●面接試験で受けた金言「ようやく自我が芽生えたんですね」
笑っていいとも!』『SMAP×SMAP』『はねるのトびら』から、現在も『水曜日のダウンタウン』『新しいカギ』『それSnow Manにやらせて下さい』など、数々の人気バラエティ番組を担当する放送作家の大井洋一氏が今年4月、日本大学芸術学部(日芸)の文芸学科に入学し、47歳にしてキャンパスライフを送っている。

日芸と言えば、かつてウッチャンナンチャン内村光良が番組企画で受験したことでも知られるが、大井氏は完全プライベートの挑戦で見事合格。かつて大学を中退した同氏は、なぜ再び青春を謳歌しようとしているのか。その経験が本業に反映されることはあるのか。キャンパス内の一角で話を聞いた――。

○格闘技を引退して見つけた新たな趣味

大井氏は以前、マイナビニュースのインタビューで、駆け出し時代に極楽とんぼ加藤浩次から「大学もまともに出れねぇやつが仕事なんでできるわけねぇだろ!」と言われたことが、ずっと心の中に残っていると話していた。今回の大学入学にあたっては、この言葉もよぎったというが、「ずっとやっていた格闘技を辞めちゃったんで、新しい趣味を探そうと思って、それを“受験勉強”にしたんです」と、きっかけを明かす。

特に志望校も決めず、大手予備校の四谷学院で本格的に受験勉強を開始。すると講師から「目標の学校くらいは決めてください」と促され、日芸を選んだ。

「高校生の頃、ハガキ職人的なことをしていて放送作家になりたかったんですけど、なり方が分からなかった時に、日芸というところで放送に携わる仕事を学べるらしいと気づいたんです。それで行きたかったんですけど、当時はちょっと敷居が高くて、受けもしませんでした。その後、爆笑問題さんや宮藤官九郎さんなど、日芸出身者がいろいろ活躍するたびに、“行きたかったところだよなあ”と頭の中にあったので、せっかくなので受けてみようと思いました」

こうして、“年に1回、日芸だけを受けるイベント”を自分の中で立ち上げ、受験勉強にまい進。「家族を連れて正月旅行にも行きましたから、真面目な受験生ではないです」と謙そんするが、週5日通い、土曜日に至っては「仕事がない時は朝から晩まで行って、自習しつつ英語2コマ、現代文1コマの個別授業を取っていました」と、“趣味”に没頭した。

予備校の宿題もあれば、放送作家としての宿題(=案出し)も提出する日々だったが、それによって「自分は与えられたものをこなすという作業が好きなんだと気づきました。よく“決められたことだけやりたくないよ”という人もいますが、逆だったんです」と捉えていたそうだ。
○放送作家が言えない「自分が作りました」を世に出したい

社会人入試ではなく、現役高校生や浪人生と同じ条件の一般受験で挑んだ大井氏。1度目は放送学科を目指したが、残念ながら不合格に。その面接試験の際、「放送学科で大井さんが学ぶことは、もうないですよ」と言われたことから、翌年は小説などの創作活動を学ぶ文芸学科に志望を変更した。

「番組っていろんな人の手の集合で完成されたものなんですよ。エンドロールで自分の名前が出ても、“僕がやりました”なんてとてもじゃないけど言えない。だから、“自分が作りました”と言えるものを世に出すことをしたいと思って、本を書きたいなという気持ちがずっとあったんです」

その志望動機を、文芸学科の面接試験で楊逸(ヤン・イー)教授(※『時が滲む朝』で芥川賞を受賞した小説家)に話すと、「あなたようやく自我が芽生えたんですね」と言われ、「俺は自我が芽生えてるんだ!」とはたと気付かされたという大井氏。そして見事合格したものの、あくまで趣味として“受験勉強”をしていたため、実際に進学するかを迷ったが、「楊先生の言葉がかなり刺さったので、この先生の元で学びたいと、入学しようと思いました」と、大学生活がスタートした。

