
トランプ政権が提出した包括的な税制・移民対策法案である「One Big Beautiful Bill」には、米国市民でない者が国外へ送金する際に3.5%の課税を課す条項が含まれ、現在上院での審議が進んでいます。この送金課税は、不法移民による納税逃れを是正する狙いがあるとされますが、その実効性や副作用に懸念の声も上がっています。金融機関の手続き負担、抜け道の存在、そして海外投資への悪影響など、制度導入がもたらす多面的な影響を検証します。
トランプ政権が進める「送金課税法案」
トランプ政権が提出した包括法案「One Big Beautiful Bill」には、米国市民ではない者が国外に送金する際に3.5%の課税を課すという条項が盛り込まれています。現在この法案は下院を通過し、上院での審議に移行しています。
この課税案には、財源確保や移民対策といった複数の政策目的が込められていますが、その一つとして、中南米およびカリブ海諸国からの不法移民が、米国内で税を納めずに母国へ巨額の送金を行っている現状への対処があるとされています。
たとえばハイチへの年間送金額は約38億ドル(約5,500億円)に達しており、その80%以上が米国から送られているという統計もあります。この法案が成立すれば、これらの国々にとっては実質的な経済的打撃となるのは確実です。
もっとも、制度が導入されたとしても、課税逃れのために現金を人づてに持ち帰る、仮想通貨を使う、地下銀行を利用する、高額な物品を送付する、さらには米国市民名義で送金するなど、多様な「抜け道」が利用される可能性が指摘されています。表面的な制度整備だけでは、現実の送金フローを完全にコントロールするのは困難です。
送金額わずか15ドル超から課税判断対象に
この法案では、15ドル(約2,200円)を超えるすべての送金について、課税対象か否かを判断する必要があります。これにより、金融機関と送金者の双方に大きな事務的負担が発生します。
現在、米国居住者に対しては、通常Form W-9(社会保障番号や住所などを記載する本人確認書類)の提出が求められますが、これだけでは市民権の有無を判断することはできません。そのため、パスポートや出生証明書など、さらなる書類提出が求められる可能性があり、手続きの複雑化が懸念されます。
また、金融機関は四半期ごとに米財務省に対して報告および納税義務を負うこととなり、これに伴う事務コストの増大は避けられません。その結果、送金手数料の引き上げも現実的となるでしょう。
海外投資家にも波及するリスク
この制度は、不法移民への対応という枠を超え、海外から米国へ投資する個人にとっても深刻な懸念材料となります。
たとえば、海外投資家が米国に投資した資金を本国へ戻す場合、それは本来、自らの資本の回収であり、第三者への送金とは性質が異なります。しかしながら、金融機関がこれを単なる送金と見なし、課税対象として扱ってしまえば、実質的には資本移動の自由が制限されることになります。
このような事態は、資本流出に課税する「資本規制」と見なされかねず、米国市場への投資意欲を冷やすリスクをはらんでいます。自由な投資環境を維持したい米国にとっては、本来避けるべき構図です。
トランプ政権はこの送金課税によって、今後10年間で260億ドル(約3.8兆円)の税収増を見込んでいます。しかし、2010年に施行された外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)の際と同様、IRS(米内国歳入庁)への報告義務が金融機関に大きな負担を強いることは避けられません。
当時と同様に、制度を維持するための事務コストや法的リスクが、政府の得る税収を上回る可能性も指摘されています。送金者・金融機関双方に対する過剰な規制は、制度の実効性を損なうばかりか、市場の健全性にも悪影響を与えかねません。
この法案が掲げる「不法移民対策」という目的自体には一定の理解が集まる一方で、その手段としての送金課税が適切かどうかには疑問が残ります。課税を強化することで得られる効果と、制度導入によって発生する金融システムへのコスト・副作用のバランスを慎重に検討する必要があります。
真に効果的な移民政策を実現するのであれば、こうした一律課税型の制度に固執するのではなく、より現実的で実効性のある方法を模索すべき時期にきているのではないでしょうか。
税理士法人奥村会計事務所 代表
奥村眞吾

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