
今年も半年が過ぎ、春アニメより作品数が多い夏アニメも続々放送を開始。映画館では『鬼滅の刃』の最終章が公開されるなど、アニメ界は例年以上に盛り上がっている印象を受ける。その中で今回は3月にMBS、TOKYO MXなどでテレビ放送されたアニメ『ツインズひなひま』に注目した。
本作はサポーティブAIという形でAIをアニメ制作に本格的に取り入れた作品。本作の後にもAIを使った映画が作られるなど、映像制作現場へAIの普及が進んでいるが、日本のテレビや劇場アニメの中でAIを活用して制作した作品として先駆けとなったアニメと言えるだろう。そこで本作の制作スタッフにAI活用の現状や効果などについて、さらに、これからのアニメとAIの関係などの意見をうかがった。
『ツインズひなひま』を作った方々のお仕事
今回お話を伺ったのは『ツインズひなひま』の演出・アニメーションプロデューサーの飯塚直道氏、AI/3DテクニカルディレクターのUltra-noob氏、撮影監督の小澤匡義氏の3名。実際にどのような仕事をしたのか簡単に説明しよう。
●演出・アニメーションプロデューサー:飯塚直道氏
演出としては監督のチェック前にクオリティーアップのためのチェックやディレクションを行う。他にもロケ写真を背景に変換する作業やレタッチ、レイアウト決定なども担当。アニメーションプロデューサーとしては協力会社との協議や宣伝関連を行った。
●AI/3Dテクニカルディレクター:Ultra-noob氏
スタッフのアイデアをブラッシュアップしてAIワークフロー作りを行うプログラミングに近い作業を担当。難しい課題を紐解いて、AIに変換、調整する作業のほか、3Dではシミュレーションや映像の書き出しなどを担当した。アニメーターが書いたラフ作画素材をAIセルに変換したり、キャラクターの動きや作画タッチに変換する作業を行っている。
●撮影監督:小澤匡義氏
異なるスタッフが作ったキャラクターや背景を合わせたときの色や光のバランス調整や、エフェクト合成などの仕上げ作業。画面内の遠近感の調整などのほか、AIでよくある、色が変化を統一させる作業なども行っている。
AIでは初歩的なのに実現されていない技術がある。たとえば背景を透過にできず、単色の背景がついたり、キャラクターがカットによって色が変わってしまったりするので、そうした切り抜き作業や、色のべた塗り対応などが必要で、飯塚氏によるとこれらを担う撮影班の負担がかなり大きかったという。
AIを使ったアニメ制作は試行錯誤の連続だった
生成AIを活用するときによく問題視されるのが著作権だが、『ツインズひなひま』は日本国内の運用を前提としており、政府が出している「AI事業者ガイドライン」に則り制作されており、追加学習部分についてはスタッフのクリエイティブのみで他の追加学習はしていない。また、制作映像には人の手が加わることで著作権の整理もしており、運用ベースも可能としている。これらは弁護士による法的チェックも行っており、現行法においてはすべてクリアな形となっていることをまず伝えておこう。
この後はお三方に実際の制作の苦労やAI活用の利点などのインタビューをお届けする。まずはAI活用を決めた経緯について聞いた。
――『ツインズひなひま』にAIを活用することはどのように決まりましたか?
飯塚直道氏(以下、敬称略):順番としては作品にAIを使おうではなく、AIを使ってアニメを作ろうというのが出発点となり、そこから『ツインズひなひま』という作品が決まりました。KaKa CreationではSNSで主人公たちの映像を公開していたのですが、それを発展させる形でアニメ制作が決定しました。通常のアニメ制作ではまだAIを使おうという空気になっておらず、AIありきというプロジェクトでないと、社会の雰囲気からもまだ難しい感じがあります。
――AIによるアニメ制作を企画された経緯は?
飯塚:アニメの制作現場の支援をする技術として、新しい可能性、ポテンシャルを持った技術としてAIが出てきたので、まずは使ってみようというのが最初です。使ってみて、具体的にどのようにアニメ制作現場に活用できるか落とし込むという研究の意味で使ってみるという側面がありました。また、スタッフの興味と、僕が新しいAIという技術でしかできない映像作りを探したいというクリエイティブな側面もありました。
――今回は初めてということもあって、準備期間も掛かったのではないですか?
