
仕事に打ち込み、家計は信頼するパートナーに任せきり。多くの家庭で見られる光景ですが、その「信頼」が、実は老後資金の大きな落とし穴になっているかもしれません。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、静子さん(仮名)の事例とともに、着実に資産を増やすための具体的な方法を解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「家は堅実だ」と信じて疑わなかった男の勘違い
「老後のために、ちゃんと貯金してるよな?」「頼むから無駄遣いだけはやめてくれよ」
清水宏樹さん(仮名/55歳)は、東京都郊外に暮らす会社員。製造業の本社勤務で、現在の年収は約720万円。順調に昇進し、いまでは部下を10人以上抱える管理職です。私生活でも、「堅実な男」として通っていました。車は10年以上同じものを乗り続け、外食もほとんどしない。老後不安を感じていた清水さんは、ボーナスも派手に使うことはなく、すべて家庭の口座に預けていました。
ただし、一つだけ大きな“穴”があったようです。それは家計を妻・真由美さん(仮名/55歳)に完全に任せきりにしていたこと。清水さんの毎月のお小遣いは真由美さんから毎月2万円が渡されています。
「うちは昔から、真由美に全部任せてるんだよ。信頼してるからな」
妻は20年以上家計簿をつけ続け、3人の子どもの教育費や住宅ローンをやりくりしてきました。
そんなある日の夜、真由美さんが静かに口を開きました。
「そろそろ老後のこと、ちゃんと話し合ったほうがいいと思うの。これ、生活用と貯蓄用の通帳。見て」
「……300万円? これ、全部?」
声を失った清水さんは、ただ呆然と数字を見つめるしかありませんでした。
平均以下の貯蓄額
清水さん夫婦の年齢なら、ある程度の老後資金が貯まっていてもおかしくありません。 総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)2023年」によれば、60代夫婦世帯の平均貯蓄額は1,635万円。中央値は500万円弱ですが、それでも300万円ではやや心許ない水準です。
「教育費や生活費がかさんで、毎月やりくりで精一杯だったの。冷蔵庫の買い替えとか、家の修繕もあったし……」
真由美さんは、淡々とこれまでの出費を説明しました。確かに、子どもたちの大学進学にかかった費用、リフォーム、医療費などを考えれば、突発的な出費は少なくありません。 しかし、問題は「清水さんがまったく把握していなかったこと」にあります。
「正直、300万円って数字よりも、“なにも知らなかった”って事実のほうがショックだったんだよ。こんなに働いて、全部家族のためだと思ってたのに……」
老後資金に対する安心感は、根拠のない思い込みの上に成り立っていた――。その事実が、清水さんを深く揺さぶったのでした。
老後まであと5年…いまから巻き返す3つのステップ
一般的に、老後の生活費は夫婦2人で月25万円前後が必要といわれています。清水さん夫妻の年金受給額が合計で18万円程度の見込みのため、月7万円の不足分をどう補うかが重要です。
清水さんのように、退職金が1,200万円程度見込まれるケースでも、貯蓄と合わせて1,500万円に届くかどうか。しかも、その大半を一括で使ってしまえば、その後の生活に大きなリスクが残ります。
では、いまからでも巻き返しは可能なのでしょうか。筆者が提案したのは、次の3つの対策です。
1.家計の共同管理をいますぐ始める
「任せた」ではなく、「一緒に考える」体制に切り替えることが第一歩です。予算の見直し、毎月の支出の内訳、固定費と変動費の洗い出しなど、夫婦で“見える化”することから始めます。
2.毎月の貯蓄を仕組み化する
給与口座から強制的に5万円を別口座へ自動振替するなど、積立の仕組みを導入します。仮に毎月5万円を5年間貯めれば、追加で300万円の確保が可能です。
3.iDeCo・成長投資枠付きNISAの活用
2024年から新NISA制度がスタートし、年間360万円の非課税枠があります。リスクを抑えたバランス型や債券比率の高い投資信託を活用すれば、長期的に年3〜5%の利回りを目指すこともできます。また、清水さんは60歳まで企業年金(確定拠出年金)も継続しているため、そちらとの連携も視野に入れたアセットアロケーション(資産配分)が重要になります。
「自分は大丈夫」がいちばん危ない
清水さんは、筆者との面談の最後にこうつぶやきました。
「自分はちゃんと貯めてきたと思ってた。でも、知らないうちになにも準備してなかったことになっていたんだな。気づけてよかったよ」
老後資金の不安は、収入の多寡だけでは測れません。「把握していない」「任せきり」という状態が続くほど、思わぬ落とし穴に気づけないまま時間が過ぎてしまうのです。
人生100年時代。「いまさらじゃ遅い」ではなく、「いまからでも間に合う」を実現するには、まず現実を直視することから始めましょう。
波多 勇気
波多FP事務所

コメント