人とコンピュータはどちらが強いのでしょうか?

もちろん、人とコンピュータが殴り合いをするわけではありません。いわゆる将棋やチェスやオセロといった1対1で戦うゲームにおいて、人とコンピュータが戦った場合どちらの方が強いのか? ということです。

コンピュータの性能とソフトの性能が上がっていけば、コンピュータ側が勝つでしょう。現にチェスやオセロではもう世界一の人でもコンピュータにはかなわないそうです。でも、まだ将棋は世界一の人がコンピュータに負けてはいません。

ここでプロ棋士vsコンピュータの歴史を確認してみましょう。

まず、2005年に橋本五段(現七段)が「TACOS」というソフトと対局しています。橋本五段が勝利したものの、想像以上にコンピュータが強かったことで、将棋連盟が以後コンピュータとの無断対局禁止令を出します。これはコンピュータが手強かったのと、例えばお遊びでコンピュータとプロ棋士が対局してプロ棋士が負けた場合でもニュースになってしまうのを防ぐためです。つまり、きちんとした対局の場で、きちんと戦うようにしたわけです。

2007年には渡辺竜王と「Bonanza」というソフトが対局し、渡辺竜王が勝っています。Bonanzaはその後の将棋ソフトの考え方を一新したほどの画期的なソフトでしたが、まだトッププロには及ばないことが明らかになりました。

2010年には清水市代女流二冠(現女流六段)と「あから2010」というソフトが対局。ここで「あから2010」が勝っています。女流棋士がどれぐらい強いのかはちょっと難しい話になるのですが、男性のプロが奨励会四段からなのに対して、先日初めて里見香奈女流三冠が奨励会で初段になったということを考えると、男性プロ棋士の手前、つまりはアマチュアのトップぐらいの棋力と判断するのが妥当ではないかと思います。

さて、そんなさなかに行われたのが、1月14日(土)に行われた「将棋電王戦」です。棋士対コンピュータの五番勝負と銘打った、プロ棋士側も本気で戦う対決になります。コンピュータ側は昨年のコンピュータ将棋世界選手権で優勝した「ボンクラーズ」というソフト、対する棋士側は米長邦雄永世棋聖です。

まずは対局するお二人のプロフィールを見てみましょう。ニコニコ生放送で出てきたプロフィールを引用してみます。

米長邦雄永世棋聖
通算成績は1103勝800敗1持将棋
タイトル獲得数19期は歴代5位
昭和59年度には四冠を達成
49歳11ヶ月での名人位獲得は最年長記録
2003年に現役を引退され2005年より公益社団法人日本将棋連盟会長をつとめる

ボンクラーズ
株式会社富士通研究所の伊藤英紀が開発
第21回世界コンピュータ将棋選手権優勝
現在は将棋倶楽部24に自動運転で参戦
レーティングは約3300
トップ棋士並みの成績を残している

米長邦雄永世棋聖(以後、米長会長と記します)は2003年に引退したものの、昔は世界一将棋の強い男(当時強かった人達を倒して四冠を取ったので)とも言われていました。引退してからかなり経つ超一流の棋士というのはいったいどのぐらいの棋力であるのかちょっとわからないのですが、強いということには間違いはないでしょう。

対するボンクラーズは文字通り世界最強の将棋ソフトです。表向きの名前の由来は「ボナンザクラスターズ」の略で、これは複数のコンピュータの合議制という意味になります。裏の意味は、あれです。「あずまんが大王 ボンクラーズ」で検索してみてください。

それはさておき、ボンクラーズはただでさえ強いBonanzaが集まって相談して最善の手を決めるわけですから、もう強いわけです。1秒間に1800万手もの手を読むというのですから、文字通り人間業ではありません。また、将棋サイトの将棋倶楽部24で24時間稼働していて、その強さを表すレーティング3300を超えています。人間側の最高レーティングが3000ぐらいであることを考えると、果たして限界はどこにあるのか、どれぐらい強いのかを将棋倶楽部24などのサイトでは測れないと言ってもいいんじゃないでしょうか。

というわけで、とんでもなく強いボンクラーズはいったいどれぐらい強いのか。その一端が明らかになるのがこの将棋電王戦というわけです。将棋ファンとしては胸が熱くなる戦いです。

ちなみにこの記事を書いている筆者は将棋ファンではあるものの、将棋はそれほど強くありません。なので、解釈が及ばない点があるかもしれませんが、初級者目線でできる限りわかりやすくなるよう心がけて書いています。

まずはこの将棋電王戦のPVを見て気分を盛り上げましょう! そう、将棋はこれだけ熱いゲームなのです!

