
●「塵を積もらせず、一気に感情をたたみかけていくのが難しかった」
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)で佐野政言役を演じた矢本悠馬にインタビュー。第28回「佐野世直大明神」では、政言が江戸城内で田沼意知(宮沢氷魚)を斬りつけるという衝撃の展開が描かれたが、その舞台裏や役作りについて話を聞いた。
江戸時代中期の吉原を舞台に、東洲斎写楽、喜多川歌麿らを世に送り出し、江戸のメディア王にまで成り上がった“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く本作。矢本演じる政言は、父・政豊の介護をしながら、父の期待に応えようと様々な苦心をしてきた親孝行者だ。意知の刃傷事件を起こしたことで、後に「世直し大明神」と評される。
矢本は、政言役をどのような思いで演じていたのだろうか。
「最初のワンシーンではセリフが一言二言でしたが、打ち合わせの時にプロデューサーや監督が『不気味でヒール的なものになれば』とおっしゃっていて、意知を殺めるということだけはわかっていたので、今後の展開へのワクワク感と、メインキャラクターの1人を殺すという重大な責務に対して緊張感も感じました」
当初はヴィラン的な要素を意識していたが、その後、政言の知られざる側面が露呈したことで役作りを大幅に変更したそうで、「途中で完全にキャラ変したので大丈夫だったかな」とやや心配も。
「父親が認知症になる背景や、宴の場での引っ込み思案なところ、人とうまくコミュニケーションができないといったディテールが急に出てきたので、最初の設定をひっくり返して演じ始めました。僕の中では、意知への嫉妬よりも、生活の厳しさや一生懸命やっていることが表に出ないというジレンマのパーセンテージを上げていきました。ただのヴィランというよりは、悲しい背景があり、意知を殺すしかない状況に追い込まれていく方がいいと思ったので」
佐野家は徳川家に仕えた由緒正しい家柄で、なおかつ田沼家がかつて佐野家の家臣筋だったため、それを示そうと政言は意知に家系図を渡すが、父・田沼意次(渡辺謙)により池に投げ捨てられてしまう。また、贈り物をしても一向に報われず、政言の中では鬱憤が募っていく。そして27回で意知と政言の関係性は悪化し、急展開を迎えることに。
「宮沢氷魚くんがすごく誠実で好青年な意知を演じられていたので、政言も彼を信用し、好きになることは簡単でした。ただ、1話でそれが恨みに変わり、殺さなければいけないというスピード感で演じるのは大変でした。唐突に殺しに行ったとは思われたくないので、27回の一つ一つのシーンでどこまで自分を追い込められるかが大事だったかと。普段の芝居なら1を受け取るのを、一つ一つの環境での台詞を100、200倍に上げていくことは精神的にもきつかったし、初めての体験だったかもしれません。塵を積もらせず、一気に感情をたたみかけていくのが難しかったです」
そんな政言について「生まれは良くても、時代が変わり、自分で営業をかけてのし上がっていく時代になったことで、もともと自分よりランクが下だった田沼家が上にいき、なおかつ父親からはプレッシャーをかけられつつ、父親の世話もしなきゃいけない。そういう“システム”について絶望感みたいなものがあったと僕は受け取りました」と述べる。
○「きれいな殺陣にしたくなかった」 政言の心境も解説
28回で意知を斬りつけるときの政言の心境についても解説してくれた。
「斬りかかる前までは、これで自分の人生が全部終われるんだなという清々しさがありました。ずっと限界に近い精神状態の中で生きてきて、父親が桜の木を斬りつけているのを見て、もう人生が終わった方が楽なんじゃないのかなと思ったのではないかと。自分が生きてきて、何にもしないままいなくなるよりは、何か歴史的に大きなことを起こせば、最後に一花咲かせられると思ったのかもしれません」
とはいえ「刀の手入れをしている時や、刀を振っている時には、怒りの感情が湧いていました。それは自分に対してのやるせない怒りでもあって、自分を奮い立たせ、鬼になっていたという感覚でした」と政言の複雑な胸中を語る。
意知役の宮沢とは事前に殺陣練習を行い、動きの確認をしたという。
「体格差がありすぎるので、不意打ち的にしたいと言いました。最初は呼び止めて刀を抜き、歩いて斬りかかるという動きでしたが、それよりもいつも通り挨拶したと思ったらいきなり斬りかかる方が面白いと感じたので。『覚えがあろう』というセリフは、台本に言う場所が書かれていましたが、『好きなところで言っていいですか?』と相談させてもらいました」