●授業をサボる学生に抱く「ちゃんと受けろよ!」
こうして迎えた29年ぶりのキャンパスライフ。ほかの学生と一緒に並んで健康診断を受け、必修である体育の授業にも出る。ただ、10代の若者とグラウンドを走り回るのは厳しいため、競技はゴルフを選択した。

面接試験で金言を授けてくれた楊教授のゼミに入ると、「年上だから」とゼミ長に任命され、小説研究の会議を主催。「みんなのスケジュールを合わせるのが大変で。今までは番組の総合演出に会議の日程を出す側だったのですが、その立場になると“なんで全員早く回答しないんだ!”って気持ちが分かるようになりました」と発見もあった。

かつての大学生時代は真面目に授業を受けていなかったそうだが、「やっぱり自分で学費を払っているので、ちゃんと聞いてますね。だから授業サボってる子を見てると、“絶対俺より楽なんだから、ちゃんと受けろよ!”と思います」という心境に。

その矛先は先生も対象となり、「“ラク単”とか言って先生が一方的にしゃべってるだけの聞くだけで単位が取れる授業とかあるんですけど、それも許せないですね。“ちゃんと考えた授業をやってくれよ!”と思います」と正論を語る。

2人の子どもがいる大井氏。高校時代にレスリングでインターハイ優勝という経歴を持つ長女については、「今、大学2年生で俺より上の学年です。レスリング辞めちゃったんで普通に大学生してますけど、あんまり学校に通ってないんで、ムカつきますね(笑)。“単位ちゃんと取れてるか、分かんなかったら学生課に聞けよ”って言ってます」と、経験に基づく会話が増えた。

こちらもレスリングでインターハイ優勝を飾った高校3年生の長男は、「推薦か一般受験か分からないですけど、大学に行く予定です」といい、進学すれば来年からは一家の4人中3人が大学生という異例の事態に。「子どもと同じサークルに入るのが夢だった」というが、長男が日芸を選ぶことはなさそうとのことだ。

○友達できず悩める新入生に…飲み会でおごることへの葛藤

コロナ以降はテレビ番組の会議はもちろん、大学の講義もリモートで、さらにアーカイブ配信するものがあるため、こうした時代の変化もあって、本業の放送作家の担当番組を減らさずに大学に通うことができている。

だが、「友達はなかなかできないです」と世代間ギャップを痛感。「敬語は取っ払えないですよね。ちょっと自意識過剰ですけど、学食でおじさんが飯食ってるところをあんまり見せたくないですし、安い学生価格で注文するのもなんだか申し訳なくて。トイレも見られたくないので、人里離れたところの個室を探して入ってます」「今頃は誰かの家に泊まりに行って、夏には一緒に宅飲みしてる予定だったんですけど、今のところそうはならなそうです」と、悩める新入生になっている。

本業との並行により、他の学生と同じようなリズムで生活を送れないことも、溶け込めきれない要因の一つ。「授業が終わったらすぐ番組のリモート会議に入っちゃって、未発表の情報もあって周りに聞かれるとマズいから、人がいない踊り場みたいなところでやってると孤立しちゃって。いじめられてるわけでもないのに、便所で弁当食ってるみたいになるんですよね。で、その後は対面の会議のためにテレビ局に移動することもあるんで、あんまり学生たちと交流できないんです」と悩ましい。

能動的に友達を作ろうと、学内の掲示板で「一緒に麻雀やりたい人はこのアカウントをフォローしてください!」と募集しているのを見て実際にフォローするも、「全然返事ないんですよ」と悲しい出来事も。

また、飲みに行くにも「若い子たちに“じゃあ2,500円ずつね”って回収するのは心が痛いんですけど、それをやらずにおごってしまうと、友達ではないと思うんです」と葛藤がある。

そんな中で、「本当にありがたい話で、テレビ好きの放送学科の子が“大井さんですよね”と声をかけてくれることがたまにあります」とうれしい出来事もあったが、「それと友達になるのとは、また話が別ですから」と進展せず。様々な人とLINEの連絡先を交換したものの「LINEが送られてくることは全くない」という。「未来の蓮見(翔、ダウ90000)くんや、Vaundyになりそうな子を見つけて、仲良くしておかなきゃいけないのに」と目論見は順調にいっていないようだ。

