内閣府「第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」によると、60歳以上の男女が生きがいを感じる瞬間として最も多くあがっているのが「子供や孫など家族との団らん(55.3%)」でした。もっとも、なかには“子に怯える親”もいるようで……。子が成人を迎えた後の親子関係の難しさについて、とある家族の事例からみていきましょう。牧野FP事務所合同会社の牧野寿和CFPが解説します。

定年まで夫婦共働き…年金で“余裕の老後”を送るA夫婦

現在70歳のAさんは、同い年の妻Bさんと、都内の分譲マンションに住んでいます。2人は共働きで、60歳の定年までともにフルタイムで忙しく働きました。退職時の貯蓄は、夫婦の退職金を合わせて5,000万円ほどでした。

退職後の収入は、主に老齢年金です。Aさんは62歳から、妻のBさんは定年直後の60歳から「特別支給の老齢厚生年金」を受給していたほか、65歳以降は老齢厚生年金を夫婦で月約34万円受給しています。共働きであったことから受給額は十分です。「年金パワーカップル」といっても過言ではないでしょう。

そんな夫婦には、愛娘のCさん(43歳)がいます。Cさんはすでに結婚しており、夫婦の自宅から車で30分のところに、夫と息子の3人で暮らしています。

「夫婦の夢」を実行するために娘が尽力

Aさんは現役のころから、娘を働きながら育て、家計の管理までしてくれていた妻のBさんに深く感謝していました。

そこで、「老後は、お互いの誕生日には国内の温泉旅行に、結婚記念日には海外旅行へ行こう」と約束し、早速実行することに。

しかし、計画を実行するにあたって、現役時代は忙しくまともに旅行に行けていなかった2人は、宿の予約や交通機関の手配など、なにかと手間取ることばかりでした。

そこで、そんな両親を心配したCさんは、「行き先さえ決めてくれれば、全部私が準備するから任せて」と、飛行機や宿、レンタカーの手配や予約を代わってくれたのです。そのため夫婦は、国内外どこへ行くにも満足した旅行ができました。

夫婦水入らずの旅行のはずが…

娘の尽力に感謝したAさんは、なにか恩返しがしたいとCさんに伝えます。

「次はパパたちが費用を出すから、お前たち家族も一緒にどうだ」

父の誘いを喜んだCさんは、夫と当時保育園児の息子を連れて「3世代旅行」に出かけるようになりました。

しかし……。

3世代旅行が通例になるにつれ、徐々にCさんの振る舞いが変わっていきます。

せっかくだから」と予定にない高級レストランで食事をとったり、ブランド品をおねだりするようになったのです。これにより、100万円近く予算オーバーになることも多く、A夫婦はどうしたものか悩んでいました。

そんな折、時は2020年。新型コロナウイルスが流行したことから、この旅行も中止を余儀なくされ、夫婦の悩みもいったん落ち着いたかのようにみえました。

「質素に暮らしたい夫婦」と「旅行再開に燃える娘」

旅行費用に加え、マンションの大規模修繕や部屋のリノベーション費用、車の買い替えなど、退職後に予定していたまとまった支出もあったことから、夫婦が定年退職してから10年経ち、現在の貯蓄は5,000万円から約3,000万円に減っています。

計画的な支出が多かったとはいえ、昨今の物価高からか、貯蓄の減り方が以前より早くなったと感じた夫婦は、「今後はもう少し質素に過ごしたい」と考えるようになりました。

「旅行再開もまだ先かな」

そんな風に考えていた夫婦ですが、Cさんは反対に、そわそわするようになりました。

「コロナ禍も落ち着いたことだし、そろそろ旅行も再開しない? 次はどこ行く?」「私たちの家族も行けるのよね?」

娘は、誕生日が近くなると毎回帰省をして、おねだりをするようになりました。

夫婦は、そんな娘の“おねだり帰省”の恐怖に怯えるように。

「このままではいずれ破産してしまうかもしれない……。今後どれくらいのペースで自分たちや娘家族にお金を使えるのだろうか?」と不安が大きくなった2人は、知り合いである筆者のもとを訪れました。

子・孫への資金援助、みんなどうしてる?

