核家族化が一般的となった昨今、離れて暮らす親とはどのくらいの頻度で顔をあわせていますか? 電話などでは定期的に連絡をとっていても、直接会うとなると、お盆や年末年始、GWなど、年に数回という人も多いのではないでしょうか。そこで今回、車で1時間の距離に暮らす親子の事例から、高齢の親とその子がそれぞれ気をつけておきたい「家計を守るためのポイント」をみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。

ひとり暮らしの母から届いた「真夜中のSOS」

関東の閑静な住宅街に暮らす、亀山康子さん(仮名・81歳)。2年前に最愛の夫を亡くしてからは、長年住み慣れた戸建住宅で、ひとり慎ましく暮らしていました。

生活費は月11万円ほどの年金と、夫の遺してくれた約2,000万円の預貯金。食事も洗濯もなんとか自分でこなし、近所のスーパーまで歩いて行くのが日課でした。

そんな康子さんを気にかけていたのが、会社員として働く長男の和也さん(仮名・55歳)です。定期的に電話で連絡を取り合い、数ヵ月に1度は車で実家に様子を見に行っていました。

そんなある日のこと。時刻は深夜1時、就寝中の和也さんのスマートフォンが鳴り響きました。寝ぼけ眼で表示された名前を見ると、そこには「母親」の文字が。

嫌な予感に胸をざわつかせて電話に出ると、震える声で母は次のようにいいました。

「和也……玄関で物音がするの。誰かがいるみたい……助けて……」

その切羽詰まった母親の声に、和也さんはベッドから飛び起きました。

実家までは車で約1時間。空き巣や野生動物、強盗の可能性も否めません。「早く着いてくれ」と祈るような気持ちで車を走らせ、午前2時過ぎ、ようやく家の前に到着しました。

足早に車を降りて玄関に向かうと、家の中の電気はすべてついており、インターホン越しに母の姿が確認できました。

「和也……来てくれたのね……」

安堵の表情を浮かべながらドアを開けたその瞬間、和也さんは思わず息を呑みました。

息子の目に飛び込んできた「まさかの光景」

和也さんの目に飛び込んできたのは、玄関に積み上がった大量の段ボールでした。恐るおそる開けてみると、なかに入っていたのは健康食品や高級寝具、健康器具など、いずれも健康をうたった商品ばかりです。

母を落ち着かせたあとよく話を聞いてみると、母がSOSを出した物音の正体は、この段ボールが崩れ落ちた音だったようです。玄関や窓にも侵入の形跡はなく、外部の人物が出入りしたという事実はありませんでした。

ほっと胸をなで下ろした一方で、和也さんは異様な量の段ボールに不安をぬぐい切れません。

「これ、全部……母さんが買ったの?」

和也さんが問いかけると、康子さんは言いました。

「そうよぉ、これで健康になれるって言われたの。腰にもいいし、眠りも深くなるって。すごく親切にしてくれてね、いい人で……」

そのとき、和也さんになんともいえない不安と怒りがこみ上げてきました。訪問販売の業者が、母の優しさと不安につけ込んで、次々に高額な商品を売りつけていたのです。

後日調べたところ、その総額は200万円を優に超えていました。

母は「認知症初期」と診断…自責の念が募る和也さん

和也さんは、母が置かれている現状に唖然とし、同時に自分の認識の甘さを思い知らされました。思えば最近、同じ話を繰り返したり、約束を忘れたりすることが増えていたように感じます。

「もしかして、判断力が落ちていたのかもしれないな」

母をかかりつけの病院に連れて行ったところ、和也さんの予想どおり、医師からは「認知症の初期症状の可能性がある」と告げられました。

「もっと早く気づいていれば、こんなことには……」

自責の念が募る和也さん。しかし、すでに康子さんの貯金は目に見えて減少し、生活の土台が崩れ始めています。

これから母はどうやって暮らしていくのか、資産は守れるのか、介護はどうすればいいのか……。

和也さんは不安と責任に押しつぶされそうになり、頭を抱えました。

後を絶たない「高齢者を狙った詐欺」の実態

近年、高齢者を狙った詐欺被害が後を絶ちません。特に、ひとり暮らしの高齢女性をターゲットとする悪質な手口が目立っています。

警視庁の報告によると、令和4年に発生した特殊詐欺のうち、65歳以上の高齢者が被害を受けた件数は1万7,570件中1万5,114件と、全体の86%以上を占めていました。

さらに詳しく見ると、被害者の多くが女性であることがわかります。

特に女性は男性より平均寿命が長く、配偶者に先立たれてひとり暮らしになるケースが多いため、詐欺のターゲットになりやすい傾向にあります。

また、相談相手がいないことで孤独になりやすく、セールストークや虚偽の話に冷静な判断ができなくなることも、被害を大きくする要因のひとつです。

加えて、認知症の初期症状がある高齢者は特に注意が必要でしょう。判断力が低下している状態で詐欺師や悪質な業者に接触してしまうと、契約内容を理解しないまま商品を購入したり、高額な金銭を渡してしまったりするリスクが高まります。

知っておきたい詐欺対策

これらへの対策として有効なのが、後見制度の活用です。

「後見制度」とは、判断能力が不十分な高齢者に対して、家庭裁判所が後見人(法定後見人)を選任し、契約行為や財産管理を代行またはサポートする仕組みです。もし詐欺による契約が行われた場合でも、後見人がその契約の無効や取り消しを主張できる可能性があります。

また、すでに被害に遭ってしまった場合は、できるだけ早く警察や消費生活センターに相談しましょう。時間が経過すると証拠が不十分になり、対応が難しくなる場合もあるため注意が必要です。

高齢のご家族がいる場合は、定期的な連絡や訪問による見守りに加え、こうした制度や相談先の情報を共有しておくことが被害防止につながります。

長男の決心…親子の「その後」

数日後、和也さんは市の地域包括支援センターを訪れました。母の異変と生活資金の減少に直面し、自分ひとりで抱え込むには限界を感じたからです。

支援センターでは、介護の専門職員から「家族が定期的に関わることの重要性」や「財産管理」について丁寧な説明を受けました。

職員「高齢の親が1人で生活している場合、日常的な見守りだけでなく、お金の出入りにも一定の管理が必要です。特に、認知機能が低下している状況では、誰かが通帳や印鑑を管理する仕組みを早めに整えておくことが重要となります。また、必要に応じて弁護士などの専門家に協力を求めましょう」

さらに支援センターからは、グループホームの概要についても説明を受けました。住み慣れた自宅をすぐに手放す必要はないものの、いざというときに備えて、介護施設の選択肢を持っておくことが重要とのことです。

和也さんは今回の経験を通じて「親の老後について、なにかあってから動くのでは遅い」と痛感した様子。元気に見えていたとしても、年齢を重ねれば、急な体調変化や判断力の低下が起こることは誰にでも起こり得ます。

だからこそ、親が元気なうちから「資産管理」「見守り体制」などについて、家族できちんと話し合っておくことが大切です。

辻本 剛士 神戸・辻本FP合同会社 代表/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)