●老後資金問題や介護など人生のさまざまな問題を描いた終活ドラマ
終活をテーマにした綾瀬はるか主演のNHK土曜ドラマ『ひとりでしにたい』(毎週土曜22:00~)。多くの人が直面する問題を描き、SNSで共感の声が続出している。本作の制作統括を務めている高城朝子氏にインタビューし、ドラマ化を決めた理由や作品に込めた思いなどを聞いた。

カレー沢薫氏の笑って読める終活ギャグマンガ『ひとりでしにたい』を大森美香氏の脚本でドラマ化した本作。綾瀬はるか演じる、未婚で一人暮らしをしている主人公・山口鳴海を中心に、よりよく生きて、よりよく死ぬための準備について描いている。

ドラマでは、孤独死、熟年離婚、老後資金問題、介護など、多くの人が直面する問題を描いており、SNS上では「将来について気になることがあれもこれも詰め込まれていて共感しかない」「主人公の鳴海にふりかかる悩める問題に多々共感なり」「まだ経験したことないことを共感しながら見れて人生の参考になる」「重いテーマだけど、コミカルな演出で楽しくみれる」などと共感の声が多く上がっている。

制作のきっかけは、20代の男性ディレクター・小林直希氏が「ドラマ化したい」と原作を持ってきたことだったという。高城氏も原作を読んでいて魅力を感じていたものの、「独身で子供がいなくて猫を飼っていて……自分とかぶるところがありすぎてしんどいだろうなと思い、ドラマ化は見て見ぬふりをしていました」と打ち明ける。

だが、20代男性の小林氏も将来に不安を感じていて、原作に惹かれたことに興味を抱いたという。

「彼は生まれた時から不景気で、気づいた時には老後2000万円問題などが耳に入って、20代だけど老後が怖いと思っていて、結婚できるのかということも悩んでいて。男の人ですら怖いんだなということが私の中で衝撃でした」

そして、原作を深掘りしていく中で、根底にあるものは「終活」だが、人生のさまざまな問題を描いていると感じたという。

「専業主婦のお母さんの雅子や、独身でバリバリ働いていた光子おばさん、介護している独身の同僚など、さまざまな立場の女性が出てくるのですが、『女性は子供を産まないといけないの?』『親の介護をするのは女性の仕事だと思われているの?』など、女性がやらなきゃいけないと思われているようなことについて、カレー沢先生が絶妙に混ぜ込んでいるんですよね。小林も原作を読んでハッとさせられる部分があったと言っていて、老後問題だけでなく、いろいろな問題を考えるきっかけになるのではないかと思い、ドラマ化したいと思いました」

高城氏は独身で猫を飼っており、さらに、姪っ子との関係も鳴海と光子に似ているところがあるという。

「姪っ子が子供の頃は毎週のように『朝子ちゃん』って電話がかかってきたり、手紙をくれていましたが、今、高校生で『ババア』とか言うんです(笑)。光子おばさんの気持ちもわかるし、鳴海ちゃんの気持ちもわかります」

高城氏は4人姉妹の末っ子で、3人の姉の存在がドラマ制作に大きな影響を与えているという。

「専業主婦の姉と働きながら子供を育てる姉がいて、専業主婦の愚痴もワーママの愚痴も毎日のようにLINEで入ってくるんです。母・雅子は専業主婦の2番目の姉を参考にしました

3番目の姉は働くワーママで、3人の子供がいながら家事のほとんどを担っているという。

「ご飯を作っているのも、洗濯も掃除も彼女がやっているんです。怒っているわけではなく、当たり前のようにやっていますが、同じように働いていてなぜ家事を全部彼女がやらないといけないんだろうと。もちろん家事をする男性も増えていると思いますが、さらにこのドラマを見て世の中の男性たちに気づいてもらいたいです」

●「生きることの不安が減ったり、楽しんで生きようと思ってもらえたら」
また、タイトルの『ひとりでしにたい』について、高城氏は半年ぐらい悶々と考えていたが、綾瀬の制作発表時のコメント「『ひとりでしにたい』というタイトルは自分らしくありたいという思いを感じました」が腑に落ち、作品のテーマが明確になったと振り返る。

「私は『幸せかどうかは自分で決める』というテーマを考えていましたが、綾瀬さんの『自分らしくありたい』という解釈を聞いて、シンプルで素敵だなと。両方の思いを込めて作っていますが、すごく上手に一言で表現されるなと思いました」

