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本記事では、「私たちが光と想うすべて」(2025年7月25日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。
【「私たちが光と想うすべて」あらすじ・概要】
ままならない人生に葛藤しながらも自由に生きたいと願う女性たちの友情を、光に満ちた淡い映像美と幻想的な世界観で描き、2024年・第77回カンヌ国際映画祭にてインド映画として初めてグランプリに輝いたドラマ。
ムンバイで働く看護師プラバと年下の同僚アヌはルームメイトだが、真面目なプラバと陽気なアヌの間には心の距離があった。プラバは親が決めた相手と結婚したものの、ドイツで仕事を見つけた夫からはずっと連絡がない。一方、アヌにはイスラム教徒の恋人がいるが、親に知られたら大反対されることがわかりきっていた。そんな中、病院の食堂に勤めるパルヴァディが高層ビル建築のために自宅から立ち退きを迫られ、故郷である海辺の村へ帰ることになる。ひとりで生きていくという彼女を村まで見送る旅に出たプラバとアヌは、神秘的な森や洞窟のある別世界のような村で、それぞれの人生を変えようと決意するきっかけとなる、ある出来事に遭遇する。
パルヴァディ役に「花嫁はどこへ?」のチャヤ・カダム。ドキュメンタリー映画「何も知らない夜」で、山形国際ドキュメンタリー映画祭2023インターナショナル・コンペティション部門の大賞を受賞するなど注目を集めたムンバイ出身の新鋭パヤル・カパーリヤーが、長編劇映画初監督を務めた。
【「私たちが光と想うすべて」評論】
●肯定感に満ちたラストシーンが、明日に向かう勇気をもたらす(執筆:髙橋直樹)
人がひしめき合うインドのムンバイに生きる。果物や野菜が並べられた軒先にはまだ客はいない。夜と朝の狭間、陽光が大地を照らし出す少し前、やがて電車が動き始める。ホームには溢れんばかりの乗客が降り立ち、それぞれの目的地に向かう。
大都会の片隅で看護師として働くプラバは年下の同僚アヌと同居している。ふたりが働く病院の食堂で働くパルヴァティは、巨大マンション建設のために立ち退きを迫られている。
寡黙で必要なことしか口にせず、看護師の教育係でもあるプラバは後輩たちにお姉さんと慕われ、一目おかれる存在だ。見合いで結ばれた夫はドイツの工場で働いているが、結婚直後に赴任した彼とは音信不通が続いている。そんな彼女に想いを寄せる医師が話しかける。
年下の同居人アヌは異教徒である青年と熱愛中。周りの目を気にしながら仕事が終わると恋人と過ごす。デート代がかかるから彼女の財布は空っぽで家賃を立て替えてとプラバに頼み込む。
夫に先立たれたパルヴァティは20年以上も暮らしたアパートから出て行けと詰め寄られている。プラバの口添えで弁護士に会うが、居住権の根拠になる書類が見つからない。これ以上もがいても仕方がない。意を決した彼女は故郷に帰ることにする。地方の村から職を求めてやってきた3人の女性たちに人生の転機が訪れようとしている。
長編劇映画デビュー作で第77回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞したパヤル・カパーリヤー監督は、三人の今を共有すると、夜のムンバイを楽しむ人々の姿に重ねて、誰の声とも分からないモノローグを添える。
夢の街と呼ぶ人もいるけど、私はそう思わない。ここは幻想の街だよ。
暗黙のルールがある。
どん底の暮らしでも怒りを抱かないこと、それが"ムンバイの気概"だ
幻想を信じないと気が変になる。
人が光を感じるとはどんなことなのか。この映画はそんな素朴な疑問を映画という表現で共有しようとする。貧富や階級格差が当たり前の大都会に生きる女性の日常を通して、生きることの意味と光を感じることの切実さを静かに問いかける。普遍的でありながら声高には語られないことだが、今を生きるすべての人々に共通する深いテーマがここにある。
ふたりの男性を意識しながらアパートと職場を往復するだけの孤独な日々を過ごすプラバ、誰からも歓迎されない恋に後ろめたさを感じているアヌ、そして故郷に戻ったパルヴァティ。都会の喧噪からしばし離れて、緑豊かな海辺の村で過ごすことになった三人は、それぞれに自分に向き合っていく。
本編に散りばめられた様々な光を綴った監督は、自分を認めることの難しさをそっと見つめる。ずっと考えていたけれど行動に移せなかったこと。いつも感じていたけれど言い出せなかったこと。逡巡し続けた先で、彼らは何を見つけるのか。浜辺のカフェに集った彼らをとらえたロングショットが心に沁みわたる。今、ここにある光。それだけが今の私のすべて。肯定感に満ちたラストシーンが、明日に向かう勇気をもたらす。

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