飯塚:制作期間の半分は準備していました。脚本が6月にできて、コンテが8月に完成したのですが、制作班は8月くらいまでずっと準備していて、その後も10月までの間ずっと試行錯誤していました。
Ultra-noob:ただその間作っていたものは次につながる資産になるというのはAIの強みでもあります。
飯塚:作画アニメと違うAIのいい部分は、そのようにストックできることです。これまでは同じ角度のキャラクターを何回も書き直すということがありましたが、AIはそれを学習させてこう直すと学習させることで次に活かせる可能性があります。手描きアニメでは効率化したり蓄積したりできませんでしたが、AIによってそういう領域にアプローチできるようになったという感触はあります。ただできることが増えた分、行程が1つ増えて大変になったというデメリットもありました。
――新しい技術が出てくると拒否反応を示されることは多いですよね
飯塚:小澤さんは最初、CGが登場したときと同じと言ってましたね。
小澤:僕はCGでセルルックアニメーションの仕事をしてきたのですが、初期のころは手描きと比べると影の表現がよくなかったりしてかなり叩かれました。最近はようやく形にできるところまできましたが、初めのころはよく批判されましたね。だから今回のAIについても、突っ込まれるところが若干違いますが、似たような感じがします。セルルックもここまでくるのに20年掛かりましたからAIも少し時間は掛かると思います。
――AIの学習はどのようにしましたか?
飯塚:今回のプロジェクトで学習させたのはキャラクターデザインの横田拓己さんの描いた絵を学習しています。他社の絵やネット上の素材などは学習させておらず、著作権がクリアになっていない素材を追加で学習させることはしていません。
Ultra-noob:横田さんの絵以外、特殊なものは学習させてないですね。
スーパーコンピューターを使いたくなるシーンが一発で描画されて感動
――『ツインズひなひま』の中でAIはどのように使っていますか?
飯塚:全体を作ったというよりも部分的に使ったというのが正しくて、サポーティブAIという概念に連動しています。作品の根幹であるキャラクターや脚本などはもちろん人が作っていますし、キャラクターも先に手描きやCGで8割方作っています。
小澤:通常のアニメ制作で3Dモデルを手描き風にする作業をAIでしているだけですね。キャラクターの動きは3Dソフトのほうで作っているのですが、そのままだとポリゴンキャラクターみたいになってしまうので、それをAIを使ってセルルックにしてます。3Dソフトを使っている人ならわかると思うのですがレンダリングするというのが近いかも知れません。
飯塚:背景もベースとなるものは人が作っていて、それをアニメ背景のように加工したり、クリーンアップする部分の効率化の目的でAIを使いました。
――効率化という視点ではAIを使うことで時間は短縮できましたか
飯塚:人の手でしていたこと、色を塗ったり、線をクリーンアップするという部分は助けられました。
小澤:監督としてはリテイクが出しやすくなっていると思います。納品後に変更になったりカットされることが多々あるのですが、AIを通せば比較的ギリギリまで詰めてクオリティーアップにつながります。
Ultra-noob:本作でも背景のやり直しが結構あったのですが、1日以内でできたのでかなり活用できたという実感があります。
飯塚:背景は1カットあたり30~40枚作ったので1000枚以上は作りました。普通のアニメではそういうことはできないです。あと、アニメーターが時間をかけて作ったものにリテイクは出しづらいし、時間も掛かるのですが、AIだとチェック側も、もう少しこうできないかと言いやすい。人が描くのではなく、パラメーターなどを調整してレンダリングするのでリテイクをかけやすいということはあります。
――AIによるアニメのクオリティーはどのように感じられていますか?
飯塚氏:僕らとしてはテレビアニメとして通用するレベルにできたと考えています。ただAIは構造物に弱くて、例えば背景にイスを置くと、穴の部分がぐにゃぐにゃになってしまったり、どこかが潰れてしまったりするので、人の手で補完する必要があります。最終的にはすべての要素で人の手を加えて、AIで厳しい部分を補いました。
――AIでなければ難しかったところはありますか?
