高年齢期の就労継続が推奨される一方で、収入次第で年金が減額される可能性 がある――。年金受給以降も働こうと考えている人にとって理解しがたいこの矛盾。どうして起きてしまうのでしょうか?老後に働く人が知っておきたい落とし穴を確認しておきましょう。

いつまで働く?「働けるうちはいつまでも」が20.6%

「人生100年時代、働ける間は働きましょう」……。そんなメッセージをよく目にするようになりました。長寿化が進む今、老後の働き方はどう変わっているのでしょうか。

厚生労働省「簡易生命表」及び「健康寿命の令和4年値について」によると、男性の平均寿命は81.05歳、女性は87.09歳。健康寿命(介護などを必要とせず、自立して暮らせる期間)は男性72.57歳、女性75.45歳です。つまり、多くの人は70代前半までは元気に働ける可能性が高いといえます。

では、実際にシニア世代は何歳まで働きたいと考えているのでしょうか。内閣府令和元年度 高齢者の経済生活に関する調査」によると、60歳以上の就労希望年齢について、「65歳くらいまで」が25.6%、「70歳くらいまで」が21.7%、「働けるうちはいつまでも」が20.6%という結果に。

「75歳」「80歳」と答えた人も合わせると、定年後も長く働きたい人が大多数の一方、「仕事をしたいとは思わない」という人は13.6%にとどまっています。

長く働く理由として、経済的な必要性に加え、健康維持や社会とのつながりを求める声も多くなっています。実際、65歳を過ぎても元気な人は珍しくなく、外見も考え方も昔の「高齢者」とは大きく違います。

ただし、現役時代と同じ働き方を続ける人は少数です。60歳以上の就業形態を見ると、自営業やフリーランスが約3割。正社員は男性13.9%、女性7.4%の一方で、パート・アルバイトは男性20.3%、女性は半数以上の52.3%を占めています。

「65歳=老人」という常識は過去のもの。企業も、経験豊富な人材には活躍を続けてほしいと考えています。資産に余裕があっても「まだ早い」と感じ、働き続ける人が増えるのも自然な流れと言えるでしょう。

しかし、そんなときに注意しておかなければならないことがあります。それが「年金制度の思わぬ落とし穴」です。

まだまだ現役…65歳から「第2の会社員人生」をスタート

大竹武さん(仮名・65歳)は、地元の企業に新卒で就職すると、一度も転職をすることなく、愛社精神に満ちていました。59歳の時点で営業部の部長職に就いていましたが、60歳を迎えると継続雇用に切り替わりました。

収入は減ったものの、長年の取引先との信頼関係で営業成績は安定。明るい性格で上にも下にも好かれていた大竹さんでしたが、会社の雇用は65歳までで例外はありません。退職まで1年を切る頃には、「こうやって働けるのもあと少しか」としんみりすることが増えました。

というのも、大竹さん自身は内心「まだ働けるのに」と思っていたからです。趣味は読書と、たまに行く釣り。子どもはすでに独立済みで、退職記念に妻と旅行に行こうかと話しているものの、妻には妻の交友関係があります。

「きっとすぐに暇になるだろうな」

そんな予感でいっぱいでした。どっぷりハマれる趣味でもないだろうか……そんなことに考えを巡らせていると、旧知の取引先の担当者から「紹介したい会社がある」と声がかかります。

話を聞いてみると、大竹さんの人柄や営業力を伝え聞き、ぜひ戦力になってほしいという再就職の誘いでした。「うちは若いというだけで評価はしない。大竹さんが積み重ねてきた豊富な経験にこそ価値がある」と言ってもらえたことが、何よりうれしかったといいます。

提示された年収は約500万円、成績に応じてインセンティブも支給されるとのこと。残業はほとんどありません。退職金も含めた資産は3,400万円超あり、年金も受け取れます。現役時代に比べれば減額ですが、十分な収入……そう思ったといいます。

こうして再就職をした大竹さん。65歳から新しい会社で心機一転、前向きに働いていました。ところが、しばらくして届いた日本年金機構からの通知を見て驚きます。

「年金の一部停止」――その文言に目を疑いました。

なんだこれ? 年金が減るってどういうことだ……」

稼ぎすぎると年金がカットされる「在職老齢年金制度」

これは、「在職老齢年金」という制度によるものです。公的年金を受け取りながら給与や役員報酬を得る場合、収入によって年金が減額または停止される仕組みです。名前だけ聞くと「特別な年金を受け取れる」ように思えますが、実態はその逆。一定の収入を超えると年金がカットされます。

具体的には、老齢厚生年金の基本月額と給与・賞与の合計が51万円(2025年度)を超えると、超過分の半額が年金から差し引かれます。計算式は以下の通りです。

(老齢厚生年金の基本月額+総報酬月額相当額-51万円)×1/2

大竹さんの場合、年金は月23万円(うち厚生年金16万円)、給与は月42万円ほど。合計で58万円となり、月3万5,000円ほどの年金がカットされる計算。年間にすれば42万円もの金額になります。

「そういえば、稼ぎすぎると年金が削られるって聞いたことがあったような……」

記憶の片隅にはあった情報でしたが、まさか自分が対象になるとは思いもよらなかった大竹さん。こうして突きつけられると、決して少ない減額ではありません。インセンティブで稼げば、その分さらに減額されます。

「年をとっても働くのが普通だといいながら、稼いだら損をするなんて、なんて仕組みだ!」

熱意に水を差すような通知に、静かな怒りを覚えたという大竹さん。ですが、制度である以上、受け入れるしかありません。

「自分の能力を買ってくれた会社のために、お金のことは気にせずに頑張ります。でも、やる気を削ぐような制度は撤廃するべきじゃないでしょうか」

年金改正で支給停止の基準額が「62万円」に引き上げ

「できるだけ長く働くこと」が促される時代にあって、年金支給が減らされるというこの制度への批判は少なくありません。

年金局の調査(2022年度末)によれば、働く年金受給者308万人のうち、実に16%が在職老齢年金により年金の一部(もしくは全額)停止の対象になっています。

こうした状況を踏まえ、2026年4月から制度が見直しされることに。厚生年金が支給停止となる基準額を月51万円(2025年度)から月62万円に引き上げることになりました。

この基準額の大幅アップにより、年金停止の可能性は低下します。大竹さんの場合も、年金停止になる金額はゼロ。全額受け取ることができるようになります(インセンティブには注意が必要)。

このように、時代に合わせて年金制度も変化しています。ですが、在職老齢年金が撤廃されるわけではありません。老後、高い労働収入を得る予定の人は、引き続き「稼ぎすぎ」のケースに留意したほうがよさそうです。