
十分な年金と潤沢な貯金があれば「老後の不安」とは無縁……そう思っている人も多いでしょう。しかし、近年続く物価の上昇は「安泰な老後」さえも大きく揺るがしています。
「金の心配はいらん」と一点張りの父…高級老人ホームに入居
鈴木達也さん(55歳・仮名)の父、正雄さん(82歳・仮名)は元地方公務員。月20万円の年金と貯金3,000万円という盤石な経済基盤を前に、「私の老後は安泰だ」と常々口にしていました。
80歳を過ぎたあたりから、足腰の衰えを感じる場面が増えてきました。一人暮らしの自宅での生活に一抹の不安を覚えた正雄さんは、自らの意思で有料老人ホームへの入居を決断します。達也さんがどのような老人ホームを選んだのか気になり調べてみると、家賃の前払いにあたる入居一時金は1,000万円を超え、月額費用は25万円。思わず「たかっ!」と声が出ました。そのことを正雄さんに正直に伝えると「金の心配はいらん」の一点張り。本人が納得しているのなら仕方がないと、それ以上は言わなかったといいます。
入居の日、荷物を運び終えた部屋で、正雄さんは一枚の通帳を達也さんに手渡しました。
「達也、この通帳とお届け印を預かっておいてくれ。毎月のホームの費用は、すべてこの口座から引き落とされるように手続きしてある。私が持っていて失くしたら大変だからな。金の心配はいらん」
最後まで「金の心配はいらん」という正雄さん。達也さんに心配をかけまいという優しさでしょうか。その言葉通り、通帳にはまとまった金額が入っており、達也さんは父の計画性の高さを改めて感じ、ひと安心しました。
それから2年が経過しました。たまに画像付きでメッセージが送られてきますが、そこでは楽しそうな老人ホームでの暮らしが綴られています。食へのこだわりが強いこともあり、食事の美味しさに定評のあるホームを選んだ正雄さん。今月の季節メニューについての感想が定番だったといいます。
一方、達也さんの生活はこの2年で大きく変化していました。世界的な物価高の波は容赦なく日本の家庭を直撃し、食料品やガソリン、電気代など、あらゆるものが値上がりしています。達也さんの給料はほとんど上がらない一方で、大学生の2人の息子の教育費はピークに達し、生活を圧迫。妻と二人で家計を切り詰めながら、何とか日々の生活を維持しているのが実情でした。
「教育費に住宅ローン。自分たちの将来を見据えて貯金だってやらないといけない。悠々自適な父が本当に羨ましいですよ」
通帳に刻まれた「衝撃の金額」…背筋を冷たい汗が伝う
さらに達也さんを追い詰めることが起きます。ある日、父から預かっている通帳のことがふと気になった達也さんは、久々に記帳しようと思い立ちました。銀行のATMで通帳を繰り入れ、出てきたページに目を落とした達也さんは、自分の目を疑います。
「……え?」
そこに印字されていた引き落とし額は、達也さんが当初聞いていた金額よりも、明らかに跳ね上がっていたのです。
「何かの間違いじゃないのか」
思わず声が漏れます。もう一度、目を凝らして数字を確認しますが、何度見ても金額は変わりません。当初は月額費用25万円に加えて別途数万円が引かれていましたが、直近では合計で40万円近くにもなっています。月々10万~15万円、年間150万~200万円ほど多く取り崩される計算です。そのため、残高は急激に減っていました。
「このままでは貯金が尽きてしまうのではないか」
不安が押し寄せるなか、震える手で老人ホームに電話をかけると、事務員からは淡々とした答えが返ってきました。
「はい、費用の改定ですね。昨今の物価高騰や光熱費の上昇、また介護職員の処遇改善などもありまして、1年前から利用料を改定させていただいております。契約者様である正雄様には、事前に書面にてご案内とご説明を差し上げておりますが……」
通帳を預かっているからでしょうか、父はどれほどお金を使い、どれほど残っているかに関心がなかったようです。だから月額費用の値上げのことも伝え忘れていたのかもしれません。
株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『介護施設入居実態調査 2025』によると、「老人ホーム入居前に想定していなかったこと」の第1位は「想定していたよりお金がかかる」(24.2%)。入居時、4人に1人がお金に関してネガティブな経験をしています。お金に関する懸念は入居後も。この物価高を受けて多くの施設で価格改定を実施。管理費や食費のほか、月額費用に含まれない費用も軒並み値上げとなり、達也さんのように思わず言葉を失ってしまう……そのようなことも珍しくないようです。
今の自分の家計に、父のホームの費用を上乗せで支払う余裕など、まったくありません。「金の心配はいらん」は過去の話。場合によっては費用の安いホームへの転居も考えるよう、正雄さんを説得するつもりだといいます。
[参考資料] 株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『【お金編】LIFULL 介護が「介護施設入居実態調査 2025」を発表』

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