
ホテルや旅館を訪れたあと、うっかり「忘れ物」をしてしまった経験はありませんか。忘れ物が見つかると、宿泊施設が宿泊客に連絡し、返送してくれるのが一般的です。
ところが先日、ある温泉民宿が「忘れ物対応」についてSNSに投稿し、大きな注目を集めました。その民宿は、X(旧Twitter)で「今後一切返送はしません」「当館まで取りに来るか最寄警察に届けるので警察とやり取りをお願いします」と宣言したのです。
どうやら返送をめぐって、何らかの「嫌な思い」をしたことが背景にあるようですが、この姿勢には、ネット上で賛否の声が上がっています。そもそも宿泊施設には、忘れ物を返送する法的な義務があるのでしょうか。池田誠弁護士に聞きました。
●「取りに来てください」は法律的に間違っていない忘れ物の取り扱いについては、遺失物法で具体的な処理方法が定められています。
宿泊施設が忘れ物を発見した場合や、他の宿泊客から届け出を受けた場合、その施設は、遺失物法上の「施設占有者」としての義務を負うことになります。
具体的には、できるだけ早く持ち主に返すか、警察署長に届け出なければならず、その間は「善管注意義務」を負って保管しなければなりません。
また、宿泊施設は不特定多数の人が利用する施設に位置づけられており、忘れ物の情報や発見日時・場所を利用者に見やすい場所に掲示するか、それらの情報を記録して、関係者に閲覧させることが求められています。
返還については、警察庁の解釈運用基準で、「物件の占有を遺失者に移転させること」と定義されており、「引き取りに来たときにこれを引き渡せば足り、物件を引き渡すために遺失者の元に赴くことまで求めるものではない」とされています。
さらに遺失物法施行規則では、警察署や特例施設占有者(駅や空港など)が忘れ物を返還する際、持ち主に「送付することができる」と定めているだけで、送付が義務であるとはされていません。
このように、宿泊施設が忘れ物を返還する方法として、郵送せず「取りに来てください」と対応することは、法律上、決して間違った態度ではないことになります。
●着払い返送のほうが「合理的」といえる面もただし、宿泊施設は、善管注意義務を負って、忘れ物を管理しなければいけません。
また、返送費用は持ち主負担ですし、現実に請求する施設は少ないと思いますが、法律上は謝礼(報労金)も受け取れるわけですから、保管中の破損・紛失のリスクや、警察で詳細な情報を申告しないといけない事務負担を考えれば、着払いで返送するほうが合理的といえる面もあります。
もちろん、持ち主の確認が不十分なまま返送してしまったり、保管や返送中の破損をめぐってクレームを受けたりするリスクもありますから、「返送しない」という判断も十分に理解できるものです。
●警察とやり取りして「着払い返還」を求める宿泊客が再び現地を訪れるのが困難で、宿泊施設が着払いによる返送にも応じてくれない場合は、施設に対して、できるだけ早く警察署に忘れ物を提出するよう依頼しましょう。そのうえで、警察署とやり取りし、着払いでの返還を求めることが現実的な対応となります。
ただし、警察署が実際に発送するのに相当な日時がかかる場合もあるようですので、すぐに必要な物品の場合には、やはり宿泊施設と返送に関して交渉するほうが合理的です。
着払いで返送を依頼すること、持ち主であることを十分に証明することはもちろんですが、輸送時の破損等について一切宿泊施設の責任を問わないことの念書を差し入れるなどすると、宿泊施設としても返送のハードルが大きく下がるかもしれません。
【取材協力弁護士】
池田 誠(いけだ・まこと)弁護士
証券会社、商品先物業者、銀行などが扱う先進的な投資商品による被害救済を含む消費者被害救済や企業や個人間の債権回収分野に注力している下町の弁護士です。債権回収特設ページURL(https://nippori-law-saikenkanri.com/)
事務所名:にっぽり総合法律事務所
事務所URL:https://nippori-law.com/

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