
7月クールのTBS日曜劇場『19番目のカルテ』がスタートしました。主演の松本潤さんがキャリア30年目にして初めて医師役に挑むことで話題ですが、その役柄は日本ではまだ耳慣れない「総合診療医」です。ただ、「総合診療医って何?」「どんな医者なの?」と疑問を持った方も多いのではないでしょうか。本記事では、そんな皆さんに向けて「総合診療医」とはどういった医師なのかを解説します。
○総合診療医とは? 臓器を問わず患者を診る"19番目"の専門医
総合診療医とは、一言でいえば「病気ではなく、人を診る医師」です。医師の多くは、内科や外科、眼科や整形外科といった特定の臓器・分野の専門医です。しかし総合診療医は特定の診療科目にとらわれずに幅広い疾患や症状に対応できる医師で、患者の性別や年齢、臓器などを問わず診療を行います。例えば「どの科に行けばよいかわからない」という症状でも、まず総合診療医が総合的に診察し、必要に応じて適切な専門科につなぐ役割も担います。
日本の医療はこれまで臓器別の細かな専門領域に分かれて発達してきました。その専門分野は18分野ありましたが、総合診療は近年になって19番目の新たな専門領域として加わった分野です。実際、総合診療医は2018年に始まった新専門医制度で正式に「専門医」として認定された比較的新しい存在です。
ただ、総合診療医という存在は一般にはあまり広く知られていないのが現状です。主演の松本潤さん自身も「このドラマをきっかけに『総合診療科』というものを知る方も多いのではないでしょうか? 僕もその1人です」とコメントしておられます。
○「病気ではなく人を診る」総合診療医の診療スタイル
では、総合診療医の言う「病気ではなく人を診る」とは具体的にどういうことでしょうか。そのポイントの一つが、患者さんとの向き合い方です。
総合診療医は患者の訴えを徹底的に「問診」(インタビュー)するための研鑚を重ねています。患者の症状だけでなく生活習慣や家庭環境、精神的な悩みなど背景にあるものまで含めて把握しようと努めています。必要に応じて患者さんのご家族の状況にも目を配り、その人にとって最善のケアは何かを一緒に考えていきます。このように、患者との対話が重視されています。
ドラマでも、第1話でこのスタイルが印象的に描かれました。ある骨折で入院中の患者さんが「喉の痛み」を訴えた際、担当の整形外科医は自分の専門外の症状に戸惑い、耳鼻科に任せようとします。しかしそこに総合診療医の徳重(松本潤さん)が現れ、丁寧に話を聞くことで喉の痛みの陰に隠れた重大な疾患の兆候を見抜き、緊急手術につなげたのです。
このシーンは、病名や担当科にとらわれず患者の全体像を見る総合診療医の特徴を表しています。「医者なのに風邪も治せないのか」と不満をぶつける患者に対し、徳重は問診を通じて症状の背景を探り、必要なら他科とも連携して本当の問題を解決していきました。まさに患者の「心」や「生活背景」まで踏み込んで最善策を共に探る総合診療ならではの診療と言えるでしょう。
○総合診療医は"かかりつけ医"――欧米では多くいるが、日本ではこれから?
総合診療は、広く浅いということではなく、その幅広い対応力から「卓越したジェネラリスト診療*」とも表現できると思います。
*藤沼康樹先生の書籍「卓越したジェネラリスト診療入門―複雑困難な時代を生き抜く臨床医のメソッド」(医学書院, 2024.5.27)より
そして、総合診療医は、様々な診療科のよくある疾患等に精通している必要などがあり、人を診るプロフェッショナル性が高いともいえます。地域で診療所を開業している総合診療医であれば、いわゆる「家庭医」や「かかりつけ医」として、風邪からケガまで何でも相談できる身近な存在になります。
実際、欧米諸国や台湾では家庭医と呼ばれる総合診療医が一次医療(プライマリ・ケア)の担い手として定着しており、患者は最初に総合診療医に相談することができます。専門分野に特化しない幅広い知識を持つ医師が入口で診てくれることで、患者は症状ごとに医療機関を回らずに済む可能性が高まります。健康相談から慢性病の管理、予防医療まで含めて長く寄り添ってくれる総合診療医は、これら他国では身近に存在しています。
一方で日本では、これまで街のクリニックの多くが「内科」「耳鼻科」「皮膚科」など臓器や疾患ごとに看板を掲げた専門医による個人開業が主流でした。そのため、患者側も症状に応じて別々の医療機関に行くのが当たり前で、「何科に行けばいいのかわからない」と戸惑うケースは少なくありません。総合診療医はまさに、そうした受診迷子を防ぎ、ワンストップで診てくれる存在と言えます。
○日本の総合診療医はこれから増える? ドラマが映す未来
総合診療医は制度上認められてまだ数年と日が浅く、現時点ではその数も多くありません。そのため「総合診療医に診てもらったことがない」という人がほとんどでしょう。
しかし着実に研修プログラムが整備され、今後は確実に増えていく見込みです。総合診療専門医の初めての認定者が出たのは2021年度であり、現在も若手医師がこの新しい道に進み始めています。総合診療医が増えることで、患者にとっては身近に何でも相談できる総合診療医を"かかりつけ医"とされる方が増えると考えられます。
松本潤さん主演の『19番目のカルテ』は、そんな総合診療医の存在意義を広く伝えてくれる作品です。「病気だけでなく人を診る」という総合診療医の理念は、一見地味に思えるかもしれません。しかし、だからこそ患者一人ひとりに寄り添った医療が実現できます。
今回ご紹介したように、総合診療医は幅広い知識と人間的なアプローチで患者を包括的に診る医師です。次回は、「総合診療医がいま注目される理由」と題して、総合診療の重要性について掘り下げます。
川﨑真規 かわさきまさき 日本総合研究所 上席主任研究員2001年関西大学総合情報学部卒業、2024年関西学院大学経営戦略研究科修了。システム会社、コンサルティング会社を経て、2009年に日本総合研究所へ入社。中国現法の副総経理を歴任し、2019年から日本の医療・財政・産業政策の研究・提言活動に従事。2023年の衆議院厚生労働委員会「健康保険法等の一部を改正する法律案」に関する参考人。近著『医療・ヘルスケアのためのリアルワールドデータ活用 : ビッグデータの研究利用とビジネス展開』(中央経済社、2022年) この著者の記事一覧はこちら
(川﨑真規)

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