世界では、富裕層への課税を強化する動きが広がっています。しかし、日本ではこのテーマに対する議論が十分とはいえません。欧州では富裕税の再導入や高額相続への課税強化が進められる一方で、富裕層を呼び込む減税政策を採用する国もあります。こうしたなかで、日本がどのような道を選ぶのかが注目されています。

増税論が見えない参院選

2025年7月の参議院選挙では、野党が「消費税の減税」を主要な政策課題として掲げています。ですが、「富裕層への増税」を明確に訴える声はほとんど聞かれませんでした。選挙では有権者に響くテーマが優先されるため、広く国民に影響する消費税が争点となるのは当然ともいえます。

とはいえ、しばしば課題となる「財源論」に踏み込むならば、「富裕層への増税が必要ではないか」という視点も無視できません。

日本の超富裕層の実態

野村総合研究所が2025年2月13日に公表した調査によれば、2023年時点で、純金融資産が5億円以上の超富裕層は11.8万世帯、その保有資産総額は135兆円に上ります。この「純金融資産」とは、預貯金や株式等から負債を差し引いた金額であり、不動産は含まれていません。

この調査によると、富裕層および超富裕層の世帯数は2005年以降で最多となっています。

「1億円の壁」に対応したミニマムタックス

令和5年度税制改正では、「1億円の壁」と呼ばれる所得税の逆進性を是正するためのミニマムタックス制度が導入されました。

これは、給与・金融資産などを合算した所得が年間30億円を超える超富裕層に対して、税負担率の逆転を防ぐための追加課税措置です。ただし、あくまで税制の歪みを是正する技術的措置であり、本格的な富裕層課税強化とは性質が異なります。

欧州諸国と富裕税の動向

世界的に富裕層への課税強化が議論される中、日本では、1950年に「シャウプ勧告」に基づき、所得税の減税と引き換えに富裕税が3年間実施された経緯があります。

欧州では、富裕税を導入したものの、後に廃止した国も少なくありません。たとえば、ドイツ1997年)とオーストリア(2000年)は、個人・法人を対象に富裕税を課していたものの、いずれも廃止しました。

一方でフランスは、1987年に個人対象の富裕税を廃止したものの、1989年には再導入しています。

富裕層への新たな課税の動き

近年では、富裕層課税の新たな動きが目立ち始めています。

フランスでは、資産が1億ユーロを超える約1,800人の富裕層に対し、税率2%のミニマム資産課税を課す法案が下院を通過しましたが、上院が反対しています。

スイスでは、2025年7月に、超富裕層に対する相続税を最大50%とする案が発表され、2025年11月30日に国民投票が行われる予定です。従来、軽課税国として富裕層に人気のあったスイスですが、増税路線に転じる可能性も出てきました。

一方でイタリアは、2017年に富裕層の国外所得に対して定額フラット課税(当初は10万ユーロ)を導入。2024年にはその上限を20万ユーロに引き上げました。この制度では、国外所得の金額にかかわらず定額で課税が完了するため、多額の海外資産を持つ富裕層にとっては極めて魅力的です。また、イタリア相続税および贈与税率は8%と比較的低水準です。

日本の課税強化は進むのか?

今後、世界の国々は、富裕層への課税を強化する国と、税優遇によって富裕層の移住を促す国に二極化していくと予想されます。

日本は現在、国外転出時課税制度などを通じて、富裕層の海外移転に対して課税を強化していますが、さらなる富裕層課税に舵を切るかどうかは不透明です。世界の潮流を踏まえつつ、日本の政策の行方が注目されます。

矢内一好

国際課税研究所首席研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)