経営者がしばしば頭を悩ませる「役員報酬額」。どのように決定すればいいのでしょうか。税理士が解説します。※本記事は、税理士・清野宏之著『社長の資産を守る本』(セルバ出版)から抜粋・再編集したものです。

給与(役員報酬)設定はどれくらいが妥当か?

◆役員報酬は、いろいろな要素を考慮して決める必要がある

税理士として社長からよくいただくご相談に、「役員報酬額」があります。

役員報酬額の算定には、現在の会社の経営状況を正確に判断することが必要不可欠です。いま、いくらなら報酬額として出せるのかを判断したうえで、決定しなければいけません。

役員報酬の設定にあたっては、コスト全体を見て、そのバランスから決めるのが望ましいでしょう。

毎年確実に相当の利益が出ることが明らかな会社の場合は、最初から役員報酬額を多めに設定してもいいのですが、利益がどれだけ出るかはっきりとわからない場合は、税理士にも相談したうえで設定してください。

事業内容によって異なるところはありますが、売上額から仕入額、人件費、そのほかの経費、そして、税金を引いた金額内で役員報酬を設定したのなら、確実に支払える報酬額にできます。これが、役員報酬額の本来の設定の仕方です。

ところが、このようなプロセスで考えず、とても高い金額を役員報酬額として設定してしまうと、いきなり赤字経営になってしまうこともあるのです。

もちろん、社長がいまの生活レベルを維持していくにあたり、お金がどれほど必要なのかをご家族で検討していただく必要もあります。月100万円の報酬がなければできない生活をしているのであれば、100万円をとれるだけの仕事をしていかなければなりません。もちろん、80万円を自分の報酬から、20万円は奥様に働いてもらう、という方法もあります。

「生活費がこれだけかかっているのであれば、このくらいの役員報酬額をとる必要はある」と考えてもいいでしょう。

◆単年度経営計画書を立て、販売計画と利益予想を立てる

当然のことですが、会社は従業員に給料を支払わなければいけません。

そのためにも、社長の役員報酬額は、確実に支払える金額に設定するべきなのです。

わたしのお客様の多くは、単年度経営計画に従うと販売計画から利益の予想ができ、社長の役員報酬額がいくら以内であれば確保できるのかが計算できる、と考えています。

その前提で、税理士として経営状況を見て、十分な利益が出ている場合はわたしのほうから役員報酬の増額提案をしたことが何度もありました。

これはとてもいいケースと言えます。

ところが、残念なことに、単年度経営計画を立てていない会社も少なくありません。

また、最初に役員報酬額を設定する社長もいます。「役員報酬は2,000万円」と決め、そのためには売上がいくら必要なのかを考える方法は、いろいろな面で厳しい状況をもたらす可能性を含んでいるのです。

とくに急成長している会社は、役員報酬の金額設定に対する感覚に違和感を覚えることがあります。

「お金が儲かった! だから、思いっきり自分の買いたかったものを買うぞ!」と考えてしまう傾向があるようにも思えますが、どうなのでしょうか…。

一方である社長は、役員報酬は1年間変えられないので、意識的に少なくしているそうです。ご自身は一番後回しで、ときにはスタッフのほうが高いときもあるとのこと。顧問税理士から、「社長の役員報酬額は安すぎます。さすがにもっと上げてもいいと思いますよ」と言われるほどですが、これくらいがちょうどいい、と考えていると聞きました。

一概にどれがいい・悪いとは言えませんが、いろいろな価値観があるものですね。

役員報酬額の設定方法

◆適切な役員報酬額を決定するために、税理士の力を借りる

ここでは、役員報酬を実務的な側面からお話しします。

税制的な話をすると、じつは役員報酬額の基準はありません。「過大役員報酬」という形で税務署が否認することはありますが、最近はあまり問題にされないようになっている気がします。これは、税務署が裁判で負けた事例があったからなのかもしれません。

税務署の職員は、公務員です。日本国憲法では、公務員が民間の給与に干渉してはいけない、という考え方があるようです。

それ以降、税務署が慎重になり、役員報酬が高いか低いかについて明言することを避けるようになっています。

では、次のケースはどうでしょうか。

収入はアパートの賃料収入のみ、年商1,000万円の不動産保有会社があったとします。

この会社が役員報酬として、年800万円を社長に支払っていると聞いたら、「多すぎるのでは?」と感じる人も、それなりにいるのではないでしょうか。

この場合のポイントは、身内ではない第3者がその仕事をしたときにも、同等の給与/報酬を出すのかどうかです。奥様に支払っている役員報酬額を、第3者の人が同じ仕事をしても同額支払うのかどうかが、その報酬額の妥当性を考えるひとつの判断軸になります。

社長によっては、「自分は社長だから、休みの日も経営をしているよ」と言い、高額役員報酬額の正当性を主張するかもしれません。

ただこのときは、税務署側が有利になる点がひとつあります。それは、ほかにはない業種別の報酬基準額一覧を税務署が持っているということです。

税理士のわたしたちは見ることができませんが、税務署はその地域の仕事別・売上別の報酬額データの統計をとっているようなのです。それに基づき、報酬額が高すぎるのではないか、と言ってくる場合があるようです。

ただ、報酬額が統計よりも低い場合、「もっと報酬額を上げてみてはどうですか?」とアドバイスしてくれることはありません。

役員報酬額を、一般的な基準で判断することは難しいものです。ぜひ、顧問税理士と相談し、経営を圧迫することもなく、社長としての生活も維持できる報酬額はいくらなのかを決めるようにしてください。

◆社長の家族への所得移転と間違われないためには

社長の家族への所得移転と間違われないためには、家族への給料も要注意です。

たとえば奥様やお子様がその会社で働いていれば、ほかの従業員と同じようにお給料を支払います。これは、労働の対価なのでまったく問題ありません。

ところが、本当は働いていないのにもかかわらず、「お給料」としてご家族の口座に振り込むケースも散見されます。

会社の口座からご家族の口座にお金が動く場合、それは何のお金なのか、きちんと説明できなければいけません。

働いた実績がない状態で、お給料分としてご家族へお金を動かし、さらに源泉徴収もされていなければ、社長の所得移転のような形になってしまいます。

会社と社長との個人的な貸し借り

◆「会社の財布は自分の財布」という感覚は、持たないほうがいい

中小企業B/Sでほかに気になるのは、会社と社長との個人的なお金の貸し借りです。

これは、どこかできちんと解消しなければいけません。なぜなら、会社だけにとどまらず、社長個人のB/Sにも関わってくるからです。

問題は、「会社の財布は自分の財布」といった感覚になってしまう社長が多いことです。

これが常態化すると、会社全体の財務がわからなくなり、会社のお財布も社長個人のお財布もぐちゃぐちゃになってしまいます。

個人のお財布から会社のお財布にお金を入れる、つまり自分のお金を会社へ貸し付ける社長が多いのですが、そうではなく、しっかりと個人財産を蓄積すれば、退任後も安定した生活を送りやすくなるはずです。

でも、お財布もカードもどちらにも使える状態になっていて、これはまずいのでは? と感じるケースをよくお見かけします。

銀行が会社のB/Sを見るときにも、社長との個人的な貸し借りは指摘されやすいからです。

会社から社長への貸付(社長貸付金)があると、「会社の資金繰りが大変なのに、いつまで貸付をしているんですか? 早くきれいにしてください」と言われかねません。

もし会社とのお金の貸し借りがあるのなら、早いうちに解消しておきましょう。

清野 宏之 税理士行政書士、清野宏之税理士事務所所長

(※写真はイメージです/PIXTA)