は、長年にわたり警察官として勤務してきました。いつも身だしなみに気を配り、寡黙ながらも誠実・まじめで、周囲からの信頼も厚い人物です。

そんな幸一さんは、60歳で定年を迎えたあと、郊外にある自宅で一人暮らしを続けています。最愛の妻が、定年を迎える前に病気でこの世を去ったからです。

現在、唯一の家族である長男の健二さん(仮名・40歳)はすでに独立し、家庭を築いて遠方で暮らしています。親子のあいだに確執があったわけではありませんが、もともと寡黙で干渉を嫌う幸一さんとの関係は、どこか距離のあるものでした。

幸一さんのこれまでの家計は、堅実そのものです。妻と2人3脚で築いた3,000万円の貯蓄に加え、双方の親からの相続で3,000万円、定年時に受け取った退職金2,000万円と、資産額は合計8,000万円にのぼります。

65歳から受給が始まった年金も月20万円と安定しており、住まいも持ち家。まさに「セレブシニア」といっても過言ではない、経済的にはなんの不安のない生活を送っていました。

息子が気づいた「父の異変」

健二さんが最後に実家を訪れたのは、母親の葬儀のときです。それ以来、父とは半年に1回ほど電話で連絡を取っていましたが、会話は短く、健二さんがなにを尋ねても「元気だ」「ああ」「なにも変わらん」と首肯するだけで終わってしまうことがほとんどでした。

しかし、そんな父に変化が現れます。

母の七回忌に際し、健二さんが電話したときのこと。「久しぶりに帰るよ」と言うと、「お前は帰ってこなくていい」と強く拒絶してきたのです。

一瞬、聞き間違いかと思いました。しかし、何度聞き返しても、父の答えは変わりません。理由を尋ねても、「忙しいだろう」「無理に来る必要はない」といった曖昧な返事ばかりです。

なにかを避けるような口ぶりに不安を抱いた健二さんは、七回忌の日、事前の連絡をせずに帰省することにしました。

実家の玄関を開けると…目に飛び込んできた「衝撃の光景」

そして当日、実家の玄関を開けた健二さんは、膝から崩れ落ちそうになるほどの衝撃を受けます。そこで目にしたのは、変わり果てた父の姿でした。

背中は丸まり、お腹は出て、髭は伸び放題……部屋は散らかり、床には飲みかけの酒や空き瓶が大量に転がっています。

父はしばらく見ないうちに、母を失った喪失感と孤独から、心の隙間を埋めるように酒に頼るようになっていたのです。あれほど厳格で綺麗好きだった父が酒に溺れて苦しんでいる姿に、健二さんは言葉を失ってしまいました。

高齢者は「アルコール依存症」に陥りやすい?

高齢者がアルコール依存症に陥る背景には、加齢にともなう生活環境の変化があります。特に、定年退職や配偶者との死別といった大きな喪失体験が引き金となり、寂しさや虚無感を紛らわせるために飲酒に頼るケースは少なくありません※久里浜医療センター「アルコール依存症の診断基準」

また、今回の幸一さんのように、もともと真面目で誠実な性格の人ほど依存症になりやすい傾向があります。責任感が強く、他人に頼ることができず、自分のなかで苦しみを抱え込んでしまうことが多いためです。

アルコールやギャンブルなど、依存症に共通する特徴的な性格傾向は以下のとおりです。

・完璧主義

・柔軟性がなく不器用

・頑張り屋である

・まじめで働き者

・優しく人がいい

※出所:法務省「依存症に対する正しい理解と必要とされる支援について」より

こうした性格の持ち主は「依存症とは無縁に見えるタイプ」と思われがちですが、内面にストレスを抱えやすく、なんらかのきっかけで一気にバランスを崩すことがあります。

アルコール依存症が進行すると、判断力の低下や金銭感覚の乱れが生じ、散財に走るケースも少なくありません。ギャンブルなどに手を出すこともあり、最悪の場合は自己破産に至ることもあります。

こうした依存症からの回復には、専門医による治療が不可欠でしょう。さらに、本人だけでなく家族の理解と協力も欠かせません。経済的な問題が併発することもあるため、生活費や資産管理の見直しなど、金銭面での対処もあわせて行うことも大切です。

父さん、ごめん…三浦親子の「その後」

父の変わり果てた様子に、健二さんは覚悟を決めました。

幸一さんの背中をさすりながら、母の死後なにがあったのか少しずつ聞き取りを行っていくうち、なぜ父があの日「帰ってくるな」と言ったのか、その理由が見えてきました。「情けない姿を息子に見られたくない」という思いが、「帰ってくるな」という拒絶の言葉に変わってしまったのです。

父さん、ごめんな……寂しかったよな……」

そして、もうひとつ明らかになったのが、この2年間で2,000万円もの資産が減少していたこと。毎晩のように飲み歩き、帰宅するころには財布は空。自宅でも高級な酒や食材を注文しては、毎日のように深酒をしていたそうです。

酒をあおるたび、幸一さんの資産も湯水のように消えていったのでした。

通院やFPの助言をきっかけに、親子の関係性も少しずつ修復

その後、喪主の父に代わって挨拶や進行を務め、七回忌の法事を終えた健二さん。このままではいけないと感じ、父の医療機関への受診を促すと同時に、経済的な支援体制を整えるため、ファイナンシャル・プランナー(FP)に相談することにしました。

FPとの面談では、まずはアルコール依存症からの回復を第一にしたうえで、金銭管理の再構築として以下のルールを設定するよう提案を受けました。

・毎月の引き出し額を一定額までに制限する

・月末に、幸一さんから健二さんに対して簡単な収支報告を行う

そうして再出発を誓ってから半年。父と息子は、以前よりも頻繁に連絡を取り合うようになり、親子の関係性も少しずつ修復しつつあります。

幸一さんは、日中なるべくひとりにならないよう、地域の囲碁クラブに参加し、生活のリズムも整ってきました。現在まで飲酒を断ち、資金管理もいまのところ順調に進んでいます。

「きっかけは最悪でしたが、あれから休日余裕があるときは実家に顔を出すようにして、コミュニケーションをとるよう心がけています。父も高齢ですから、今後父になにかあっても大丈夫なように、これからもサポートできる体制を整えていきます」

親子の距離は少しずつ、しかし確実に縮まり始めていました。

辻本 剛士 神戸・辻本FP合同会社 代表/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)