飯塚氏:作品の終盤に巨大な丸い穴の内側に落ちる滝が出てくるのですが、手描きでは厳しいし、CGでコストが高くついてしまう。これまでの手法ではどの方法でも大変でしたがAIでは一発で出力できました。
小澤氏:あの滝はCGで作るとたぶん2ヵ月くらい掛かります。まず海を作って、監督のチェックを通す時間があり、その後中に落ちていくように作るのにまた数日時間が掛かる。それが今回きれいな滝にできました。
飯塚氏:CGプロデューサーとして海を担当した経験があるのですが、これが大変なんです。海面のシミュレーションの演算にとんでもなく時間が掛かるし、スーパーコンピューターを借りたくなるくらいの計算量です。それがポチっと一発で出てきたのは本当に感動しました。
――他にAIで作ったシーンでここがすごいというところはありますか?
Ultra-noob氏:ぜひ見ていただきたいのは髪がなびくシーンです。我々しかできないような秘密の隠し味の変換をしていて、手描きではたいへんだというシーンができています。あと靴やカップ。昔だったらべた塗りのところに細かいディテールになっていて、AIならではという感じになっています。
飯塚氏:作品全編通して、髪の毛の揺れはすごいです。普通は専属の人がいるくらいたいへんな作業ですが、CGで作ったモデルを元にAIが書き出すというアプローチがうまくいきました。
CGはロジカル、AIは直感的な技術
――逆にAIでは難しかったことはありますか?
Ultra-noob:代表的なところではやはり手ですね。AIが描くとどうしても壊れてしまって、指の数が多かったりして、人が直さないとどうしようもなく、最後の最後まで課題でした。
飯塚:あと中割ができなかったと思っています。アニメを作る上でAIに期待されているのが原画と原画の間の動きを描いてくれることがよく挙げられますが、今回はテレビアニメとして流せるレベルまで至らず採用しませんでした。一応出てくることは出てくるのですが、どこか破綻していたり、人が描いたものに比べるとはるかに劣ることが多かったです。機械的な動きならいいのですが、AIには時間の連続性のような概念がないため、変な動きになったりします。
――今後技術が進めばという感じでしょうか
飯塚:そうですね。CGはロジカルな技術ですが、AIは直感的な技術で、ここからここまでの直線も引けません。構造物が苦手と先ほど言いましたが、AIは計算して描画しているわけではなく、学習した中から描画しているだけなので、直線が生成されるときにロジカルな理屈ではないわけです。
――背景など、少しカメラの角度を変えると崩れるということが起こりますね
飯塚:そうなんです。CGでは絶対に崩れないのですが、AIは直感技術なので、ここにこれがあるということを理解しないで描画します。学習したデータから、ここにこういうものがあるっぽいという形で描画します。人体の構造も理解していないので、たとえば指を描くのに、ここに何かあるということで爪を描いたりするのですが、とんでもない位置だったりします。今まで学んできたものから察するにこんな感じだろうという描き方をしてきます。
――作品中では最後に登場する橋のあたりから絵に違和感があります
飯塚:それは実は意図的に、演出としてやっています。その橋のあたりまではしっかりとレタッチしているのですが、そこからクライマックスにかけて、なんか変だなと無意識に感じるようにしました。AIの特性を利用した演出です。
――その橋のシーンの少し前の川の流れは?
飯塚:あれはある意味AIの限界です(笑)
小澤:やはり水の表現が厳しい。
Ultra-noob:しかし同じ水でも、蛇口から出る水は意外にきれいな動画ができて驚きました。やってみたらなぜかいい動画が出てきてシンプルにできてしまいました。
飯塚:アニメ制作に入る前は何ができるかわからなかったのでいろいろと実験したときにわかっていたことがありました。うまくいった蛇口の水は、そのときにストックしておいて、使えるものを監督に取り入れてもらいました。
Ultra-noob:AIはやってみないとわからないところがあります。このようなカットを作りたいと言われてもやってみないとわからず、できますと言い切れないのがモヤモヤします。何回も試してみるといいものが出てくることがあるのでなんとか担保していたのですが、やってみないとわからないというのはデメリットでした。
クリエイターはAIとどう向き合っていくべきなのか?
――今後増えていくと思われるAIの活用ですが、クリエイターとしてはどう向き合うのがいいと思いますか?