さらに矢本は「あの時代は侍が刀を抜くことが異常な時代だったので、刀に対しての緊張感もありました。斬りつける僕も斬られることに慣れてない感を出したかったので、きれいな殺陣にしたくなかったです」と思いを明かした。
●切腹シーンは晴れやかな気持ち「やっと逝けるなと」
意知は政言に斬られ、深手を負って命を落とし、政言も切腹することに。切腹シーンについて矢本は「完全に晴れやかな気持ちでした」と振り返る。
「父親が恨んでいた田沼家に対して一矢報いることができたし、こんなにつらい人生を明日から送らなくて済むし、父親の面倒も見なくても済む。やっと逝けるなと、空を見上げて『いい空だな』と思えるような気持ちで死にました。恨みとか怒りというものよりは、追い込まれて、壊れていき、気づいたら剣を取っていた感じかなと。たぶん(意知は)自分の理想であり、その憧れの対象を自分の手で射止めることで、憧れの人よりも上になれたというか、何か心が浄化したのかもしれません」
だが、「演じていて全然楽しくなかったです」と少し笑いながら本音を漏らした。
「収録期間は10日もなかったのですが、1日1日が濃くて。日数が少ない割には精神的に追い込まれていたし、相手役の方と芝居していく中で、台本を読んだ時と感情が変わっていったり、ちょっとした発見もありました。今までで一番、いい意味でプランニングをしなかった役かもしれません」
矢本の大河ドラマ出演は『真田丸』(16)、本作と同じ森下佳子脚本の『おんな城主 直虎 』(17)に続いて8年ぶり3作目。前作出演時について「当時20代半ばぐらいだったと思いますが、小さい頃にテレビで見たことのある人が多すぎてびっくりしました(笑)。まだ自分も役者として若かったし、相手役の台詞をちゃんと聞ける状況でもなく、自分の役を演じるのに精一杯でした」と振り返る。
『直虎』では武闘派の中野直之役を好演。当時と今回の政言役とのギャップを感じたという。
「『直虎』の時は自分が能動的に動く役でしたが、今回は受けばかりで、人のセリフを聞くことが多かったです。また、前回は最強の役でしたが、今回は最弱の役だったので、そのギャップを楽しんでいただけたんじゃないでしょうか」
○「『べらぼう』史上一番熱い回になってくれればという気持ちで演じた」
政言役は佐野にとって新境地の演技となったようで、楽しくないという発言もあったが、やりがいは大きかったようだ。
「ここまでセリフを受け続けることもこれまでなかったですし、僕はコミカルな役を求められることが多く、つらいとか苦しいといった不完全燃焼みたいな気持ちを演じることもあまりなかったので、いつもよりお芝居ができていたみたいな感覚はありました。だから楽しかったです!」
政言による刃傷事件は大きな反響を呼びそうだが、矢本は「意知は本当にプリンスで、氷魚くん自身が素晴らしく演じてくれたおかげで、この28回が盛り上がると思うと本当に感謝したいです」と笑顔を見せる。続けて「反応が悪くても良くても、僕の手柄なんじゃないですか?」とお茶目に豪語し、笑いを取った。
「もともと『べらぼう』史上一番熱い回になってくれればという気持ちで演じました。意知というメインキャストがいなくなる寂しさはもちろんあると思いますけど、それにふさわしいものをという思いで、最後の殺陣のシーンを2人でやれたと思うので、自信を持って皆さんに見てほしいなと思いました」
ちなみに同シーンの収録終了後は、宮沢と言葉を交わし、恋人つなぎをして写真を撮ったそうだ。
「お互い血まみれの手での恋人つなぎでした。あのシーンでは犬猿の仲だったけど、現場はこんなにラブラブです!」
残念ながら、佐野政言と田沼意知は、壮絶な最期を遂げたが、今後も引き続き『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』を楽しんでいきたい。
■矢本悠馬
1990年8月31日生まれ、京都府出身。映画『ぼくんち』(03)でスクリーンデビュー。近年の主な出演作は、『破戒』(22)、『Gメン』(23)、『ゴールデンカムイ』(24)、『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』(24)、ドラマ『となりのナースエイド』(24)、『舟を編む~私、辞書つくります~』(24)、『Destiny』(24)、『イップス』(24)、『相続探偵』(25)など。映画『愚か者の身分』が10月24日公開予定。
(C)NHK
(山崎伸子)

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