タンス預金には、空き巣に入られたり、火災に遭って燃えてしまったりと、思いもよらぬ形で財産を失ってしまうリスクがあります。しかし、銀行への不信感や「現金を手元に置いておきたい」という思いから、現金主義を貫く高齢者世代も少なくありません。なかには、子どもも知らないうちに多額の現金を家に隠しているケースも……。本記事では、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が佐竹さん(仮名)の事例とともに、タンス預金のリスクと資産管理のあり方について解説します。

母が守った「800万円のタンス預金」

佐竹百合子さん(仮名/63歳)は、長年の教員生活をリタイアし、地方で夫とともに静かに暮らしています。先日、90歳になる母が自宅で静かに息を引き取りました。

母は亡くなる直前まで元気で、会社員だった父の遺族厚生年金を引き継ぎ、月額18万円ほどの年金を受け取りながら、自宅の家庭菜園の手入れを日々の楽しみに生活を送っていました。もともと浪費とは無縁な性格。父が亡くなった際に残した遺産を大切に守っていたため、父の遺産に対して預金残高が少ないことに違和感を覚えます。百合子さんは「まだ800万円くらいは残っているはず」と考えました。

自宅には金庫も見当たらず、当然ながらすぐ目につくところに現金は見当たりません。生前、母は「なにかあったら現金が一番」と話していたことがあり、もしかするとどこかに隠していたのでは?と、葬儀を終えてから母の家の整理に取り掛かることにしたのです。

8束の札束が発見された場所

整理を進めるなかで、百合子さんが押入れにしまってあった古い座布団をどかして奥を確認しようとした際、ひとつだけやたら重たい座布団があることに気がつきました。手で押すと、硬いものが当たる感触があります。

「これは……?」

思い切って座布団の縫い目を解いてみると、中から現れたのは新聞紙に丁寧に包まれた札束。それも1束や2束ではなく、なんと8束も詰め込まれていたのです。

すぐに兄の誠一さん(仮名)に連絡し、2人で数えてみたところ、その総額はちょうど800万円でした。思わず「なんでこんなところに……」と兄と2人で首を傾げます。

「それにしても、気が付いてよかったよな……」と誠一さんがいうと、百合子さんも「本当に」と頷くのでした。

遺産分割の手続きを兄と進める百合子さん。金庫も使わず、誰にも伝えず、座布団の中にお金を隠すという母の奇想天外な発想を可笑しく思いながら、手続きを進めていきます。仲が悪いわけではありませんでしたが、大人になり、あまり話すことがなくなっていた兄と妹が、母の隠し財産を笑い話として会話が盛り上がるきっかけになったのでした。

タンス預金のリスク

高齢者の中には、まとまった現金を自宅で保管している人も少なくありません。「銀行が破綻したら困る」「誰かに預金をみられるのが嫌だ」といった理由から、口座に入れずに現金で保有し続けるケースもあります。

しかし、こうした「タンス預金」には多くのリスクがあります。たとえば空き巣に狙われたり、火災で焼けてしまえば財産を失ったりといった事態が考え得るでしょう。さらには、今回のように家族になんの引継ぎもないまま亡くなってしまえば、発見すらされずに処分されてしまう恐れもあります。

一方、銀行に預けたお金は、万が一銀行が破綻した場合でも、預金保険制度により1,000万円とその利息まで保護されます。また、終身保険や一時払保険などを活用すれば、相続時にスムーズに受け取ることができる資産として活用可能です。

現金は、いざというときにすぐ取り出せる数万円程度あれば十分でしょう。それ以上の金額を保有するのであれば、目的やリスクに応じて預金、保険、投資信託など適切な方法で分散管理しておくことが大切です。

他人事ではない「隠された資産」のトラブル

総務省統計局の「家計調査(貯蓄・負債編)」によると、世帯主が70歳以上の世帯では、約8.7%が「自宅に現金を保管している」と回答しています。また、相続手続きの際に現金の所在が不明でトラブルになるケースも少なくありません。

今回のように、座布団の中や、タンスの裏、冷蔵庫の野菜室、空の炊飯器の中など、まさかと思うような場所に現金を隠しているケースも実際に報告されています。また、現金ではありませんが、3,000万円の終身保険の保険証券がこたつの天板に張り付いていたということもありました。

家族にとって大切なのは、「万が一のとき」に困らないよう、資産の所在や管理方法について早い段階から共有しておくことです。残された家族が困らないよう、そして大切な財産が無駄にならないよう、現金主義を続ける高齢者も、信頼できる専門家に相談しながら、今後の資産管理のあり方を考えていくことをお勧めします。

小川 洋平

FP相談ねっと

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)