
バブル崩壊後の1990年代から2000年代にかけて就職活動を行った氷河期世代。学校を卒業しても就職できず、今なおその影響に苦しんでいる人も多い世代です。その余波は、家族の晴れの日にも及ぶこともあるようです。
「これが現実か…」手取り19万円の給与明細
給与明細を見てため息をついた経験は、会社員であれば誰もがあるはず。「なぜ、こんなにも天引きされるのだろう……」。木村大輔さん(45歳・仮名)もまさにその一人です。先ほど渡されたばかりの給与明細。そこに印字された「差引支給額 196,130円」という数字を、何度もうつろな目で見ています。額面での月収は25万円。そこから健康保険、厚生年金、雇用保険、そして所得税と住民税が引かれ、手元に残るのは20万円をわずかに下回る金額なのです。
【月収25万円・45歳サラリーマンの手取り額】
■額面収入:250,000円
■手取り額:196,130円
(内訳)
・所得税:3,983円
・住民税:9,633円
・健康保険:12,883円
・厚生年金:23,790円
・介護保険:2,080円
・雇用保険:1,500円
*東京都在住の場合の概算
都内のワンルームマンションの家賃7万円、光熱費や通信費、食費……なんだかんだとお金は出ていき、残るお金はほとんどありません。大輔さんは、いわゆる就職氷河期世代のど真ん中を生きてきました。大学を卒業したものの正社員の道は険しく、非正規雇用を転々としながら必死に働いてきました。ようやく正社員になれたのは、40歳を目前にした頃。しかし、就職が叶ったのは給与水準が際立って低い業界。給与は同年代の平均を大きく下回っています。
厚生労働省『令和5年賃金構造基本統計調査』によると、大輔さんと同じ45~49歳男性の平均給与は月42.4万円。大輔さんの月収25万円は、この平均を17万円以上も下回るのが現実です。
そんな大輔さんのもとに、ある日、10歳年下の弟、健太さん(35歳・仮名)から電話が入りました。健太さんは大学卒業後、大企業に就職。順風満帆な人生を歩んでいる姿に、大輔さんの心はいつも少しだけ複雑な気持ちになります。
「実は報告があって。俺、結婚が決まったんだ!」
いつも以上に心がざわつく感じがした大輔さん。
「それでさ、結婚式……兄ちゃんには、絶対に来てほしいんだ」
健太さんは何かにつけて大輔さんのことを「自慢の兄」と言います。小さい頃、体が小さくいじめられがちな健太さんを、いつも守ってくれたのが大輔さんでした。大人になっても、健太さんにとって大輔さんはヒーローであり、自慢したい兄だったのです。
結婚式に出席するとなれば、ご祝儀が必要です。一般的な相場は3万円、兄弟であれば5万円を包む人も少なくありません。さらに、着ていくスーツも新調したい。今のヨレヨレのスーツでは、あまりにもみすぼらしい。それに交通費もかかります。ざっと計算しただけで、10万円近い出費になることは明らかでした。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和5年)』によると、金融資産を保有していない単身世帯は36.0%。大輔さんも、その一人です。日々の生活だけで精一杯で、10万円という大金を捻出できる自信はありませんでした。
「ごめん、行けない」…電話を握りしめ、涙
後日、招待状が届きました。家族はゲストを迎える側だから招待状は不要と言われていますが、昨今の結婚式では家族にも送るケースが多いそう。
招待状の返信ハガキを前に、大輔さんの苦悩の日々が始まりました。消費者金融の広告が目に入るたび、「一時的に借りてしまおうか」という考えが頭をよぎります。しかし、ただでさえ厳しい生活に、これ以上の負債を抱える恐怖が彼を押しとどめました。
祝福したい気持ちはある
現実問題、お金がない
情けない兄だと思われたくない
さまざまな気持ちが交錯。何日も悩み抜いた末、大輔さんは決断をします。
「本当に申し訳ないんだけど、どうしても外せない用事と重なってしまって。たぶん、出席できそうにないんだ」
弟の結婚式当日、たまたま外せない用事……苦しい言い訳であることは明らかでした。「……そっか。仕事、そんなに大変なのか。残念だけど、仕方ないよな」。明らかに落胆しているのが分かる声でした。そして健太さんはそれ以上、何も追及しませんでした。
「情けない……」
通話が切れると、その場に崩れ落ちるように床に手を着いた大輔さん。スマートフォンを握りしめたまま、悲痛な声が響きました。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査](令和5年)』

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