
もしも愛するわが子から「助けてくれ」とSOSが届いたら……多くの親は「なんとか助けてあげたい」と思うのではないでしょうか。ただ、税務署はその“親心”に対する追徴課税を虎視眈々と狙っているかもしれません。年金収入と夫の遺産で穏やかに暮らす84歳女性の事例をもとに、思わぬ追徴課税を回避するためのポイントをみていきましょう。宮路幸人税理士/CFPが解説します。
穏やかな老後が一転…84歳治子さんがひどく“動揺”したワケ
都内の小さなマンションに住む、84歳の治子さん(仮名)。日課は庭の小さなプランターで育てた花に水をやることと、ご近所さんと世間話を楽しむことです。
治子さんは月6万円の年金と、亡き夫の遺産を含む3,000万円の貯金を少しずつ切り崩し、質素ながらも穏やかな日々を送っていました。
そんなある日のこと。突然治子さんの自宅に、税務署から1通の封書が届きました。「税務調査実施のお知らせ」と書かれたその通知に、心当たりのない治子さんは首をかしげました。
しかし、調査の結果、衝撃の事実が明らかになります。
税務調査官によると、治子さんのひとり息子である健太郎さんに、600万円もの追徴税が課されるというのです。
「いったいどうして……」
治子さんは動揺を隠せませんでした。
息子を想う親心…本来なんの問題もないはずだが
数年前のコロナ禍、治子さんの息子・健太郎さん(当時48歳)が経営していた飲食店が、倒産の危機に瀕していました。緊急事態宣言により客足が途絶え、売上が激減していたのです。
「母さんごめん、絶対にいつか返す。だから、お金を貸してくれないか……」
治子さんは、息子の涙ながらの懇願に「返済はいつでもいいから」と伝えたうえで、夫の遺産のうち2,000万円を迷わず送金したといいます。
その後、コロナ関連の助成金や低利融資の支援をフル活用し、健太郎さんはなんとか倒産を回避。常連客も戻り、以前よりも繁盛するまでになりました。
ここまでは、ただ健太郎さんの会社に貸し付けただけであり、追徴税を課されるようなことはなさそうです。しかし、健太郎さんは“とんでもない過ち”を犯していたのでした。
健太郎さんが犯した“とんでもない過ち”
実は健太郎さん、コロナ関連の助成金や低利融資の支援を活用したことで、治子さんから受け取った2,000万円は使わずに貯金。後にその2,000万円を自宅購入資金に充てていたのでした。
見殺しにしろってこと!?…調査官に詰め寄るも、事態は変わらず
店の経営に回復の兆しが見えてきたある日、まずは健太郎さんの店に税務調査が入りました。
調査官は帳簿に記載された「治子さんからの2,000万円」に目を留めると、その出所と使途について、治子さんからも詳しく事情を聞くことに。そして、先述のように治子さん自身にも調査がおよんだのです。
その結果、この2,000万円は経営資金ではなく実質的に贈与であると認定され、贈与税と加算税をあわせて600万円の追徴課税が課されることとなりました。
治子さんは思わず、調査官に詰め寄りました。
「ありえない……愛するわが子のピンチだったんですよ!? どうすればよかったの! 見殺しにしろってこと!?」
涙ながらに訴える治子さんでしたが、調査官は淡々と法の適用を説明するばかり。治子さんと健太郎さんは渋々、追徴税を支払うことになりました。
2,000万円が「事業資金」であればよかったのか
治子さんは、わが子を想う親心から2,000万円もの資金援助を行いました。
しかし、健太郎さんは助成金などを利用した結果なんとか経営を持ち直し、結局治子さんからの預金には手をつけることがありませんでした。
今回のような場合、どうすれば贈与税を課されずに済んだのでしょうか?
そもそも、治子さんが援助を行った資金が本当に店舗の立て直しに充てられていれば、追徴課税は避けられた可能性が高いです。
しかし、たとえ経営を再び軌道に乗せるための「事業資金」として使われていたとしても、「贈与」であるとみなされた場合、追徴税を課される可能性があります。
そのため、思わぬ追徴税を避けるためには、あくまでも贈与ではなく「貸付」であるという証拠を準備しておくことが重要です。
税務署から「贈与」と判定されないための対策5選
1.「金銭消費貸借契約書」を作成する
贈与ではなく、金銭の貸付であることを示すためには、客観的な証拠となるように書面で契約書を作成しておきましょう。
2.返済能力に応じた金額を貸す
貸付金額は、息子の返済能力に見合った金額に設定すべきです。返せる見込みのない大きな金額の場合、贈与を疑われやすくなります。
3.無理のない返済計画を定める
貸付の際には、親が存命のうちに終わるように返済計画を定めましょう。すでに親が高齢にもかかわらず、返済期間が20年や30年だった場合、返済するつもりがあったのかどうか疑われるリスクが高まります。
4.適切な金利を設定する
無利子の場合、通常の金利分の贈与があったものと判断されます。少額であればかかりませんが、念のため一般的な金利である1~2%程度の金利を設定しておくといいでしょう。
5.返済・利払いは銀行口座を通じて行う
元金と利子の支払いは、客観的な記録が残るよう、銀行口座を通じて行いましょう。現金でやりとりすると客観的な証拠が残らず、税務署にエビデンスを証明するのが難しくなるため注意が必要です。
親子間で大きな資金移動があると、税務署は「贈与があったのではないか?」と疑うため、税務上の指摘を受けるリスクが跳ね上がります。あとで思わぬ追徴税を課されぬよう、事前に対策をとることをおすすめします。
宮路 幸人
宮路幸人税理士事務所
税理士/CFP

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