気分がもりあがったところで、実際の試合の流れをちょっと解説していきましょう。試合の模様はニコニコ生放送タイムシフト再生ができる方はこちらから見ていただきたいと思います。9時間超(途中休憩時間等ありますが)もありますが、渡辺竜王と矢内女流四段による詳しい解説もありますので、是非見ていただきたいと思います。見られない方およびタイムシフト再生が終わっていた場合は、棋譜をこちらあたりで確認しながら読んでいただけたらと思います。

まず、大きく話題になったのは後手二手目の6二玉でしょう(1枚目の写真を参照)。これは先月行われた米長会長vsボンクラーズのプレ対決でも指された手です。まさか同じ手を指すとはということで、会場が大きくどよめいていました。

二手目6二玉というのは通常の将棋ではあまりよくない手とされている手です。奇襲とか奇策とか言われていますが、これはとても理にかなった手だと思います。

まず、何故よくない手なのかと言いますと、基本的に将棋においての最初の手は飛車か角の進路を遮っている歩を動かすのが常道だからです。素早く相手の位置にいけるこれらの駒を活かすために、その進路をふさいでいる歩を動かすのですね。だからボンクラーズも一手目は7六歩と角の通り道を開ける手を打っていたわけです。

というわけで本来なら同じく角の通り道を開ける3四歩か、飛車の通り道を開ける8四歩かと思ったら、6二玉だったのですね。これだと最初に飛車を横に動かす振り飛車にする可能性がなくなる(つまり、作戦の幅が狭まります)し、飛車を動かそうと飛車の先の歩を動かすと王の近くに隙ができてしまうのと、王と飛車が同時に狙われやすい王飛接近型と呼ばれる形になってしまいます。

この形で後手が駒を飛車の周りに集めていったとき、角の頭にある2筋に先手が攻めを集中させると突破される可能性が非常に高いのですが、そこはさんざん研究してボンクラーズがそう攻めてこないことを確認していたのでしょう。

というわけで、米長会長側の作戦としては「千日手引き分け)でもいい」「入玉を狙う」「コンピューターに力を発揮させない」というコンセプトでの6二玉だったと思います。千日手というのは同じ局面が何回か登場することで、引き分けとなり先手と後手を入れ替えて後日打つことになります。先手の方が若干有利なので、米長会長側が千日手を狙う意味は十分にあるわけです。入玉とは王が相手陣内に入ることで、基本的には前しか動かない歩や桂馬を相手が使いづらくなるため、とても詰ませにくくなります。コンピューターはこの入玉にとても弱いとされているので、狙っていたのでしょう。

では最後の「コンピューターに力を発揮させない」とはどういうことなのでしょうか。コンピューター将棋の世界では、通称「稲庭将棋」と呼ばれる戦法があります。これは簡単に言うと、コンピューターソフトを攻めあぐねさせて時間切れを狙う手になります。基本的にコンピューターはある手を打ったらその場が優勢になるかどうかを考えて打ちます。そこで稲庭将棋は、どう攻めても相手がちょっとだけ不利になる(最初に駒を損する)鉄壁の守りを築き上げるという戦法に出ました。歩をまったく動かさず、金と銀と王とを動かしてどの歩にも2枚以上の駒が利いている(つまり、その駒を取っても2枚以上の駒で取り返せる)ようにして、3枚以上の駒で同時に1点を攻めないと守りが破れないようにするのです。

かくして相手コンピューターはどの歩を攻めてもこちらが不利になるのでうまく攻められず、攻めあぐねて適当に駒を動かすしかありません。一方の稲庭側は、飛車を左右にひとつずつ動かすだけです。一瞬で終わるこちらに対し、一応時間をかけて手を読む相手。そうやって相手の時間切れを狙って勝つという戦法なのです。元々は丸山スペシャルという名で知られていた戦法なのですが、稲庭将棋はこの戦法に磨きをかけて第20回コンピューター将棋選手権に出場し、好成績を収めて独創賞を受賞。以後このような戦法を「稲庭」とか「稲庭将棋」と言うようになりました。

米長会長の戦法は、この稲庭将棋をベースにして無理に攻めずに守りを固め、じっくりとじわじわと前線を上げていくことだったと思われます。その陣形はまさに万里の長城と呼ぶにふさわしいものでした。そして、あわよくば相手の隙をついて入玉を狙うという形でしょう。実際にこの作戦はとても功を奏していて、ボンクラーズ側が攻めあぐねて飛車が同じようなところをいったりきたりしていました(69手目ぐらいまで)。

なので、個人的には6二玉というのは決して奇策ではなく、米長会長がボンクラーズを超強敵と認めて、研究に研究を重ね、全力で相手の弱点を突こうとして闘った戦法だと思っています。

その万里の長城が決壊したのが80手目の6六歩です。この手によって蟻の穴ほどの穴が空き、そこを見逃さなかったボンクラーズが7筋に殺到し、とうとう万里の長城が決壊。ボンクラーズの勝利となったわけです。

ただ、この一戦だけをもってコンピュータ側の方が強いと考えるのは早計でしょう。プロ棋士でも勝率100%ということはまずありません。何回か戦えば負ける局もあるわけです。なので、電王戦も含めて今後何度となくプロ棋士対コンピュータは行われていくと思います。

ちなみに、当初は1年に1回ずつプロ棋士対コンピュータを行っていく予定だった将棋電王戦は、来年にプロ棋士5人対コンピュータ5つのソフトという、5対5のチーム戦になることが発表されました。コンピュータは5月に行われるコンピュータ将棋世界選手権の結果で決まりますが、プロ棋士のうち一人は船江四段という、若手のとんでもなく強い新鋭が確定しています。今後も将棋電王戦から目が離せませんね。
(杉村 啓)

二手目6二玉の図です。 飛車も角も活かさない手ですが、対コンピュータということでは非常に考え抜かれた手だと思います。 ちなみに今回の記事では、Macの将棋ソフト「桜花」で棋譜を再現し、そのスクリーンショットを使っています