大学生になったからには課外活動にも参加しようと入ったのは、学園祭を運営する「日芸祭本部実行委員会」。配属されたのは広報部で、今は協賛金を集める仕事に従事しており、「1年生なので、担当企業がExcelで配られまして、そこにメールで説明して、資料を添付して送るまでが仕事です」と、年齢の配慮なく“新入り”の業務をこなしている。

●ピアノが聴こえる学食「若い子たちは見てるだけで面白い」
他学科の授業も受講する中で、学びが多いと感じているのは放送学科の「メディア研究」。「映画会社やテレビ局の成り立ちから、インターネットが普及して、ニコ動やYouTubeが出てきて…という歴史を追ってくれるんで、すごく面白くて。自分の知識が増えるのはいいなと思いますね」と充実の様子だ。

直接的な交流はなくても、「やっぱり若い子たちは見てるだけで面白いですよ。一緒に授業受けている子たちからは、青春を浴びる感じがしてまぶしいです。あと、学食にピアノが置いてあって、いろんな子が弾いているんです。すごくうまい子から全然うまくない子までめっちゃ楽しそうに弾いてる。それを聴きながら仕事してるのはかなり楽しいです」と、キャンパスライフを満喫している。

こうした学びや学生生活の経験を本業に生かすことは、まだできないないとのこと。「やっぱりもっと学生とコミュニケーションをして、“今はこんなのが流行ってるのか”と分かったら反映できるかもしれないですね」と想像する。

一方で、日芸出身の業界関係者と話をする機会が増えたのだそう。「『(全力!)脱力タイムズ』の(名城)ラリータさん、『クレイジージャーニー』の神尾(祐輔)くん、ちょっと上の世代ですけど『(天才・たけしの)元気が出るテレビ!!』からやってる長久弦さんとか、『新しいカギ』の若手ディレクターにも“私、日芸なんですよ”と声をかけられて話ができるので、共通の話題ができて楽しいですね」と、一つのメリットを感じている。

その人脈を生かして、「僕が知ってる日芸出身のOBには、直接日芸祭の協賛金をお願いしています」と実行委員の仕事に注力。「広告はウェブ掲載とパンフレット掲載の2種類あります。セットにすると割引きもありますので、ぜひ」とアピールした。
○新しい創作活動やネットワーク構築に期待

まだ100%謳歌できていないキャンパスライフだが、「大学生でいる中で何か出会いがあるかもしれないし、新しい創作活動やネットワークができるのが理想です。でも、18歳の時には“まだ4年もあるよ”と思っていたけど、47歳になると4年なんてあっという間ですからね」と、期待と焦りをのぞかせる大井氏。

大学入学にあたっての第一目標である小説は、「ゼミ誌に載せるのが、8月までに第一稿を上げなきゃいけないんです。事実に基づいたフィクションというジャンルが理想なので、題材になる事件や出来事を自分なりにまとめたいと思います」と構想を明かし、「一冊ではなく、何作も書いていければと思います」と夢を膨らませている。

●大井洋一1977年生まれ、東京都出身。駒澤大学を除籍後、放送作家に。『はねるのトびら』『笑っていいとも!』『SMAP×SMAP』(フジテレビ)、『リンカーン』(TBS)、『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)などを担当し、現在の担当番組は『水曜日のダウンタウン』『それSnow Manにやらせて下さい』『週刊さんまマツコ』(TBS)、『新しいカギ』『呼び出し先生タナカ』(フジテレビ)、『上田ちゃんネル』(テレビ朝日)、『人間研究所 ~かわいいホモサピ大集合!!~』(中京テレビ)、『チャンスの時間』(ABEMA)、『佐久間宣行のNOBROCK TV』(YouTube)など。総合格闘技「THE OUTSIDER」にも挑戦し、55~60kg第2代王者となった。25年4月から日本大学芸術学部文芸学科に在学中。
(中島優)

画像提供:マイナビニュース