このドラマを通じて高城氏が届けたいメッセージは、「ありのままの自分で生きていい」ということだ。

「自分が幸せだと思うことを頑張ればいい。人を傷つけたり、人に迷惑をかけなければ、自分が楽しいように暮らしていいんだというのが伝わればと思っています」

本作の冒頭で光子の孤独死が描かれたが、1人で生きていて唯一迷惑をかける可能性があるのが孤独死だと高城氏は語る。

「孤独死後の掃除だったり、大家さんに迷惑をかけたり、1人で生きていて唯一人に迷惑をかけてしまうのは、そこなんですよね」

高城氏も「1人で死ぬこと」への怖さを抱いていたものの、3人の息子がいる姉の言葉で考え方が変わったと明かす。

「『うちは子供が3人とも男だから将来そんなに遊びに来てくれないと思う。老人ホームに入った時に、来てくれるはずの息子が来てくれないのと、最初からそういう人がいないのでは、息子がいるのに会いに来てくれない方が寂しくない!?』と言われて、確かにそれもあるなと思ったんです。結婚していても独身でも死ぬ時は多くの場合は1人。それを寂しいと思ったら人生つらいし、怖くなってしまうので、それが当たり前と思うようになりました」

自分らしい生き方を描く本作を制作していく中でも、「自分らしく生きたい」と改めて感じたという。

「鳴海はオタ活を楽しんでいたり、猫を飼っていたり、学芸員という好きなことを仕事にしていて、楽しんで暮らせる環境を作っているというのがすごくいいなと。見てくださっている方も、生きることの不安が減ったり、楽しんで生きようと思ってもらえたらうれしいです」

高城氏も作品から影響を受けて「人生楽しもう」という気持ちが高まり、暗闇ボクシングを始めたという。

「楽しく生きていくためには、まずは元気でいないといけないなと思い、全身鍛えられるスポーツはないかなと思って始めました。私は鳴海ちゃんみたいに推しがいなくてつまらないなと思っていたんですけど、暗闇ボクシングパフォーマーが10人ぐらいいて、その中から自分の推しのパフォーマーを見つけて今すごく楽しんでいます(笑)」

また、1人で生きていて唯一、人に迷惑をかけてしまうこととして挙げていた孤独死の問題については、「絆を作ること」が大切なのではないかと高城氏は語る。

「鳴海ちゃんは年を取った時が不安だからということで、いろいろな絆について考え始めますが、結婚に縛られることなく1人で楽しく生きていても、友達や地域の人などとのつながりを持っておくことは大事なのではないかなと。私は姪っ子や甥っ子とも仲良くしておこうと思っています(笑)」

●多様な生き方への理解が深まってほしいという願いも
高城氏は、多様な生き方への理解が深まってほしいという願いも本作に込めている。

「日本はみんなと一緒が正しいという風潮があり、そこからはみ出している人を攻撃しがちですが、どれが正解なんてないわけで、その人にとってベストであれば、誰も責める権利はないと思うんです。原作にあるのですが、結婚して子供がいる弟から『結婚もしないで好き勝手フラフラしてさ』と鳴海が攻撃されるシーンがあります。それに対し鳴海は『なんで結婚してないだけでフラフラなんだよ。そっちだって自分の好き勝手やった結果が、たまたま嫁と子供だっただけだろ』と返します。自分と違う生き方をしているから攻撃するって、攻撃する方も楽しくないと思うんです。だからそういうことがなくなればいいなと。それぞれの生き方を尊重し合う世の中であってほしいと思います」

ちなみに高城氏は、結婚願望がないわけではなく「60歳ぐらいで結婚したい」と考えているという。

「私は横に人がいると自分のことが考えられず、ご飯に行く時に彼は何が食べたいかなと思ったり、映画を観るにしても彼が何を観たいかに合わせるんです。視野を広げるために自分が興味ないものも観たいと思っているので、それでいいんですけど、毎日ずっとそれは厳しいので、恋人でよくて。でも、60歳くらいになったらそれも楽しいと思えるのかも、と。もちろん、皆さんがよくおっしゃるように、相手が横にいても全然気にならないような方がいたら明日にでも結婚するかもしれないですし、どうなるかわかりません」

プロデューサーとしての今後の抱負も尋ねると、『冬のソナタ』でエンタメの持つ力を実感したと語る。

「『冬のソナタ』がきっかけで韓国を好きになった方はたくさんいたと思います。ヨン様(ぺ・ヨンジュン)に夢中になって、韓国に行ったり。そこから韓流ブームが来て、K-POPブームが来て、今若者が韓国の文化に夢中になっていると聞きます。1つのドラマが社会を変えるきっかけになるんだなと実感しました」

長年ドキュメンタリー制作に携わってから、ドラマの世界に足を踏み入れた高城氏は、ドラマの力もとても感じているという。

「『ドキュメンタリーって勉強みたいで見るのがちょっとハードル高い』と友人と言われたことがあるんです。ドラマで描くことによって、そして綾瀬さんみたいな国民的な女優さんに演じていただくことによって、幅広い年齢層の方々に観ていただける。これからもドラマを通じて『これってどう思う?』とか『こういう風に生きたら楽しいんじゃない?』ということを発信していけたらと思います」

それぞれの生き方を肯定する『ひとりでしにたい』。主人公の鳴海をはじめ、登場人物たちがどのような生き方を選択していくのか、最後まで見届けたい。

(C)NHK
(酒井青子)

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