
2025年7月、アメリカ合衆国で成立した税制改革法案「One Big Beautiful Bill」。これにより、個人・法人を問わない大規模な減税・控除制度拡充が実現する。米国経済・財政・労働環境の各方面には、どのような影響が及ぶのか。※本連載は、THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班が担当する。
新たな税制改革法案「One Big Beautiful Bill」が成立
2025年7月、アメリカ合衆国において新たな税制改革法案「One Big Beautiful Bill(通称OBBB)」が成立した。本法案は、個人・法人を問わず大規模な減税および控除制度の拡充を実現するものであり、2017年に導入された大型減税法(Tax Cuts and Jobs Act, TCJA)の主要条項を恒久化しつつ、実務面での恩恵をさらに広げる内容となっている。
米共和党が主導したこの法案は、2025年末に失効予定であったTCJAの一部個人向け減税措置を維持するとともに、新たな控除制度を多数導入した。これにより、米国経済・財政・労働環境の各方面で影響が及ぶことが予測されている。
中間層を重視した控除の拡充
特に注目されているのが、「SALT控除」(州および地方税の控除)上限の引き上げである。従来の1万ドルから、2025年以降5年間限定で最大4万ドルまで引き上げられた。
対象となるのは主に都市部や高税率州の納税者であり、たとえばニューヨーク州やカリフォルニア州などでは住宅所有者を中心に大きな恩恵が見込まれている(Washington Post, 2025年7月9日)。
さらに標準控除額も、個人申告が年額1万5,750ドル、夫婦合算申告が年額3万1,500ドルと、大幅に増額された。加えて、65歳以上の納税者には追加で6,000ドルの控除が認められており、高齢世帯に対する所得税負担の軽減が図られている。
自動車購入への支援策、追加所得への控除も
今回新たに導入された制度の一つが、新車購入に伴うローン利子の支払いに対する所得控除である。控除額は最大1万ドルとされ、金利上昇下にある米国市場において消費者の自動車購入を支援する措置として注目されている(Investopedia, 2025年7月10日)。
また、「Outstanding Overtime Deduction(優秀な残業報酬控除)」と呼ばれる制度も新設された。これは長時間労働や副業によって得た追加的所得に対し、最大1万2,500ドル(夫婦合算で2万5,000ドル)の控除が認められる制度であり、特にギグワーカーや副業を持つ中間所得層に恩恵が及ぶとされる。
法人税率据え置きのほか、製造業・テック企業の国内投資を促進
法人税率については、現行の21%が維持される。一方、企業の研究開発(R&D)支出に対する税額控除制度は拡充され、即時償却の選択が可能となった。これにより、製造業やテクノロジー企業などが米国内での投資を積極化することが期待されている。
タックスファンデーション(Tax Foundation)は、「今回の控除拡充により、企業の生産性と競争力が向上し、GDPを最大1.3%押し上げる可能性がある」との試算を示している(Tax Foundation Policy Brief, 2025年7月)。
再エネ分野は控除の段階的廃止で、業界からは反発も
環境関連の税制優遇措置には見直しが加えられた。電気自動車(EV)購入に対する税額控除、住宅用太陽光パネルの導入支援補助金制度は、2025年末をもって段階的に廃止される見通しだ。
これに対し、全米再生可能エネルギー協議会(ACORE)や複数の環境団体は、「クリーンエネルギー移行に逆行する措置であり、エネルギーインフレを助長しかねない」として反対声明を発表している。
経済成長と財政健全性のバランスが重要課題に
本法案により、今後10年間で約4.7兆ドルの財政赤字拡大が見込まれている。米議会予算局(CBO)は、「短期的には消費・投資の拡大に資するが、長期的には連邦財政の持続可能性を損なう懸念がある」と警告している。
一方、民間エコノミストの一部は、「税制の明瞭化と控除の拡充によって実質所得が増え、米国経済のインフレ圧力を一定程度吸収できる」と評価しており、経済成長と財政健全性のバランスが重要な課題となっている。
アメリカの税制に詳しい奥村眞吾税理士は、下記のように分析する。
「今後は、州レベルでの税制対応や再分配措置の整備、将来的な再修正の動向にも注目が必要でしょう。とりわけ、日本の投資家・事業者にとっては、アメリカの税務環境が国際的な事業展開や資本配分戦略に大きな影響を与えることになるのではないでしょうか。特に今回の控除制度の拡充は、米国内の個人所得税の実効負担率を大幅に引き下げる一方で、連邦政府の財政構造には一定の歪みを生じさせる恐れがあります」
「短期的な可処分所得の増加や投資刺激効果は期待されますが、長期的にはどこかで財源の再配分や歳出改革が求められるはずです。また、R&D税額控除の即時償却は、日系企業がアメリカで研究・生産活動を行う強いインセンティブとなる可能性があり、税制上の地政学的な魅力が一層高まったといえます」
OBBB法の成立は、アメリカ経済にとって一種の「税制転換点」ともいえる。可処分所得の増加、企業の国内投資拡大、ギグワーカー層への支援強化など、さまざまな波及効果が予想される一方で、財政悪化や政策の持続性、制度の公平性といった課題も浮き彫りになっている。
THE GOLD ONLINE編集部ニュース取材班

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