遅くに結婚する人の増加に伴い、子どもを遅く産む人も増えています。その場合、子どもが成長するにつれ、教育費や住宅ローンの負担が重くなり、老後資金をまったく準備できないまま定年を迎えるケースが少なくありません。今回は30代後半に生まれた子どもの教育費に悩む50代夫婦のケースとその解決策を、CFPの松田聡子氏が解説します。

「子どもの夢を叶えたい」50代夫婦の想定外の現実

栃木県に住む田代健一さん(仮名・54歳)と妻の美香さん(仮名・52歳)には、都内の私立大学工学部2年生の大輔くん(仮名・20歳)がいます。東京で一人暮らしをする大輔くんへの仕送りもあり、家計は赤字続きです。

田代夫妻は結婚後なかなか子どもに恵まれず、5年間にわたる不妊治療に約400万円を費やしました。健一さんが37歳のときにようやく大輔くんを授かったときの喜びは忘れられません。不妊治療のために蓄えはなくなっていましたが、「待ちに待ったこの子には何でもしてあげたい。ひとりっ子ならなんとかなるだろう」と漠然と考えていました。

そのため、小学校時代には少年野球チームでの活動費に年間数十万円、中学からは部活動と塾でやはり年間数十万円を負担し、なかなか貯蓄ができない日々が続きました。

大学進学の際には大輔くんの希望どおりに東京の私立大学の理工学部への進学と一人暮らしを許可しましたが、経済的負担は想像以上に厳しいものでした。

大学の授業料は年間150万円。下宿するアパートの家賃が月に5万円、生活費は毎月5万円を仕送りしています。合計すると年間およそ270万円。大輔くんは奨学金を毎月5万円受けていますが、授業や実習で忙しく、アルバイトはほとんどできません。

田代家の収入は会社員の健一さんと美香さんのパート収入で、毎月の手取りは合計35万円程度で、ここに年2回の健一さんのボーナスが上乗せされます。住宅ローンの返済もあるため、授業料の支払いの多くを教育ローンに頼らざるを得ない状況です。

毎月ギリギリの生活をしていると、ここ数年の物価上昇のダメージも大きくなります。さらに会社の業績不振で、この夏はボーナス支給が見送られることになりました。大輔くんの学費支払いや住宅ローンのボーナス払いのある田代家には、死活問題です。健一さんと美香さんは頭を抱えました。

「遅く子どもが生まれた場合の家計の大変さを甘く見ていました。今の状態では教育費と住宅ローンの支払いで精一杯で、老後のお金の準備など考えられません」と健一さん。

定年(60歳)まで10年を切った今、老後資金の準備はほぼゼロです。定年後も現在の会社での就労はできる見込みですが、収入ダウンは避けられないでしょう。教育ローンの返済は定年後も続くため、夫婦の将来への不安は募るばかりです。

晩産化で増加する「教育費と老後資金の板挟み世帯」

田代夫妻のような状況は、現代日本では珍しいことではありません。厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の第1子出産時の母親の平均年齢は31.0歳で、年々上昇しています。 また、2005年には40歳以上の母親が出産する件数は約2万件でしたが、2024年には約4.5万件に増加しています。 

子どもが遅く生まれた場合、田代家のような経済的なリスクを想定しておく必要があります。一般的に幼稚園から大学までの子ども一人あたりの教育費は1,000万円といわれています。文部科学省の「令和5年度子供の学習費調査」によると、幼稚園から高校までの15年間の学習費総額の平均は約650万円(幼稚園だけ私立の場合) です。

また、「令和5年私立大学大学院入学者に係る初年度学生納付金等 平均額(定員1人当たり)の調査」によると、私立大学理系の4年間の学費の平均は約540万円となっています。 この金額を合計するとゆうに1,000万円を超えることがわかります。

晩産化が家計に与える最大の問題は、教育費のピーク時期と老後資金準備期間の重複です。一般的に、子どもが0歳のときに親が30歳なら、大学卒業時には親は52歳。まだ老後資金準備に8年間の猶予があります。しかし田代家のように親が30代後半に子どもが誕生した場合、子どもの大学卒業時には親は60歳近くになります。定年直前まで教育費負担が続き、老後資金準備期間がほとんどありません。

住宅ローンとの三重苦も深刻です。多くの家庭では子どもの小学校入学前後に住宅を購入しますが、晩産の場合、住宅ローンの完済時期も遅くなります。田代家では健一さんが68歳まで住宅ローンが残る予定で、教育費・住宅ローン・老後資金準備が同時期に重なります。

さらに2022年以降の物価上昇により、家計支出は平均2〜3%増加。特に食費や光熱費の上昇は家計を圧迫します。また、日銀の金融政策転換により住宅ローン金利も上昇傾向にあり、変動金利を選択している家庭では返済負担が増加するおそれもあります。

企業の業績不振によるボーナスカットも、ギリギリの家計には大打撃です。多くの家庭では年2回のボーナスを学費支払いや住宅ローンのボーナス払いに充てているため、支給見送りは即座に資金繰りに影響します。

一方で、こうした経済的困窮を子どもに伝えていない家庭も多いと考えられます。結果として子どもは家計の制約を理解せず、親の負担はさらに重くなるという悪循環になるのです。

晩産化により、教育費負担と老後資金準備の両立が困難になる中、早期の資金計画と家族での情報共有の重要性が高まっています。

子どもにも協力してもらう、教育費と老後資金の両立戦略

30代後半以降に子どもを持つ予定の家庭では、人生の三大資金と呼ばれる教育資金、住宅資金、老後資金の計画的な準備が特に重要です。子どもが生まれる前から貯蓄目標を立て、家計を見直して貯蓄に回せる金額を確保します。その際、児童手当を、有効活用しましょう。

児童手当は3歳未満が毎月1.5万円、3歳から高校生年代までは毎月1万円支給され、総額約240万円になります。 子どもが中学生になると部活や塾通いで支出が増え、貯蓄が難しくなります。その場合でも最低限、児童手当だけは教育費の貯蓄に充てるようにしましょう。

また、子どもとの「約束事」を早期に決めることも重要です。「理系に進むなら国公立大学のみ」「私立大学なら自宅通学」など、家庭の経済力に応じた進路選択の基準を、子どもが中学生になる前に話し合っておくことをおすすめします。

既に困難な状況にある田代家では、大輔くんを巻き込んだ家計の正常化が急務です。まずは大輔くんにも現状を正直に伝え、奨学金の増額(月5万円から8万円へ)を検討してもらいましょう。

奨学金の増額に伴い、仕送り額の月5万円から2万円への減額にも応じてもらいます。家計がピンチの状態では月3万円の負担減は、大きな助けになるはずです。

また、扶養の範囲で働いていた美香さんも思いきって収入増を目指します。美香さんは派遣会社に登録し、1日6時間の週5日勤務で社会保険にも加入し、毎月5万円の収入アップを考えています。

健一さんは現状の収入増よりも、定年後の減収対策が重要です。住宅ローンを完全リタイアまでに完済するには、住宅ローンと教育ローンを返済できるだけの収入を確保しなければなりません。副業や資格取得といった対策を、早くから始めておきたいところです。

子どもの負担を増やすのは避けたいかもしれませんが、親が経済的に破たんすれば、子どもはより深刻な影響を受けることになるでしょう。状況に応じて最善の対策を講じることが、家族全員の安定した生活につながるのです。  

松田聡子  CFP®

(※写真はイメージです/PIXTA)