異常な暑さが続く2025年の夏。「昔はこんなに暑くなかったのに……」というため息が聞こえてきますが、生活環境や価値観は簡単に変えられず、そのギャップが高齢者の暮らしを思わぬ危険にさらすことも。

限界だという母…翌朝、急いで駆けつけた息子は

「実家がこんなに暑かったなんて、正直、想像もしていませんでした」と話すのは、東京に住む山田徹さん(仮名・55歳)。急遽、飛行機で実家へ向かったのは、父が亡くなって以来、一人暮らしを続ける母・政子さん(仮名・79歳)からの一本の電話がきっかけでした。

「今年は暑すぎて。もうダメかもしれない」

7月中旬の昼下がり、気象庁が「過去最長の熱帯夜が続く」と発表するなかでの出来事でした。実家があるのは北海道。冬はマイナス30度近くまで冷え込むので全室暖房完備ですが、しかしクーラーは1台もありません。真夏日になるのは、年に1度か2度。暑くても窓を開けたら風が通り、扇風機があれば十分。夜には時に長袖が必要になるほど冷え込む。これが徹さんが子どものころの記憶です。しかし最近は真夏日や、夜になっても気温が下がらない日が増えました。しかし夏の備えはあまり進まず、北海道におけるクーラーの普及率は50%を下回るといわれています。

「母の年齢を考えれば、普通はエアコンを新調するべきだったのでしょうが、本人は『もったいない』『なんとかなる』と聞かない。私もそれほど深刻に捉えていなかったのが間違いでした」

年金は月15万円程度。手取りにすると13万円弱です。一方、総務省『家計調査 家計収支(2024年平均)』によると、65歳以上の女性単身者の1ヵ月の消費支出は平均15万5,923円。平均的な生活を送るためには毎月2万~3万円、貯金から取り崩すことになります。また最近は灯油の高騰により、冬の光熱費は以前と比べて1.5倍くらいになっているとか。夏まで光熱費が高くなるのは避けたい――。政子さん、クーラーの購入に二の足を踏む理由でした。

政子さんからのSOSを受け取った徹さんは、翌朝一番の飛行機を手配し北海道へ。実家に到着したのは午前10時をまわっていました。

玄関を開けた瞬間、言葉を失います。

「室内に入ったとたん、むっとするような熱気が襲ってきました。温度計を見ると、リビングの気温は35度を上回っていて外よりも暑い。台所に置いてあったプラスチック製のまな板が、少し波打つように曲がっていました」

母の姿がない…ようやくつながった電話の向こうから聞こえたのは

室内のあまりの暑さに驚いた徹さんは、母を探しましたが、どこにも見当たりません。寝室も風呂場も、裏庭にも人の気配はなし。冷蔵庫の中には前日から手をつけていない食材がそのまま残っていました。

「この暑さで倒れたんじゃないかと、本気で焦りました」

数十分後、やっと政子さんの携帯に電話がつながりました。「おお、徹か。どうした?」と呑気に言うので、力が一気に抜けてしまったといいます。

「朝、あまりに暑かったから、家にいられなくて。少しでも涼しいところを探して転々として。9時にスーパーが開くから、ずっとそこのベンチにいたのさ。あそこは冷房が効いていて快適だから」

徹さんが急いでスーパーに迎えに行くと、母は麦わら帽子をかぶり、手にタオルを握りしめてベンチに座っていました。保冷バッグには溶けかけた氷水のペットボトル。母は「涼しいけど、座っているだけで体がだるいわね」とつぶやきました。連日の暑さがこたえているようです。

徹さんはその日のうちにエアコンを設置するため、家電量販店をいくつも回りました。しかし、どの店舗でも「設置工事は最短でも3週間待ちです」と告げられました。「今すぐつけてもらわなければ意味がないのに……」と肩を落とす徹さん。とりあえず、冷感マットや冷却枕、冷却シート、小型扇風機、冷却スプレーなど、とにかく使えそうな冷感グッズを大量に購入して実家に戻りました。

帰宅した徹さんは、政子さんのために床に冷感シートを敷き、氷水を用意。扇風機を3台同時に稼働させ、その前には氷を置き、冷風が届くようにしました。

株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護の調査によると、8割以上の高齢者が熱中症にならないよう気をつけていると回答。一方、子世代の6割以上が離れて暮らす親の熱中症が心配だといい、心配する理由の3割が「親がエアコンを使っていない」でした。実際エアコン嫌いな高齢者は多く、その背景には、エアコン設置費用のほか「電気代がもったいない」「昔は扇風機だけで十分だった」という我慢の習慣が根強く残っていることがあるようです。

徹さんは、実家での3日間の滞在中、仮設的な冷房環境を整えつつ、3週間後にはなりますが、エアコン工事も予約。また今後、政子さんが無理せず快適に暮らせるように福祉サービスや地域の見守り制度の導入も検討したといいます。

「今回はたまたま電話が来て、すぐ動けたからよかった。でも、もし連絡がなければどうなっていたか……」

[参考資料]

総務省『家計調査 家計収支(2024年平均)』

株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『LIFULL 介護が高齢の親と、親と離れて暮らす子を対象に熱中症予防に対する意識調査を実施』

(※写真はイメージです/PIXTA)