
日本企業の99.7%を占め、売上高の78%を占める中堅・中小企業。日本の競争力を高めるには、これらの企業の成長が不可欠であり、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)が進める“クラウドの民主化”の達成においても無視できない存在だ。
AWSジャパンは、2025年7月15日、中堅・中小企業向け事業の戦略説明会を開催。マキタ、Qualiagram(クオリアグラム)、やさしい手の3社が、生成AIサービス「Amazon Bedrock」を使ったAI実装例を披露すると共に、AWSジャパンの重点施策が語られた。
AWSジャパンの常務執行役員 広域事業統括本部 統括本部長である原田洋次氏は、「肌感覚となるが、(大企業と比べて)中堅・中小企業はPoCが多く、登壇企業のように実用化も進んでいる。生成AIの登場をきっかけに、クラウドシフトがより進み、中堅・中小企業はそのスピードが早い」と強調した。
まず、事例を披露したのは、船舶用のディーゼルエンジンを手掛けるマキタだ。創業115年目の老舗製造業である同社は、全社的なIT活用を推進しており、基幹システムはAWSクラウドにリフト(移行)済み。今回は、現在注力しているデータ・AI基盤整備の中から、「経営ダッシュボード」「生成AIの活用」の取り組みを紹介した。
同社にとって「経営におけるデータ活用は10年来の悲願」だったという。工場などのオンプレミス環境も含めて散在するデータを一元化し、データ活用の無駄をなくして、データドリブン経営につなげる。こうした理想を、BIサービス「Amazon QuickSight」と各種SaaSで開発した経営ダッシュボードで実現した。データ連携では、サーバレスのコンピューティングサービス「AWS Lambda」やデータクレンジングツール「AWS Glue DataBrew」を利用し、リアルタイムに業務データを可視化できる基盤を作りあげている。
現在、同社が運用するダッシュボードは7つで、全部門が231にもおよぶ指標を確認でき、経営会議でも必須情報として扱われる。マキタの執行役員 情報企画部長である高山百合子氏は、QuickSightについて、「非エンジニアでもダッシュボードを構築可能であり、GUIで直感的に設定できることが利点。大規模データも可視化・分析でき、データ表示も早く、サポートも充実していた」と評価する。
データ基盤の整備とあわせて注力しているのが、生成AIの活用だ。同社では、全社利用の対話型AIと、部門特化型のAIを運用している。ローコードのAI開発ツール「Dify」のDokerコンテナ版をAWS上に展開することで、場所やデバイスを問わずにアクセスが可能で、セキュリティも担保された閉域型のAI環境を実現している。
加えて紹介されたのが、労働災害を防ぐための生成AI活用だ。労災発生時には、事故報告書を作り、再発防止策を検討して、対策を実施する流れとなる。しかし、現場担当者がPCに不慣れであることが多く、報告書作成に時間を要した結果、対策まで遅れてしまうという課題を抱えていたという。
そこで、報告書作成を支援するチャットAIを開発。Excelで作成した報告書を読み込ませると、情報に不備がないかをチェックし、発生原因の分析や対策案、過去の類似事例や関連の法令までを追加してくれる。事前設定されたプロンプトによって誰でも利用でき、気象情報を加味した多角的な分析にも挑戦しているという。こちらは、「Amazon Bedrock Agents」で構築している。
この取り組みは現在トライアル段階だが、現場では「良い手ごたえ」が得られているという。高山氏は、「AWSは豊富な機能を備え、スモールスタートがしやすく、内製化のハードルが低い。今後は、予測分析や市民開発にも挑戦していきたい」と語った。
Qualiagram:“接客ロールプレイング”から段階的にAI実装を進める
続いて登壇したのはQualiagram。店頭接客の支援を手掛けるピアズの子会社であり、ピアズの蓄積してきたノウハウを活かして、最新テクノロジーを活用したサービスを展開している。
同社の提供するAIサービスはすべて、Amazon Bedrockを基盤に開発されている。Qualiagramの代表取締役である吉井雅己氏は、Bedrockについて、「学習データを外に出さずに内部で完結でき、セキュリティ面で利用しやすい。他社と比べてもLLMのコストに差がなく、AWSサービスとの連携も容易」と評価する。
同社のサービスは接客の現場で活用されるものであり、「いきなりAIが人の代わりをするのは、ハルシネーションの問題など課題が多い」ため、段階的にAI実装を進める方針をとっているという。「(AIの役割は)まずは人の教育サポートから始め、接客支援を経て、最終的にはAI自身が接客をするというステップを意識している」と吉井氏。この最初のステップとして開発されたのが、AIによる接客トレーニングサービスの「mimik」だ。
このサービスは、お手本となる対話データを基にした接客の基礎習得(“型化”)から、顧客AIとの対話によるロールプレイング、AIによるフィードバックまで、接客トレーニング全体を効率化するプラットフォームとなっている。
