
思い描いていた「老後のかたち」は、ある日を境に一変することがあります。そして誰にでも起こりうる「そのとき」に備えるために、複雑な年金の仕組みをきちんと知っておきたいものです。「知っているつもり」でいると、いざというとき戸惑うことも珍しくありません。
夫婦共働き…万一のときに備えて医療保障は厚く
「私たち夫婦、いわゆる同志でしたから」
東京都内のマンションで1人暮らしをする山中智子さん(仮名・66歳)。1年前に、2歳年上の夫・徹さん(仮名・享年67歳)を突然の病で亡くしました。
「同じ業界で働いていて、仕事の悩みも喜びも分かち合える、まさに戦友のような関係でした。若いころはがむしゃらに働いて、気がつけばお互いそれなりの役職についていましたね」
厚生労働省『令和6年版 厚生労働白書』によると、専業主婦世帯(妻64歳以下)の世帯数は2000年以降減少の一途を辿り、2021年には458万世帯。一方で共働き世帯は増え続け、1,177万世帯。そのうち、夫も妻もフルタイムの世帯は486万世帯に達しています。智子さんと徹さんも、そんな現代的な夫婦の形を地で行く二人でした。それぞれの収入でそれぞれの生活は成り立つ。だからこそ、万一の備えに対する考え方も、共働きならではだったといいます。
「もしお互いに何かあって1人になったとしても、経済的には困らない。だから余計なことに備えるのはやめようと、死亡保障はほぼゼロでしたね。その代わり、片方でも働けなくなると厳しくなる。だから、病気や怪我に備える医療保障は手厚くしていました」
幸い、働けなくなるような大病や怪我に見舞われることなく、万一の保障は一度も受けることなくリタイヤを迎えます。年金を受け取りながら、慎ましやかに暮らす……穏やかな老後は、突然終わりを迎えます。
「あの日も、暑い日でしたね。出かけたきり帰ってこないなあと思っていたら、出先で倒れたと電話が入って」
徹さんのあまりに早すぎる死は、智子さんの人生設計を根底から揺るがす出来事でした。
「テレビで外国の素敵な風景とかが映ると、『老後、仕事を辞めたら行こう!』というのがお決まりで。これから2人で色々なところに出かけようとしていたのに……人生、したいと思ったときにするべきですね」
友人からのアドバイスで年金の手続きをしたが
夫との急な別れから1年。信じられないという気持ちはありつつも、少しずつ悲しみは和らいでいるといいます。そのなかで大きかったのは友人の存在。
「同じように相手を亡くしている友人がいて、彼女が寄り添ってくれたのが大きいですね」
しかし、その友人からのアドバイスが、後にがっかりする出来事につながったそうです。「今となっては笑い話なんだけど――」と、細かな内容を教えてくれました。それは遺族年金。友人は「年金の手続きはきちんとしておいたほうがいい/亡くなった夫の年金の4分の3はもらえるから/年金は時効があるから、損をしないうちに早く、早く」とせかしたといいます。
徹さんが受け取っていた年金は、月におよそ17万円。智子さんはパッと計算します。「12万7,500円かあ」。一方、智子さんが受け取っていた年金は月16万円ほど。合わせると30万円弱になります。「確かに、受け取らなきゃ損ね……」。そう考え、早速、手続きを行った智子さんでしたが、最初の振込日に仰天。思わず、振込額を二度見したそうです。
「もらえる遺族年金が月5,000円だったの。25分の1よ。思わず『聞いていた話とまったく違うんだけど!』とツッコミを入れてしまったわ」
智子さんの場合を一つひとつみていきましょう。
まず遺族年金には国民年金に由来する「遺族基礎年金」と、厚生年金に由来する「遺族厚生年金」があります。前者には子の要件があり、智子さんが受給対象になるのは後者だけ。また受給額は、亡くなった人の老齢厚生年金の4分の3。ここだけが広く伝わり、「遺族年金は亡くなった人の年金の4分の3」という誤解を生んでいます。
また65歳以上で老齢厚生年金を受け取る権利がある場合は、「①死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の額」と「②死亡した人の老齢厚生年金の報酬比例部分の額の2分の1の額と、自身の老齢厚生年金の額の2分の1の額を合算した額」を比較し、高いほうが遺族厚生年金の額となります。
ここまでで、智子さんが受け取れる遺族年金額は9.5万円ということになります。
さらに65歳以上で遺族厚生年金と老齢厚生年金を受ける権利がある場合、老齢厚生年金は全額支給となり、遺族厚生年金は老齢厚生年金に相当する額の支給が停止となります。
結果、智子さんが受け取れる遺族年金は月5,000円ほどとなり、当初、思い描いていた額の25分の1ということになったのです。
改めて「年金制度の複雑さ」を知ったという智子さん。
「共働きで、万一のことが起きても何とかなると思っていたので、年金への関心が低かったのは反省点です。仕事を辞めたこれからは、年を重ねるごとに年金の存在感は増していくでしょ。きちんと勉強しないといけませんね」
[参考資料] 厚生労働省『令和6年版 厚生労働白書』 日本年金機構『遺族厚生年金』

コメント