
チームワークマネジメントで重要なのは、社外のパートナーも含めたメンバー間のコミュニケーションだ。言語や文化の異なる海外のチームと共同で作業するには、チャットだけでは不安が残る。今回取材した松山のシステム開発会社アイムービックは、ベトナムとのオフショア開発にBacklogをフル活用している。大事なのは言語や文化の壁より、プロジェクト管理のスキルだったという。
愛媛県の松山市に本社を置くアイムービックは、今年で創業20周年を迎えるシステム開発会社。Webサイトの構築から事業をスタートし、現在はシステム開発や運用・保守まで幅広く手がける。AWSパートナーとして、クラウド案件にも対応。アイムービック マネージャー/エンジニアの小阪 大也氏は、「要件定義から開発や保守までワンストップで請け負う体制が整っています」と語る。
2024年現在のスタッフ数は64名。全体の6~7割程度が県外の案件だが、地元のWebサイトやDX施策にも実績を持つ。四国でのIT人材の成長や事業創出を目指して、四国4県すべてに事務所を置いているのも特徴的だ。県外のIT案件を受注しつつ、オフショア開発でベトナムのパートナーとも連携し、地元に根ざしたビジネスを展開しているのがアイムービックだ。
今回取材したメンバーは4人とも愛媛県の出身。小阪氏は取材したメンバーの中ではもっとも古株だ。10年ほど前に広島で就職を試みたものの、就職氷河期だったこともあり、地元のアイムービックに入社。Webシステム開発を経て、PMや情報セキュリティを担当している。また、システム開発を手がけるエンジニアの久米 彰氏は、ベトナムのIT企業でSEとして働き、お子さんが産まれたのをきっかけに地元の愛媛に戻り、アイムービックに入社した。
開発部 ディレクターである仙波 佳奈氏は、官公庁の案件を手がけていた前職の会社が倒産し、引き継ぎ先のアイムービックに移ってきたという。エンジニアの増本隆佑氏は「面接した小阪さん、すごくいい人だったので(笑)」ということで、新卒で入社している。みなさんそれぞれの経緯でアイムービックに参集している。
同社は2016年から課題管理のツールとしてBacklogを使っており、3人が入社したときにはすでに社内で使われている状態だったという。久米氏は「僕は前職のベトナムの会社でも日系企業とのやりとりでBacklogを使っていたので、この会社に来たときも自然にBacklogを使っていました」とのこと。
入社10年の古株である小阪氏は、「以前はタスクを記載したExcelファイルを、メールでやり取り・管理していたので、最新の状況もわからなかったし、担当者がいなくなると、課題も迷子になっていました。でも、Backlogを導入することで、最新の状況も課題も探しやすくなりました。課題管理のツールとして効果が出ています」と語る。
現在Backlogは、社内での利用に加え、社外との課題解決にもフル活用されている。そのため、ユーザー数は社員の3倍近くの260名近くで、プロジェクト数は140以上に上る。「オフショア開発ではゲストとして現地のエンジニアにも入ってもらっているので、社員数より多い人数が登録されているのだと思います」(久米氏)。
オフショア開発の課題は言語と文化の壁だけじゃない
アイムービックのBacklog活用で注目したいのがオフショア開発だ。同社はおもにシステムやアプリの開発でオフショア開発を行なっており、パートナーであるベトナム企業のエンジニアとの課題解決でBacklogを利用している。納品責任のあるアイムービック側で要件定義や設計、品質チェックを担当し、開発はベトナム側で行なうという役割分担だ。
オフショア開発の課題は、言語や文化の壁と言われる。実際に「日本語で説明を書いて、それを向こうが翻訳しているのですが、電話してみたら、実際は伝わってなかったということはよくあります」と小阪氏。特にUXの設計は微妙なニュアンスを伝える必要があるため、異なる言語での誤解は多いという。日本語のわかるメンバーが現地の言葉に翻訳はしているが、それでも伝わりにくいこともある。「Webサイト系の案件でオフショア開発の少ないのは、フロントでのUXのニュアンスが伝わりにくいという理由があるかもしれません」(久米氏)。
