東京での生活に疲れた60代夫婦は、コツコツ貯めた貯金と年金を頼りに「地方移住」を決断。移住先の山梨県で、中古ながら“念願のマイホーム”を手に入れます。理想の老後生活を謳歌する2人でしたが、その幸せは税務署から届いた「1通の封書」により一瞬で崩れ去ってしまったのでした……。宮路幸人税理士/CFPが具体的な事例をもとに、住宅購入時の注意点と節税ポイントを紹介します。

夫の定年を機に「山梨への移住」を決断

元会社員の男性Aさん(65歳)と、同い年の妻Bさん(65歳)夫妻は、Aさんの仕事の都合上、長年東京の賃貸物件で暮らしてきました。

しかし、定年後の生活について考えるうち、このまま都会の喧騒で暮らすよりは、どこか自然豊かな地方に移住し、持ち家を購入してのんびり暮らしたいという「長年の夢」が大きくなってきました。

そして、Aさんが定年を迎えたことを機に、ついに地方移住を決断。場所については、夫婦で吟味して山梨県に決めました。

2人は、夫の退職金1,500万円を含む貯金5,000万円の一部を使って“夢のマイホーム”を購入。中古ながら、庭付きの戸建です。

都内の狭い賃貸に住んでいた夫婦は、ついに手に入れたマイホームに大興奮。引っ越したあとは、夫は庭で野菜を育て、妻は地元の婦人会で友人を増やすなど、月あたり24万円の年金受給額の範囲内で、夫婦それぞれ理想の老後生活を謳歌していました。

しかし、そんな生活は長くは続きませんでした。移住して半年ほど経ったある日のこと、夫婦の日常を崩壊させる「1通の封書」が届いたのです……。

税務署から届いた「1通の封書」の中身

その封書の送り主は、税務署でした。なかを開けてみると、「お買いになった資産の買入価額などについてのお尋ね」と書いてあります。

Aさんは「なんだろう、これは?」と思いましたが、あまり深く考えずに、ありのままを記載して税務署に返送。するとしばらくして、税務署から連絡が入りました。

「奥さん名義の不動産持分のお金の出所について調査したいのですが」

こうして、A夫妻は移住先でまさかの税務調査を受けることとなったのでした。

A夫妻に課された衝撃の追徴税額

税務調査官「残念ですが、この形だと贈与税の納税が必要ですね」

「なんですか急に。こんな理不尽な税金、払えませんよ!」

Aさんの叫びもむなしく、夫婦には追徴税と加算税で総額400万円が課される結果に。

夢のマイホームを手に入れたA夫妻は、税務の知識が乏しかったために思わぬ出費を強いられてしまったのでした。

夫婦間でも贈与税が…住宅購入時の「注意点」

家計の管理を妻に一任している場合、妻名義の預金に夫の収入が含まれていることも多いでしょう。こうした場合、不動産などの大きな買い物の際、妻名義の口座から頭金を支払うケースもあるのではないでしょうか。

しかし、妻が専業主婦の場合は無収入であるはずです。そのため、税務上、妻名義の預金は基本的に「夫のものである」と判断されます。

その場合、不動産購入時の際に贈与税が発生する可能性があるというわけです。

ただし、不動産購入時の頭金を妻の口座から支払った場合すべてに贈与税が発生するわけではありません。

1年間の贈与税の基礎控除金額である110万円を超える金額を頭金として妻の口座から支払った場合、全額から110万円を差し引いた残りの金額に対して贈与税が課税されます。

A夫妻はどうすればよかったのか?

A夫妻が購入したのは約4,000万円の戸建てです。購入時には、そのうち3分の1の1,330万円を妻名義の口座から、残り2,670万円を夫名義の口座から支払いました。登記も支払い分に準じて妻が3分の1、夫が3分の2という形で行っています。

ここで、Bさんが長年専業主婦であったことから、Bさんの預金が「夫の名義預金」であるとみなされてしまいました。

つまり、夫から妻へ1,220万円(1,330万円-基礎控除110万円)の贈与が行われたと判断されたことから、贈与税が発生。加算税などを含めて、およそ400万円の追徴税を課されることとなったのでした。

この点、登記の際に不動産の名義を夫の単独名義としていれば、この贈与税はかかりませんでした。

夫婦間での課税を避ける節税方法

「おしどり特例」の活用もひとつの手

今回のようなケースでは、いわゆる「おしどり贈与」の特例を活用するという方法があります。

「おしどり贈与」とは、正式名称を「贈与税の配偶者控除」といい、居住用不動産の取得による贈与を適用した場合、贈与税の課税価格から、基礎控除110万円のほか2,000万円まで贈与税がかからないというものです。

婚姻期間が20年以上であることや、贈与税の申告をするなど一定の要件はあるものの、該当する場合には、最大2,110万円が非課税になることから、A夫妻も購入前に一度検討すべきだったかもしれません。

先述したように、不動産のような大きな買い物の場合、税務署はその資金の出所について厳しくチェックしています。特に不動産の登記割合と資金の出所については、贈与を疑われた結果、多額の追徴課税を受けるケースも少なくありません。

あとで思わぬ追徴税を課されないよう、不動産購入の際は一度専門家に相談されることをおすすめします。

宮路 幸人

宮路幸人税理士事務所

税理士/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)