
東大を卒業し、25歳で米農家になった米利休氏を待っていたのは「年収15万円」という過酷な現実。販路拡大のために活用した、SNSでの農家の赤裸々な実態を発信するアカウントには、肯定的な意見だけでなく、否定的な意見もあった。同氏の著書『東大卒、じいちゃんの田んぼを継ぐ 廃業寸前ギリギリ農家の人生を賭けた挑戦』(KADOKAWA)より、山形にある米農家の跡継ぎ問題をみていく。
農業1年目の年収は「15万円」
農業を継ぐにあたって、いくつかの前提条件がありました。
まず、1年目の年収は15万円であること。どうしてこの数字が出てきたのかというと、それまでは毎年じいちゃんが、近くに住んでいる知人に農繁期限定でアルバイトをお願いしていて、アルバイトの報酬がおよそ15万円でした。僕が農業に従事することで労働力が確保できれば、アルバイトは雇わずに済むため、アルバイト代に回していたお金を僕の収入として考えることにしたのです。
また、販路を広げて、これまでよりも売上を上げられれば、その分の売上は僕の報酬にしてもいいことになりました。そこで販路拡大には、これまでの経験を活かせるSNSを駆使することにしました。近年、SNSで販路を拡大している農家さんは少しずつ増えてきています。
例えばまいひめおじさんは、熊本県で高糖度のトマト「まいひめ物語」や、そのトマトで添加物、着色料、保存料などを一切使用しないトマトジュースを、SNSを中心に販売しています。果物くらい糖度の高いトマトを使用した季節限定・本数限定のトマトジュースは1本6000円で販売されるのですが、即完売するそうです。僕が農業を始めた当初は、まいひめおじさんのSNSを参考にさせていただきました。
農業収入が少ないことから生活費を自分で稼ぐ必要があり、当初は家庭教師の準備を進めていました。ところが、SNSを始めた1カ月後には、本当にありがたいことに、約10万人の方にフォローしていただきました。広告や案件などによる収入が見込めるようになったことで、家庭教師の計画はストップさせて農業ビジネスに振り切ることを決めました。
2024年に関しては、補助金がもらえるようになったことも大きかったです。新規の農業従事者を支援する県の補助金(年75万円)と、6次産業化(※)の町の補助金(20万円)、合計95万円をいただきました。補助金は種類が豊富にあるのですが、条件が厳しいことも多く、世帯年収でフィルタリングされるものもあります。
※ 農業者が生産(第1次産業)だけでなく加工(第2次産業)や販売(第3次産業)にも取り組むことで、生産物の価値を高め、農業所得の向上を目指す取り組み。1次×2次×3次=6次の意味。なかには補助金を嫌う方もいます。町・県・国のお金、つまり国民のお金を使って農業をするのか、という厳しいお言葉をいただくこともあります。頼らずに済むのなら、本当にかっこいいと思います。しかし、わが家の場合は、補助金や助成金、交付金がなければ成り立たず、使えるものは使いながら頑張っていこうと考えています。
「年収15万円」公表で受けた、意外な反応
SNSを活用して収入を得るためには、どんなことを発信するのかがとても重要になりますが、「年収15万円で米をつくっています」と投稿したときには、「それでどうやって生活するんだ」「もっとマシなウソをつけ」といった厳しいコメントもいただきました。
僕も農業に無縁の人間だったら、そう思ったでしょう。多くの方は、一般的な会社に就職して働けば、毎月のお給料が15万円以下ということはあまりないと思います。しかも、僕の場合は月収ではなく年収が15万円。信じられないと思われるのもわからなくはありません。
また、農家の方から「1年目なら年収15万円で妥当」「年収がプラスになっている時点で上出来」といったコメントもいただきました。でも、そうした農業の固定観念も個人的には嫌だなと思っていました。
実は、年収15万円という事実を公表するかどうかは、かなり迷いました。これは僕の個人的な印象ですが、おいしい農作物をつくる農家さんや農業法人は、農業が儲からないとはいいながらも、儲かっているはずだと思っていました。儲かっている=おいしい、という公式が成り立つ部分は少なからずあるだろうと考えていたのです。年収15万円ということは、この農家がつくっているものはおいしくないから売れないのではないか、という印象を与えかねず、それだけは避けたいと考えていました。
年収15万円というのはインパクトのある言葉なので、良くも悪くもバズることは予測できました。悪いほうにバズって炎上してしまうことだけは避けたいけれど、果たしてどちらに転ぶのかは本当にわかりませんでした。でも最後は、農家の不遇な状況を理解して、おいしい農作物をつくることができることと、農家が儲かることが必ずしもイコールではないとわかってくださる方もいるのではないか、というわずかな望みにかけました。
蓋を開けてみたら、否定的なコメントは全体の1割もなく、9割以上は応援コメント。結果的にはSNSがいい方向に働き、とても安心しました。
僕と同じように農業に従事されている方の反応については2パターンあって、大半は「うちも同じような状況です」「米農家って大変ですよね」と同調するケースなのですが、一部の方からは「うちはそんなにひどい経営はしていない」「どんな経営をしたらそうなるんだ?」など、マウントをとるようなコメントもいただきました。
悲しくないわけではないし、「今に見ていろ」という気持ちにもなりましたが、僕はまだ農業を始めたばかり。何を言われたとしても「これから改善していきます」と言うしかなく、思ったほど精神的なダメージになることはありませんでした。
米利休

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