世界各国が成長を続けるなか、日本経済の伸びはいまだ鈍い状況です。注意したいのは「ゼロ成長」だからといって「去年と同じ状況」ではない点です。ゼロ成長で起こる深刻な問題について、経済評論家の塚崎公義氏が平易に解説します。

GDP=「各社の売上高-仕入値」をすべて合計したもの

GDP(国内総生産)というのは、国内で生み出された付加価値の合計です。具体的には、各社の売上高から仕入値を差し引いた値をすべて合計したものです。GDPの増加率を経済成長率と呼びます。単純に今年のGDPを昨年のGDPで割った値を名目経済成長率、そこから物価上昇率をさし引いた値を実質経済成長率と呼びます。

実質経済成長率が高い状態が続くと、国内で生産される物(財およびサービス、以下同様)が増え、国民生活が豊かになっていきます。高度成長時代の日本がそうでした。

一方、短期的に実質経済成長率が高くなるときは、景気が回復中だと思われます。「売れそうだから大量に作ろう」と企業が考えているはずだからです。

GDPについては、前回の拙稿『中国のGDPは日本より大きいが、中国の人口は日本よりはるかに多いので…経済指標の超キホンを学ぼう【経済評論家が解説】』も併せてご覧いただければ幸いです。

ゼロ成長で起こる問題、2つ

実質経済成長率がゼロだということは、昨年と今年の生産量が同じで、国民生活のレベルも同じはずなのですが、ゼロ成長は困ったことだといわれます。その理由は2つあります。

1つは、諸外国がプラス成長している間にゼロ成長が続くと、相対的に貧しくなるからです。「他人と比べなければいい」という問題ではありません。資源や食料等の獲得競争に敗れるようになると、国民生活が貧しくなってしまうのです。

それ以上に重要なことは、経済成長率がゼロだと失業が増えてしまうことです。技術が進歩しているので、昨年と同じ物を作るために必要な労働力が減り、企業が雇う労働者数が減ってしまうからです。ゼロ成長だから不況だ、と言われるのは失業者が増えてしまうからなのです。

ここで技術進歩とは、発明発見のことではなく、国内で使われている技術のことです。高度成長期には農村にトラクターが来たため、農家の労働生産性(1人の労働者が作り出す物の量)が飛躍的に伸び、余った労働力が都会の工場に働きに行くことができたから、経済が成長できたのです。トラクターは、以前から米国では普通に使われていましたが、ようやく日本の農家もトラクターを買えるようになった、という時代でしたから。

失業率を変化させない成長率が「潜在成長率」

技術が急速に進歩しているとき(たとえば高度成長期)は、経済成長率が相当高くないと失業者が増えてしまいますが、技術があまり進歩していないとき(たとえば現在)は、成長率が低くても失業者は増えません。昨今の成長率は高度成長期よりはるかに低いのに労働力希少(労働力不足と呼ぶ人が多い)になっているわけですが、これは技術があまり進歩していないからです。

ちなみに、どれくらい経済成長すると失業者が増えないか、という成長率のことを潜在成長率と呼びます。高度成長期はこれが高く、今は低いということですね。

潜在成長率低下の主因はキャッチアップ

高度成長期から現在まで、潜在成長率が大きく低下したわけですが、それには数多くの理由があります。すぐに思いつくのは、現役世代人口が当時は増えていたのに今は減っている、ということです。しかし、それ以上に重要なのは、労働生産性が上がりにくくなっていることです。それには理由が2つあります。

1つは、技術進歩が緩やかになったことです。米国で使っている技術と日本で使っている技術が同じレベルになった(キャッチアップした)ことで、今後技術進歩するには新しい発明発見が必要だ、という状況になったのです。高度成長期には米国で使われている技術を導入するだけでよかったのに。

技術進歩が緩やかになった理由はもう1つあります。労働集約的な(機械化が難しい)仕事が増えたのです。若者が洋服や自動車を買っていた頃は、工場の機械化によって労働生産性が簡単に上がりましたが、若者が美容院に行くようになり、高齢者が医療や介護を求めるようになると、機械化の難しい仕事が増えるのです。経済が豊かになると財よりサービスを欲しがる人が増えるので労働生産性が上がりにくくなる、ということに加えて、高齢化によっても同様のことが起きているため、少しでも経済が成長するとすぐに労働力希少になるわけですね。

経済政策の発想の転換が必要かも

バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済の課題は需要を増やすことでした。その頃の筆者は労働生産性にはあまり興味がなく、需要に主に興味がありました。経済学者の多くは当時から需要より供給力強化(労働生産性向上)に興味を持っていましたので、筆者は経済学に違和感を覚えていました。「経済が効率化したら失業が増えてしまう」というわけです。

しかし、アベノミクス以降の労働力希少を見て、筆者の関心は需要創出よりも労働生産性向上に向かい始めています。政府も、減税や給付金などで需要を増やすことから、「省力化投資への補助金」といった政策に舵を切って欲しい、と考え始めています。

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

筆者への取材、講演、原稿等のご相談は「ゴールドオンライン事務局」までお願いします。「THE GOLD ONLINE」トップページの下にある「お問い合わせ」からご連絡ください。

塚崎 公義 経済評論家

(※写真はイメージです/PIXTA)