子どもが親から贈与を受ける典型的な例として、「住宅購入資金」があります。一般社団法人不動産流通経営協会「不動産流通業に関する消費者動向調査」によると、新築住宅購入者が親から贈与を受けた場合の贈与額は、下記のように推移しています。

〈新築住宅購入者に対する親からの贈与額〉

・2022年度:998.2万円

・2023年度:915.8万円

・2024年度:776.3万円

上記のように年々減っている一方、同調査で既存(中古)住宅購入者が親から贈与を受けた場合の贈与額をみると、下記のように年々増額傾向にあることがわかります。

〈既存(中古)住宅購入者に対する親からの贈与額〉

・2022年度:662.2万円

・2023年度:734.4万円

・2024年度:752.9万円

Cさん一家は現在、新築の戸建て住宅に住んでいます。この住宅を購入した10年前、夫は父親から800万円の資金援助を受けました。

Cさんも父のAさんに援助を頼もうとしましたが、夫がこれを拒否。Aさんは、娘たちに援助できなかった負い目があるといいます。

また、ソニー生命保険株式会社「シニアの生活意識調査2024」によると、この1年間孫のために使った「シニアの“孫消費”」の内容は下記のとおりです。 ※ 本調査における「シニア」とは、50~79歳のことを指す。

1位「おこづかい・お年玉・お祝い金」……65.6%

2位「一緒に外食」……52.9%

3位「おもちゃ・ゲーム」……38.0%

4位「一緒に旅行・レジャー」……32.2%

5位「衣類などファッション用品」……30.4%

使った平均年額は10万4,717円と、2023年10万8,134円より3,417円減少しています。ここにも、物価高の影響があるのでしょうか。

老後破産の心配はないが…FPの見解

筆者のところを訪れたA夫婦は、自分たちの家計を心配するとともに、次のように言いました。

Aさん「Cが子どものころ夫婦ともに忙しく、旅行に連れて行けなかったことに自責の念があります。娘の期待を裏切りたくなく、できることなら旅行を続けたいのですが」

筆者が夫婦の家計収支を試算すると、退職後から10年の間に多額の支出があったものの、大部分が大規模修繕や車の買い替えなど一時的な支出であり、今後そのような予定はなさそうです。

また、現在70歳のA夫婦には、月34万円の年金収入と約3,000万円の貯蓄があります。そのため、今後の介護・看護費用やマンションの維持管理費の上昇を見込んでも、夫婦が100歳時点で1,000万円以上の貯金が残る計算です。

むしろA夫婦は、いまある貯蓄をどう有効に使うか考えるべきで、旅費にあてるのはそのひとつの方法でしょう。

Cさんたちとの旅行でお金の不安をなくすためには、旅行ごとに小遣いや旅先の食事代など一切合切の予算を決め、その金額を娘さんに事前に伝えたうえで出発すると安心です。

ここまで話すと、夫婦は「娘と旅行が続けられる」と言って、喜んで帰宅していきました。

A家の「その後」

それからしばらくして、Aさんが久しぶりに筆者の事務所を訪れました。聞けば、A夫婦とCさんの3人で、久しぶりに海外旅行に行ってきたと言います。

Aさん「孫の夏休みに合わせて日程を組んだんですが、孫は高校の部活が忙しいからって急遽不参加になったんです。でも、Cは旅先でも『子どもはいまなにをしているんだろう?』と心配するばかりで……。『いい加減に子離れしろよ』と言いたくなったんですが、そのときはたと気づいたんです。私たちもまったく子離れできていないんじゃないかって(笑)」

親子のかたちは、その家庭ごとにさまざまです。しかし、その関係に「お金」が介在すると、関係が円滑になるケースもある一方、複雑に絡み合ってトラブルに発展するケースも少なくありません。

そんなときは、当事者だけで悩むのではなく、今回紹介したA夫婦のように、利害関係のない第三者的な立場の人に相談することで、意外なほどすんなり問題が解決することもあるのです。

牧野 寿和 牧野FP事務所合同会社 代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)