
「いつまで働くか」「年金をいつから受け取るか」……老後が近づくと、誰もが悩むものです。多くの人は65歳から年金を受け取りますが、繰上げ・繰下げという選択肢もあり、それが老後のプランにも大きな影響を与えます。今回は繰上げを選択したAさんの事例と共に、年金と老後プランについて見ていきましょう。
いつまで働く?…Aさんの場合
50代に差し掛かるころになると、「いつまで働くのか」「お金は足りるのか」といったことを真剣に考え始める人は多いでしょう。それまで漠然としていた“老後”が、急に現実味を帯びてくるからです。
元会社員のAさんも、きちんと老後を意識し始めたのは50代前半だったといいます。ただ、お金の準備自体はそれよりも早く、着実に進めていました。
「私は、仕事だけで人生を終えるのは御免だという思いが若いころからありました。早く仕事を辞めるにはお金が必要。じゃあ、しっかりと貯めていかなきゃと」
その背景には、Aさんの父の存在がありました。父は当時、大手企業で働いていた会社員。ワークライフバランスという概念など微塵もない時代に、がむしゃらに働いている印象だったといいます。
「本当に忙しそうでしたね。帰宅しても寝るだけで、休日も家族そろって出かけた記憶なんて、ほとんどありません。小さい頃は、友達の家族の話を聞いては寂しい気持ちになったものです」
そんな父は、Aさんが19歳のときに心筋梗塞で急逝。わずか54歳の若さでした。
「父本人がどう感じていたかはわかりませんが、傍から見ると仕事だけの人生、幸せだったのだろうかと。そんな人生に強く疑問を持つようになったのは、あの時からです」
父の死で学んだ「お金の大切さ」
とはいえ、父が家族のために身を粉にして働いていたことも、理解していたといいます。実際、父が残した貯金と保険のおかげで、Aさんは無事大学を卒業できました。
この経験から、Aさんはお金の大切さをしみじみ実感。結婚後は妻と協力しながら地道に貯金を続け、40代半ばからはお小遣いの一部やボーナスを活用して投資も始めたそうです。
「時代に助けられたのもあって、投資の資産は順調に増えました。でもリーマンショックのときなんて本当に大変で、どうなるかと……。それでも、苦しい局面でも握り続けた結果、さらに資産が増えていったんです」
コツコツ蓄財を続けた結果、60歳時点でAさんの資産は5,000万円を突破。子どもも独立済み、住宅ローンを完済済みです。そして、その年に念願だった「少し早めのリタイア」を実現できたのです。
Aさんが5年繰上げを即決できたワケ
Aさんの65歳時点の年金見込み額は月17万円ほど。5年の繰上げによって約25%減額され、月12万円強に。妻も同様に繰上げたため、彼女の年金も月6万5,000円程度になります。
「やはり5年も繰上げると、差は大きいですよね。ですが、迷いはありませんでした。それもお金を貯めてきたからこそです。繰上げのネックは減額ですが、それがカバーできる貯蓄があったのは大きかったと思います」
繰上げの最大のデメリットは「一生にわたる減額」ですが、Aさんにとってそれよりも大事だったのは早く自由になることでした。
「仮にもっと貯金が少なくても、早く退職をして、年金を受け取りながら、少しアルバイトをしてやりくりしたと思います。65歳で会社員から解放されるのは、個人的にはちょっと遅すぎます。60歳からの5年間って、本当に貴重ですから」
現在68歳になったAさん。妻と旅行に行ったり、公園に散歩をしに行ったり、図書館に行ったり。そんな自由が何よりの幸せだと感じているといいます。一方で、繰下げについては、こう語ります。
「たしかに増額幅の大きさは魅力。でも、そこまで元気でいられるのか? そのお金を使って楽しむ体力があるのか? 生きていられるのか?……そう考えると選ぶメリットはかなり薄いんじゃないでしょうか」
年金と働き方、あなたはどうする?…後悔のない選択を
年金受給のスタートは原則65歳からですが、希望によって繰上げ(前倒し)・繰下げ(後ろ倒し)が可能です。繰上げは最大60歳、繰下げは最大75歳までずらすことができます。
繰上げ受給をした場合、1ヵ月の繰上げごとに0.4%(1962年4月2日より前に生まれた人は0.5%)年金が減額。最大の5年繰上げると24%(同30%)年金が減ります。一方で、繰下げ受給の場合、1ヵ月の繰下げごとに0.7%年金が増額。最大の10年繰り下げると84%年金額が増額します。
繰上げの最大のメリットは年金を早く受け取れること、最大のデメリットは年金の減額です。一方、繰下げの最大のメリットは年金の増額、最大のデメリットは受け取り時期が遅くなる分、実際に活用できるかは未知数ということです。
繰上げるか、待つか。それとも、自分のタイミングで受け取るか。正解はありませんが、後悔のないよう、自分の人生観と資産状況に合わせた選択をすることが何より大切です。

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