その他にも、オンライン接客基盤とBPO、AIによる接客支援を組み合わせた「ONLINX+」を提供したり、コールセンタースタッフを代替する「AIスタッフ」を開発するなど、次のステップに向けたAI実装も推進していると紹介した。
やさしい手:自社の介護業務効率化から、業界変革を目指す外販まで
最後の登壇企業は、在宅介護サービスを手掛ける、やさしい手だ。団塊の世代が後期高齢者となり(2025年問題)、介護人材は全国で43万人不足していると言われる。そんな中、同社が開発したのが、介護現場の情報共有と業務効率化を推進する「むすぼなAI」である。
このサービスは、現場職員の「生成AIで解決できるのでは?」という思い付きから生まれている。従来、家族向けと専門職向けに手書きで作成していた2種類の看護記録を、生成AIで自動生成する仕組みを構築。非エンジニアによるプロジェクトチームが、わずか1か月で開発し、2024年6月から業務活用をスタートした。
その後も機能拡充を続け、約4か月で3000人の社員が日常利用するまで定着化が進んだ。そして2024年10月には、むすぼなAIとして外販を開始。加えて、2025年11月には、質問に答えていくだけでケアプランが生成される「ぷらまどAI」もリリース予定だ。
生成AI活用の成果も劇的だった。同社における記録業務は83%(月間800時間)削減され、計画書や報告書、資料の作成時間も大幅削減。それに伴い、直接ケアの時間が25%増え、離職率も前年同期比で15%改善するなど、人材定着にもつながっている。
やさしい手の代表取締役社長である香取幹氏は、非エンジニアで内製開発が進められた背景には、さまざまなユースケースをまとめた生成AIアプリケーション「Generative AI Use Cases JP(GenU)」の存在があったと語る。オープンソースかつドキュメントが豊富で、業務にあわせたカスタマイズも容易であったという。さらに、AWSジャパンの生成AI実用化推進プログラムによる支援も活用した。
「今後も、AWSジャパンとの連携を通じて、生成AI導入にとどまらない、介護に特化した実践可能かつスケーラブルな生成AIソリューションとして、着実に進化させていきたい」(香取氏)
中堅・中小企業支援における4つの注力分野
AWSジャパンの原田氏からは、中堅・中小企業向けの4つの注力分野と重点施策について披露された。
ひとつ目は、事例も披露された「生成AI」だ。原田氏は、中堅・中小企業が生成AIで得られるビジネス価値として、「生産性」「洞察」「新体験」「創造性」の4つを挙げる。「登壇の企業の事例は、生産性に洞察、新体験というビジネス価値がみえたのではないか」と原田氏。
AWSジャパンは、2024年7月から、生成AIの実用化を支援する日本独自の施策「生成AI実用化推進プログラム」を提供している。これまで200社を超える企業・組織をサポートしてきた中で、その半数近くが中堅・中小企業だという。
2つ目は「マイグレーション・モダナイゼーション」だ。「生成AI活用が進む今こそ、クラウドへのマイグレーション・モダナイゼーションが重要となる。クラウド移行することで、生成AIの効果が最大化される」と原田氏。一方で、経済産業省の2025年5月発行のレポートでは、ユーザー企業の61%が、いまだレガシーシステムを保有しているという状況だ。
AWSジャパンでは、2025年5月より、レガシーからのAWSへの移行とモダナイゼーションを支援するエージェント型AIサービス「AWS Transform」を提供開始。「AWS移行とマイグレーションコンピテンシーパートナー」も、2024年より3社増やしており、クラウド移行をサポートするソリューションやエコシステムを拡充している。
3つ目は、「デジタル人材の育成」だ。総務省の2023年調査では、米国、ドイツ、中国と比べて日本企業の内製化率は約半分と、デジタル人材不足が顕著な状況だ。
AWSジャパンは、500以上のトレーニングコースを無料で受講可能な学習基盤「AWS Skill Builder」を展開しており、うち150以上はAI関連となっている。「Skill Builderを通してトレーニングの民主化を全国津々浦々に広げていきたい」と原田氏。
また、2025年7月には、生成AIによる仮想顧客とのチャットを通じて、実践的なソリューション構築を学べる「AWS SimuLearn」も公開している。
最後に、「地域創生」だ。ここまでの「生成AI」「マイグレーション・モダナイゼーション」「デジタル人材の育成」の支援策を全国に広げ、地域によるデジタル格差を埋めていく。それには、パートナーの協力なしでは成し遂げられないという。
パートナーとの連携を深めるために、AWSジャパンの営業マネージャーが、パートナーの営業チームを直接トレーニングする新たな取り組みを実施。「中堅・中小企業(SMB)向けコンピテンシーパートナー」であるクラスメソッド、サーバーワークス、GMOとの連携も強化していく予定だ。
原田氏は、「今後も、広域事業統括本部が中心となり、中堅・中小企業の成長をクラウドと生成AIによってサポートしていく。日本経済を強固にしていくためには、中小企業、特に地域の中小企業の活性化が切っても切れない」と締めくくった。

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