納期の感覚もベトナムと日本は違う。「日本は納期に対してかなりシビアで、ベトナムは若干ルーズなところがあります。ギリギリまで納品物が来ないとか、途中経過が共有されないこともありました」と久米氏は語る。これに関しては、納期の重要さを理解してもらうのではなく、細かく状況確認を行なったり、納期を早めに設定するなどで対応しているという。
ただ、アイムービックが感じたオフショア開発の課題は、プロジェクト管理そのものの理解だったという。たとえば、納期の考え方、情報共有の重要さ、課題の切り方など。「言語や文化の違いは問題としてはありますが、これらは乗り越えられること。むしろ、プロジェクト管理のスキルの方が課題でした」と久米氏は指摘する。確かにプロジェクト管理自体の理解がなければ、言語や文化が同じ日本人でも、プロジェクトはうまく行かないはずだ。
プロジェクト管理のやり方に差がある点も課題だった。PMや開発業務を担当するエンジニアの増本隆佑氏は、「担当者ごとで個別にやりとりしていると、納品物の品質がエンジニアのスキルに依存してしまう。これは相手はベトナムの会社だからというより、こちら側のプロジェクト管理のやり方が統一されていないことが問題だと思っていました」と語る。
相手が見えないオフショア開発 Backlogで進捗や相手の状況を把握
こうしたオフショア開発のため、同社はコミュニケーションツールとしてChatwork、課題管理としてGitHubを利用していたが、使い勝手の点からツールは長らく模索していたという。「GitHubはエンジニアにはなじみ深いが、非エンジニアはやはり使いにくかった」と小阪氏は語る。誰でも使える課題管理ツールということで、白羽の矢が立ったのが社内で利用されていたBacklogだった。
Backlogで実現したのは、ベトナムと日本でのプロジェクトの可視化だ。「ベトナムと日本では地理的な距離があります。だから、どうしてもオフショア先の状況が見えない。だから、オフショア先がいま何を考え、なにをしているのかを認識する必要があります。そういうときにBacklogできちんと課題を共有することが可能になります」と久米氏は語る。
たとえばディレクターの仙波氏は、課題をとても細かく立てている。親子課題で構成され、ガントチャートもわかりやすい。「アプリ開発が細かく課題を立てないと、バグがつぶれません。こちらの希望の納品日程を入れ、ベトナム側の現実的な納品日を入れてもらって、日程を調整しています」と説明してくれた。
Backlogでよいのはリアルタイムに相手の状況がわかることだ。仙波氏は、「オフショア開発は相手の状況が本当に見えません。でも課題を立てると、ベトナムのメンバーも着手したタイミングで処理中に変えてくれます。ちゃんと動いているとか、きちんと完了したというのがリアルタイムにわかります。すごく使い勝手がいいと感じています」と語る。
工夫としてはBacklogの詳細欄に動画キャプチャを入れていることだ。「以前は静止画のスクショやテキストの説明だけだったのですが、それだと動きが伝わらない。実際の動きや遷移が見える動画をアップし、オンライン会議で説明しています」(仙波氏)とのこと。これならUIの課題も一目瞭然。また、課題自体もテンプレート化を行ない、相手に伝わりやすくしているという。
すべてのやりとりが課題に集約されるのもメリット。久米氏は、「オフショア開発はどうしてもフィードバックが多くなります。だから、なるべく課題ごとにフィードバックを行なって、履歴をごちゃごちゃさせないようにしています。チャットを使うことなく、ひとつの課題についてだけをコメントしているので、振り返るときも便利です」と語る。チームワークマネジメントで重要なコミュニケーション設計がきちんと実践されていると感じられる。
クライアント連携や社内業務にも 「課題として考えられるようになった」の成果
オフショア開発に加え、クライアントとのやりとりにもBacklogが活用されることもある。久米氏は、「大手のお客さまの場合、基本はメールでお願いしますということもあります。スプレッドシートの利用をお願いしても稟議が通りにくいので難しい。でも、Backlogであれば、ゲストとして弊社のプロジェクトに招待するだけなので、OKが出ることがあります」と久米氏は語る。
エンジニアの増本隆佑氏は、「新機能のリクエストが来るとき、今まではチャットで来た内容をBacklogに転記していたのですが、それを見たお客さまが自分でBacklogに登録し、優先順位まで付けてくれるようになりました」と語る。プロジェクト全体の透明性が高く、違う組織と意思疎通するための、心理的安全性を醸成できるのがBacklogだ。
