
2019年9月8日、埼玉県川口市の高校1年生(特別支援学校)、小松田辰乃輔さん(当時15歳)が、自宅近くのマンション11階から転落死した。自殺だった。この出来事は、いじめ被害と教育機関の対応をめぐり、遺族に深い怒りと疑問を残した。
辰乃輔さんの両親は2025年4月、いじめの加害者とされる元生徒の保護者と川口市を相手取り、約1億6000万円の損害賠償を求めて提訴。その第1回口頭弁論が7月11日、さいたま地裁で開かれ、辰乃輔さんの母親が法廷で静かに口を開いた。(ライター・渋井哲也)
●「中国人」「下手くそ」中学でも続いたいじめ辰乃輔さんは小学校からいじめを受けていた。2016年4月、地元の中学に進学後も、サッカー部やクラスで標的にされた。
「下手くそ」と罵られたり、ハキハキと話せないことを理由に「中国人」と揶揄された。カバンを踏まれる、シャーペンを折られる、水筒の中身を勝手に飲まれるといった嫌がらせも日常的だった。
母親はサッカー部の顧問に相談したが「知りませんでした、気をつけます。すみません」と言われただけ。クラス担任にもうったえたが、加害者にストレートに注意したことで、いじめは見えない場所でエスカレートしていったという。
●繰り返されたSOS、ノートに綴られた言葉辰乃輔さんは、手紙やノートに思いを綴ってうったえ続けていたが、学校や市教委に届くことはなかった。自殺の2日前、2019年9月6日付のノートにはこう記されている。
「教育委員会は大ウソつき。いじめた人を守って嘘ばかりつかせる。いじめられたぼくがなぜこんなにもくるしまなきゃいけない。僕は、なんのためにいきているのか分からなくなった」
「くるしいしい、くるしい、くるしい、つらい、つらい、くるしい、つらい」(原文ママ)
このノートは小学時代から書いており、母親にも見せることもあったが、高校入学後は見せてくれなかったという。
中学の担任とのノートのやりとりでは、担任が「頑張れ、頑張れ」と書いたことに対して、辰乃輔さんは「これ以上、どう頑張ればいいんですか?」と反発していた。
夏休みの作文「人権について」には、こう書いている。
「ぼくは、小5、6、今もいじめられて、かげで悪口やなかまはづれをされています。ぼくの存在って、存在なんてなくなればいいと思います」(原文ママ)
●自殺未遂と学校の対応2016年9月、夏休み明けに何度か担任に手紙を渡した。
「ぼくは、サッカー部の友達からいじめられている。(具体的な名前をあげ)2年の先ぱいたちに仲間はずれにされたり、むしされたり、かげ口を聞こえるようにする」(9月1日)
「ぼくはこれからどうしたらいいのか分からない。ぼくは消えたい」(9月11日)
9月18日の体育祭では、クラスの女子生徒に「しんちゃんのせいで優勝できなかった」と言われたという。女子生徒の両親はこれを否定しているが、辰乃輔さんは翌日、自室で首を吊ろうとした(最初の自殺未遂)。
その後の10月25日にも自殺未遂を起こしたが、学校は具体的な対応をとらなかったという。家族が連絡を入れると、校長が自宅を訪れた。母親が「SOSに気がつかなかったのですか?」と問うと、校長は「あれ(手紙)がSOSですか?」と返したという。
10月26日夜、再び首を吊ろうとし、学校宛ての手紙も書いている。
「ぼくは、学校のじゃまものなんだ。いじめられたぼくがわるい。学校の先生たちはなにもしてくれない」
●マンションから飛び降りて車椅子生活に2017年4月10日、辰乃輔さんはマンションから飛び降りた。近所の看護師の心肺蘇生もあって、一命はとりとめたが、足の骨を折る重傷を負い、車椅子生活になった。母親はこう証言する。
「中2の頃から自分の考えを口にするようになった。『いじめられた僕が学校へ行けなくて、いじめた子たちがなんで学校へ行けるの?』と話していた」
この未遂のあと、新たに赴任した校長がようやく「いじめがあった」と認め、市教委は2017年11月2日、調査委員会を設置。最初の未遂から1年2カ月が経っていた。
●「なんで謝罪しなくちゃなんないのよ」音声に残されたやりとり2018年6月、辰乃輔さんと母親は、加害者とされる生徒、その父親・祖母と話し合いの場を持った。謝罪を期待していた場だったが、入手した録音記録には、次のようなやりとりが残されていた。
加害者とされる生徒の父親:飛び降りたのは自分の意思ですよね?
辰乃輔さん:死ななきゃわかんないんだと思ったんです。
加害者とされる生徒の父親:君の足がそうなったのは、まず君が原因。君が飛び降りたっていう行為をしたから。
加害者とされる生徒の祖母:自分の意思が弱いのよね。それを人のせいにして。
辰乃輔さんの母親:自分の子でも言える?
加害者とされる生徒の父親:言えます。
加害者とされる生徒の祖母:何を求めているの?
辰乃輔さん:謝罪してほしい。
加害者とされる生徒の祖母:なんで謝罪しなくちゃなんないのよ。
●最後の夜、結ばれた足2019年9月7日、辰乃輔さんは祖父母宅へ泊まり、深夜にこっそり外出。翌8日未明、以前に飛び降りたマンションから転落して亡くなった。
中学卒業後に進学した特別支援学校では欠席もなく、「学校は楽しい」と話していたという。しかし、謝罪の場で投げかけられた言葉は深い傷を残し、かつて自殺未遂が続いた時期と重なり、精神的に不安定になっていたとみられる。
母親は法廷でこう語った。
「謝罪会の場で加害生徒の保護者から発せられた言葉は、辰乃輔の人格を深く傷つける内容でした。私の頭からも、今でも離れません。
この暴言を受けた日から、毎日、辰乃輔が一人でどこかに行ってしまわないように、私の左足と辰乃輔の右足を結んで寝ていました。その紐の感覚が今でも残っています」
●「私たち家族にとってはかけがえのない息子です」この訴訟は、加害者とされる元生徒側が先に債務不存在訴訟を起こしたことがきっかけだ。
第1回口頭弁論で、元生徒側は損害賠償訴訟の被告になったことを理由に訴えを取り下げた。市側は争う姿勢を示しつつも「(いじめの認定と自殺の因果関係を認めた)調査報告書の意義を否定するものではない」としている。
「辰乃輔は何度も先生に相談していたのに、適切な対応が講じられませんでした。その後の調査や報告過程でも、事実と食い違う説明が示されました。なぜそのようなことになってしまったのか、いまだ十分な説明を受けていません。
学校の先生方、市教委の方々からすれば、多くの生徒の1人かもしれない。しかし、私たち家族にとってはかけがえのない息子です。先生方や川口市、加害者にはよく考えていただきたいです」(母親)

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