●歴代最多レベルの主演級俳優を輩出
2002年7月1日サッカーワールドカップ日韓大会が幕を閉じた翌日に、ドラマ『ランチの女王』(フジテレビ系FODで配信中)の第1話が放送された。

日本中にサッカーの余韻が残る中、さほど注目されずに始まった同作は回を追うごとにジワジワと視聴者の支持を獲得。結果的に歴代最多レベルの主演級俳優を輩出し、00年代の夏ドラマを代表する名作の1つとなった。

今夏は脚本の大森美香が『僕達はまだその星の校則を知らない』(カンテレ・フジ系)、演出の水田成英が『最後の鑑定人』(フジ系)を手がけるというタイミングもあり、あらためてその魅力をドラマ解説者・木村隆志があげていく。

○美食+美男美女のビジュアルは圧巻

「夜のドラマになぜランチ?」「夕食が終わった時間に洋食を見せられても……」。放送序盤はまだまだ恋愛色の強かった“月9”とのマッチングも含め、戸惑うような声も多かった。

ただ中盤に入ると、オムライス、ハンバーグ、ハヤシライスクリームコロッケなどの美しい料理と、それを満面の笑みで食べるヒロイン・麦田なつみ(竹内結子)の姿。さらに洋食店の兄弟たちの楽しげなムードが受け入れられ、ジワジワとファンを増やしていった。

洋食店の次男・勇二郎に江口洋介、三男・純三郎に妻夫木聡、四男・光四郎に山下智久、長男・健一郎に堤真一。さらに見習いの牛島ミノル山田孝之なつみの元恋人・矢崎修史に森田剛、純三郎の友人・酒井昂に瑛太をそろえたことで良くも悪くも「イケメンドラマ」と言われたが、それがどこか『ビーチボーイズ』(フジ系)のような夏ドラマらしい開放感につながっていた。

明るく愛らしいヒロイン・麦田なつみの竹内結子と、天然ながら一途な塩見トマトの伊東美咲、光四郎のガールフレンド・優美の鈴木えみも含め、美男美女と美食をかけ合わたビジュアルは圧倒的なパワーを発揮。しかし放送後、再放送が繰り返されるたびにそんな印象は薄れ、ハートフルな人間ドラマとして称賛を集めていった。

●普遍的な人間模様をドラマチック
父・権造(若林豪)のデミグラスソースを継ごうと奮闘する純三郎の姿は感動を誘ったが、それ以上に際立っていたのは来店客のエピソード。娘を連れて訪れた父親に「もう一度食べるために生きたい」と思わせたチキンライス、仕事で成功していたときによく食べていたハンバーグとの再会、リクエストに応えたお子さまランチの限定復活、夫の暴力に悩んで泣きながら食べたクリームコロッケなどのエピソードが視聴者の心を動かした。

働く人々だけでなく来店客にとっても洋食店「キッチンマカロニ」は大切な場所であり、自分や街並みは変わっても変わらない味に思い出がオーバーラップする。恋、仕事、家族間の出来事など、人生における大切なシーンには必ず食事がついてくる。食事の姿にはその人の生き様が表れる……それらの普遍的な人間模様をドラマチックに見せるプロデュースが貫かれていた。

本作を手がけたプロデューサーの山口雅俊は『闇金ウシジマくん』(MBSTBS系)や映画『カイジ』シリーズのイメージを持たれがちだが、もともと多様な作風で知られる人。『ランチの女王』で月9にグルメドラマの風を吹かせた20年後の2022年にも、家庭内外での食事風景を描いた『おいハンサム!!』(東海テレビ・フジ系)を手がけた。

同作は、24年に『おいハンサム!!2』と映画版も放送・公開。山口は「竹内結子に捧げる気持ちで作りました」などと思い入れを込めて語っていたが、これは「いかに『ランチの女王』への思い入れが強いか」を裏付けている。
○プロデュースのセンスと努力が光る

令和の今あらためて『ランチの女王』を見ると、今やグルメドラマの代名詞となった『孤独のグルメ』(テレビ東京系)が始まる10年前に、民放連ドラのド真ん中だった月9で放送したことに先見の明を感じさせられる。また、時間と労力を惜しまない料理カットや食事シーンの演出は繊細かつ圧倒的で、23年の時を超えて食欲をかき立てられた。

さらにあえてゴールデンタイムに「ランチ」を選び、働く人々への応援作にしたこと、月9ながらラブストーリーは最後までサブ以下の要素に留めたこと、「未来の主演候補」の美男美女をそろえて視聴率対策したことなど、プロデュースのバランス感覚は抜群。主題歌のスリー・ドッグ・ナイト「ジョイ・トゥ・ザ・ワールド」と挿入歌の井上陽水「森花処女林」なども含め、プロデューサーのセンスと努力が際立つ作品だった。

昨今のドラマが「コンプライアンスやクレームの対策に苦しみ、それでいて、突飛な設定や破天荒なキャラクターに頼る」という矛盾を抱える中、本作のような庶民の日常を描いた作品は1つの答えと言っていいのではないか。ただ、脚本・演出が難しくスタッフの力量が問われる作風であることは間違いない。

日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら
(木村隆志)

画像提供:マイナビニュース