日本人の6割は持ち家派。年齢があがるほどその割合は増えていき、高齢者では8割を超えるといわれています。圧倒的少数派である賃貸派の高齢者。「どうやって生きていこう」と路頭に迷うようなリスクにさらされることも珍しくありません。

築50年の古アパートに30年

郊外、築50年の木造アパートに住む木村良雄さん(77歳・仮名)。ここで暮らし始めて、もう30年近い月日が流れたそうです。建物の古さゆえ、隙間から忍び込む冷気で冬は寒く、夏は暑いのが悩みだというものの、6畳の1Kタイプで家賃は3万円と格安なのが、何よりも助かっているとのことです。

現役時代は小さな商店を夫婦で切り盛りしていましたが、15年前に妻に先立たれてからは店を畳み、細々と暮らしてきました。国民年金だけが頼りの木村さんのもとに振り込まれるのは、月7万円弱。この金額とわずかな貯金を取り崩して暮らしていくには、3万円という家賃はまさに命綱だったのです。

「お世辞にも立派とは言えないが、雨風をしのげて、思い出もたくさん詰まった良い部屋だよ」

そう言って木村さんは、少し歪んだ窓枠を眺めます。壁には、とうの昔に成人した息子との家族写真が。息子家族とは遠く離れて暮らしていますが、実家がこのアパートでは、なかなか帰省もままなりません。たまに電話で話す程度で、交流らしい交流はなくなってしまったそうです。

それでも穏やかな日々を過ごしていましたが、そんな日常が揺らいだのは半年ほど前のこと。大家が訪ねてきて、深々と頭を下げたのです。

「木村さん、長いこと住んでもらって本当にありがたいんだけどね。このアパート、もう限界で。建て替えることにしたんだよ」

老朽化は、住人である木村さんが一番よく分かっていることでした。驚きよりも「やっぱりか」という納得のほうが大きかったといいます。大家は続けました。

「もちろん、急に出ていけなんて言わない。立ち退きの費用として、新しいアパートの契約金や引っ越し代はこちらで持つから。それで、なんとかお願いできないだろうか」

むしろ、ありがたい話でした。貯蓄などほとんどない身からすれば、引越し費用を全額出してくれるというのですから、文句などあるはずもありません。木村さんはその場で承諾し、大家と固い握手を交わしました。

「あなたには貸せない」…突きつけられた厳しい現実

大家の温情に感謝し、木村さんはすぐさま新しい住まいを探し始めました。希望の条件はただ一つ、現在の家賃と同じくらいの3万円台で住める部屋。環境を変えたくない思いもあり、まずは同じ駅周辺で探し、駅前の不動産会社を訪ねました。しかし、現実はあまりにも残酷なものでした。

「お客様、大変申し上げにくいのですが……」

担当者は、木村さんの年齢と年金月7万円という収入を伝えると、一様に顔を曇らせ、判で押したように同じ言葉を繰り返すのです。

「そのご年齢とご年収ですと、ご紹介できる物件はございません」 「保証人の方がいらっしゃらないと、大家さんがなかなか首を縦に振らないんですよ」

門前払いが続きました。5軒、6軒と不動産会社を回るうちに焦りが募っていきます。

内閣府令和6年版高齢社会白書』によると、65歳以上の単身世帯は2023年時点で855万人にのぼり、高齢者のいる世帯の3割を超えます。このような持ち家のない単身高齢者は、木村さん同様、「家が借りられない」というリスクにさらされているのです。

国土交通省の資料によると、大家が高齢者の入居に拒否感を示す理由として「家賃の支払いに対する不安」や「健康上の不安、孤独死による心理的瑕疵」などが挙げられています。木村さんが直面しているのは、まさにこの「貸し渋り」の壁でした。

とはいえ、諦めるわけにはいきません。エリアを広げ、条件を少し緩和し、必死に探し続けました。しかし、結果は同じでした。10軒目、11軒目、そして12軒目……。不動産会社のカウンターで断られるたびに、「あなたには部屋は貸せない」という言葉が、自分の人生そのものを否定されているように木村さんの胸に突き刺さりました。

立ち退きの期限は、刻一刻と迫ってきます。期限まで、残り1ヵ月を切りました。

「真面目に働いて、年金もきちんと納めてきた。人に迷惑をかけるような生き方はしてこなかったつもりだ。なのに、どうして俺は、雨風をしのぐ部屋すら借りられないんだろう……」

木村さんのように、真面目に暮らしてきたにもかかわらず、年齢を理由に住まい探しで苦労するケースは、決して他人事ではありません。こうした状況に対し、公的な仕組みが存在します。その一つが「住宅セーフティネット制度」です。これは、高齢などを理由に住まいを借りにくい人々をサポートするための国の制度で、登録された住宅であれば入居を断られにくくなります。また、連帯保証人が見つからない場合に利用できる「家賃債務保証」の利用を支援してくれる自治体もあります。

「住宅セーフティネット」のウェブサイトで、対象となる物件を直接探すことも可能です。一人で抱え込まず、さまざまなサポートを頼ることで、新しい一歩を踏み出すきっかけが見つかるかもしれません。

[参考資料]

内閣府令和6年版高齢社会白書』

国土交通省『高齢者の建物賃貸借契約における実務上の課題』