小澤:アニメでは手描きは手描きで残る気がしています。逆にCGのセルルックアニメは消えていき、そこにAIが入るのではないかと考えています。セルルックで最後にレンダリングすると、1枚作るのに何時間も掛かったりします。それを数百枚回すとなるとワークステーションレベルで10台組むとして全部で数千万円掛かります。それでいて修正は作画し直したりと時間が掛かります。その点AIなら短い時間で設備投資も少なくてすみます。
飯塚:クリエイターにとっては、手で塗っていたものがグラフィックソフトのバケツツールになり、そこにAIでさらにいろいろとできるようになるというだけでしかないと思います。AIはツールであり、楽観的に捉えれば、便利ツールがさらにたくさん出てきて、創作しやすくなると思います。
小澤:CGをやっている人も同様で、AIに手をつけ始めている人が多い。今はAIという流れがあるので、そこに乗らないと淘汰されてしまう。CGもツールの進化に伴ってツールを乗り換えてきたわけですが、それをできない人たちは違う分野に進むしかない。そして今はAIが既存ソフトウェアに組み込まれていく段階で、今後は使わざるを得なくなっていきます。
飯塚:CG系のスタジオではAIを取り入れていくことが多くなっていくと思います。ただ、作画やアニメの現場を中心に、反発があったり、生理的に無理という意見があったりするのは事実で、かつ当然な反応なので、アニメスタジオでの導入はまだまだ時間が掛かると思います。
――これまでは絵を描くことができなかった人もクリエイターになれるようになりますか?
飯塚:生成AIを触っている人は、自分で絵が描けないけど絵が出てくるからうれしいという動機の人が多いように感じます。でも、絵は描けないけど、作品作りに参加したいという人には、その架け橋のツールになる可能性はあると思います。
Ultra-noob:僕はAIに任せっきりで出したものをそのまま完成として公開してしまう流れはあまり好ましくないと思っています。本作は、元素材を加工してAIに入れ、描き出された絵の変な部分を人が描き換えたり、さらにもう一度AIに入れるという感じで、人が手を加えてAIに入れることでクオリティーの高い作品を目指して作っています。そのように、例えば自分が描いてきたイラストをアニメにするとか、さらに上へ高めていくとか、AIをツールとして使って、クオリティーを上げていくという視点でAIを使ってほしいなと思っています。
――最後にこれを読んで『ツインズひなひま』を観てみようと思った方にメッセージをお願いします。
飯塚:1話完結でサクっと観られるアニメで、見終わった後の満足度が高い作品だと思うので、気軽な気持ちで見てもらえると嬉しいです。僕ら現場としてはこのアニメがよくなるように1年近く、ひたすら時間を使ってきました。気軽な気持ちで観ていただいて、もしその中で「ウォッ」と思ってもらえるカットがあったらうれしいですね。
小澤:撮影では、AIで描いたもの、手描きで作画したもの、それらをなじませる部分がたいへんだったので、ぜひそういう部分を観てほしいです。
Ultra-noob:手描きアニメやCGアニメの良さというのは違いますよね。そのようにAIアニメという、違うベクトルの作品として、いままでになかった、新しい分野の作品として観ていただけるとうれしいです。
飯塚:すでに観ていただいた方には、メタ的にいろいろと挑戦したことが多い作品なので、そのカットやそれぞれの映像がどうやって作られたのかというメタ的な視点で改めてもう一度観てもらえるとおもしろいと思います。
Ultra-noob:AI画像生成のやりかたはいろいろな方がネットで公開されていますが、意外に知られていないテクニックもたくさんあります。僕らは日々の研究でそういった隠れた使い方をいろいろ発見し、本作にはそれが随所に隠されています。僕は研究者になったつもりで楽しみながらお仕事をさせていただきました。みなさんにもイラストを生成するという目的だけでなく、AIを使う楽しさを感じてもらえるといいですね。
――ありがとうございました。
AIは日進月歩の勢いで進化を続けている。『ツインズひなひま』が放送された後にも新製品が登場したり、新機能が追加されるなど、最先端であった技術があっという間に旧世代となっている。そしてクリエイティブの分野においては、それらを取り入れていかざるを得ない時代になっていくのは明らかだ。
このAIを取り入れることで、コンピューターにできることはコンピューターにさせ、その分、人の手が必要なタスクに時間を増やす。そうすることで、過酷と言われるアニメ制作の現場が少しでもよくなっていき、観る側はさらにクオリティーの高い作品を観ることができるようになる。技術の進化がアニメを作る側、観る側双方にいい影響を与えてくれることを願っている。
『ツインズひなひま』は各配信サイトで配信中。この記事を読んで興味を持った方はぜひ一度観ていただきたい。作品の詳細は「2025春アニメ大特集」にて紹介しているので参照していただきたい。
©KaKa Creation/ツインズひなひまプロジェクト

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