メールでのやり取りや複数社とのコミュニケーションに課題を感じているクライアントだと、Backlog利用のハードルは低いという。「大きなプロジェクトだと、開発会社同士で連携する必要があります。こうした環境では、別の開発会社がどのような考え方で、どのような課題管理をしているかがわかる方が圧倒的にスムーズです。Backlogを利用すると、情報が見える化されている分、コンセンサスが取りやすいです」と久米氏は語る。
仙波氏は年間でタスクが明確になっている官公庁案件でBacklogのメリットを見いだしている。「4月に1年間のタスクやスケジュール、担当者をすべて入れておき、プロジェクトを進めます。3月に報告書を出すときは、いつなにをやったのか全部履歴に残っているので便利です」(仙波氏)。
また、アイムービックでは社内業務でもBacklogが活用されている。総務や経理に依頼する旅費精算や支払い依頼、NDA書類の作成、資格管理などもBacklog上での依頼・申請が必須になっているのだ。システムのリンクを貼り、Backlogで課題化することで、担当者や進捗、期日などを見える化でき、そして履歴として残せる点が大きい。「Backlogは非エンジニアでも使いやすいため、総務の方が主導して利活用を進めてくれています」(久米氏)。チームワークマネジメントで重要な主体性、リーダーシップの発揮に、Backlogの使いやすさが貢献している。
チャットツールでカバーできないコミュニケーションもBacklogなら実現できる。小阪氏は、「今まで総務や経理の方に依頼をチャットで投げていたのですが、その依頼の進捗がわからなくなるんです。依頼にBacklogを使うようになってからは、課題の進捗がわかるようになりました。社内のさまざまな作業を「課題」として考えられるようになったという点で、Backlogの導入は大きいですね」と語る。今では自身が担当するISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)のプロジェクトでもBacklogを活用し、抜け漏れのない課題管理を実現している。
自らBacklogを拡張 今後はプロジェクト立ち上げの自動化へ
進捗管理のみならず、久米氏は、プロジェクトのドキュメントもBacklogの「Wiki」や「ドキュメント」で管理している。設計書、議事録、仕様書、スケジュールなどを細かく文書化。BacklogのGit連携機能も使っており、ドキュメントにはそのリンクも登録されている。「Wikiとドキュメントは性格が違う。Wikiはログインの仕方などのマニュアルのようなもの、ドキュメントは階層構造で管理していきたいもので、使い分けています」(久米氏)とのことだ。
もちろん、成功ばかりではなかった。「最初のうちはほぼ個人のToDoの管理だけで、あまり浸透しませんでした。でも、チームも大きくなり、各人がプロジェクトにアサインされるようになったことで、全社的に利用されるようになった」(久米氏)。ただ、タスクを管理するのみならず、目的や役割が明確で、リーダーシップが必要なチームワークマネジメントにBacklogが向いているという点は明確だったわけだ。
現在、アイムービックがチャレンジしているのは、BacklogのAPIを活用した処理の自動化だ。「プロジェクトの立ち上げや設計書の展開を自動的にやりたいので、API連携を模索しています。設計書やドキュメントの作成も、LLMを活用できたらいいなと思い、いろいろいじっています」と久米氏は語る。
開発中の社内ツールからボタンを押すと、すでにプロジェクトのテンプレートが自動生成されるようになっており、迅速にプロジェクト構築ができるようになっている。「課題管理って、やはりどんな課題を作るかというところで工数がかかります。それをAIにある程度任せて、人手で修正できるようにすれば、経験の浅いPMでもスタートはかなり楽になるはず。使うためのハードルが下がると使う人も増えると思います」と久米氏は語る。Backlogの標準機能だけでなく、APIで自ら拡張しているところが、さすがエンジニアの会社。今後、アイムービックは、Backlogをどこまで“使い切る”のか楽しみだ。

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