金融庁暗号資産を「金融商品取引法(金商法)」の枠組みとすることを本格検討しています。しかし実現すれば、従来の自由度の高いトークン発行モデルは根本的な変更を余儀なくされるほか、事業者への負担も増大する可能性が高そうです。暗号資産に精通する国際弁護士の森和孝氏が解説します(5回のうち4回)。

Web3事業者への多面的影響分析

1.トークン発行規制の厳格化と事業戦略の変容

金商法適用により、トークン発行には株式発行と同等の厳格な規制が適用される可能性が高まっています。有価証券届出書の提出、目論見書の交付、継続的な情報開示義務、四半期報告書の提出など、従来の自由度の高いトークン発行モデルは根本的な変更を余儀なくされるでしょう。

しかし、この変化は必ずしも否定的な側面のみを持つわけではありません。適切な情報開示により投資家保護が向上し、市場の透明性と信頼性が高まることで、結果的により健全で持続可能暗号資産エコシステムの発展に寄与する可能性があります。重要なのは、革新的プロジェクトに対して過度の規制負担を課すことなく、適切なバランスを保つ制度設計です。

2.ステーキングサービスの法的再構成

ステーキングサービスは、金商法適用により「金融商品の貸借」として法的に再構成される可能性があります。これについて現行法では明確な規制はありませんが、今後の議論によっては、金融商品取引業の登録義務が課され、顧客資産の分別管理、適切なリスク開示などが要求されることになる可能性もあります。特に、カストディアルステーキング(事業者が顧客に代わってステーキングを行うサービス)においては、顧客資産の保全が重要な課題となっており、適切な規制強化により市場の信頼性向上が期待されます。

ただし、ノンカストディアルステーキング(利用者が自己責任でステーキングを行う形態)への規制適用については、技術的・法的に複雑な問題が残されており、慎重な検討が必要です。

3.ブロックチェーンゲーム業界への変革的影響

ブロックチェーンゲームにおけるトークン配布メカニズムは、金商法適用により「金融商品の分配」と解釈されることになります。現在、多くのブロックチェーンゲームでは、ゲームプレイの成果として暗号資産NFTを配布していますが、これが金融商品の分配と解釈される場合、それが無償であるか否かについて、今よりさらに厳格な基準が適用される可能性があります。実質的な対価性が認定される場合には、金融商品取引業の登録義務等が課されるようになる可能性もあります。ゲーム事業者にとって、これは新たな重大な規制コストとなります。

特に重要なのは、ゲーム内経済とリアル経済の境界線をどのように画定するかという問題です。純粋にゲーム内での体験向上を目的としたアイテムと、明確な経済的価値を有する投資対象との区別をどのように行うかは、今後の制度設計における重要な論点となるでしょう。

4.DeFi(分散型金融)プロトコルの規制適用課題

DeFiプロトコルの多くは、中央集権的な運営主体が存在しない分散型の仕組みを採用していますが、金商法適用により、これらのプロトコルも規制対象となる可能性があります。特に、流動性提供に対する報酬トークンの配布や、ガバナンストークンの発行などは、投資対象としての性質が強く、規制適用の可能性が考えられます。

この問題は、DeFiの本質的特性である「分散化」と、従来の金融規制が前提とする「明確な責任主体の存在」との間の根本的な齟齬に起因しています。完全に分散化されたプロトコルに対して、従来の規制手法をどのように適用するかは、技術的にも法的にも未解決の課題です。

一方で、多くの「分散型」プロトコルが実際には相当程度の中央集権性を維持している現実もあり、実質的な運営主体の特定と適切な規制適用は可能な場合が多いと考えられます。

投資家・事業者への実践的影響

1.事業者への負担と機会

新制度により事業者の負担は大幅に増加します。トークン発行企業は株式会社と同程度の情報開示義務を負い、公認会計士などによる第三者検証も必要となります。取引所も投資家への説明責任が強化され、より多くの専門スタッフや情報システムの整備が求められます。

一方で、透明性向上による競争優位の確保、特定口座制度導入による税務サービス機会の拡大、機関投資家向けサービスの展開など、新たなビジネス機会も創出されます。伝統的金融機関にとっても、明確な制度的枠組みの整備により、カストディサービスや投資助言業務などの新規参入機会が広がります。

2.投資家の対応戦略

投資家は制度変更に向けた準備が必要です。最重要なのは全取引記録の正確な管理で、複数プラットフォームの取引履歴統合や暗号資産間取引の詳細記録が求められます。高所得者は制度変更前後の税率差を活用した戦略的取引タイミングの検討も有効です。

新制度では情報環境が大幅に改善されるため、提供される詳細で正確な事業情報を適切に活用し、より合理的な投資判断が可能になります。ただし、規制強化により一部有望プロジェクトの海外流出リスクもあり、国内外市場の適切な配分を考慮したリスク管理が重要です。

3.出国税対策と緊急性の高い判断

2027年の制度施行まで約2年間という限られた時間の中で、大口保有者は出国税適用回避のための重要な判断を迫られています。現在の海外移住による無税利確という戦略が使えなくなる可能性が高いため、この戦略を検討している投資家にとっては、実質的に最後の機会となる可能性があります。

※ 次回記事では、日本が目指す「投資家保護」「イノベーション促進」の実現性と展望について解説します。

森 和孝 Eminence Luxe(ドバイ不動産仲介会社)Founder/CEO One Asia Lawyers 国際弁護士(UAE法、シンガポール外国法、日本法)

(※写真はイメージです/PIXTA)