●志半ばでの退場 その最期に込めた“優しさ”と“悔い”
現在放送中の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で、渡辺謙扮する父・田沼意次と共に幕政改革に挑んだ田沼意知を演じた宮沢氷魚。志半ばで非業の死を遂げるという衝撃的な展開は、多くの視聴者の胸を打った。約1年にわたる収録を終えた宮沢が「芸能界の父」と慕う渡辺との絆や、意知として生きた日々、大河ドラマ出演から得た揺るぎない思いについて語った。

第28回「佐野世直大明神」で、若年寄として辣腕を振るい始めた矢先、矢本悠馬演じる佐野政言の凶刃に倒れた田沼意知。あまりにも突然な退場は、視聴者に非常に大きな衝撃を与えた。

「佐野に斬られて深い傷を負い、体が弱っている中、意次がそばにいる。そこで僕が少し目を覚まして、最初に心配するのが誰袖のことなんです。自分のことより常に誰かのために生きてきた人物だったので、それが最後まで見えた印象が強いです。そして、やり残したことがあったと悔いを口にする。本当に意知の人生そのものが、短い時間で見事に描かれているなと感じました」。

演じていて特に印象深かったのは、意知が自分を斬った佐野を一切責めなかったことだという。

「普通なら『くそっ、こんなはずじゃなかった』と思ってもいいのに、意知なりの佐野に対する同情というか、彼の凶行に対する理解までいかないかもしれませんが、“分かろうとする思い”が最後まで見えました。本当に優しくて、より豊かな幕府を作るために身を削った人物だなと改めて感じましたね。思っていたよりも穏やかに最後に向かっていきました」。

穏やかながらも、意次に後を託す思いは熱を帯びていた。そこには、演出による大きなこだわりがあった。

「意次に『残りは任せた』と託すところの思いは、すごく熱いものがありました。演出の深川貴志さんのこだわりで、意知が最後に意次の胸にすっと手を当てるという動きがあったんです。言葉がなくても意次に受け継がれていくものが、そこでしっかりと描けたと思います」。

そして、意知が息絶えた後、宮沢は亡骸として横たわりながら、父・意次の慟哭を間近で聞いていた。

「いや、苦しかったですね……。意知が殺されたきっかけの一つは、意次が佐野の家系図を捨ててしまったことでもあります。意次も多分それはわかっていると思います。佐野に対する恨み以上に、自分自身の判断や過去の過ちが、一瞬で溢れてきたんじゃないかなと思います。田沼家にとっても佐野家にとっても、最悪な結末になってしまった。だからこそ、すごく悔やまれるんです」。

この悲劇的な結末も、脚本を読んだ時は「うれしかった」と胸の内を明かす。

「しっかりと意知の最期を描いてくれたのがすごくうれしかったです。セリフも本当に素晴らしくて、多くを語らないけれど、意知の人生や思っていたことの全てを詰め込んでいただいた。それがあるからこそ、彼が死んだ後の展開がより複雑になり、面白くなっていくのかなと思います」。

渡辺謙が与えてくれた“大きな財産”「助けてくれる存在でした」

意知を演じる上で、意次を演じた渡辺の存在はあまりにも大きかった。以前、渡辺が主演を務めた舞台『ピサロ』で共演経験があった宮沢。そのときから、親身になって相談に乗ってくれたという。2人の間には、単なる親子役を超えた深い絆が生まれていた。

「謙さんから学ぶことは本当にたくさんありました。収録の合間に『もうちょっとこのセリフはこう言った方がいい』など、謙さんが見て感じたことを共有してくださるんです。良かったところは『すごく良かったから、このまま行こう』と。2人で話し合って、シーンをより良くしていくという風にやってくださいました」。

ある重要なシーンでは、渡辺へ自ら電話をかけ、セリフの読み合わせに付き合ってもらったという。

「田沼家の今後を左右する大事なシーンで、僕自身の成長と意知の成長を表現する必要がありました。謙さんからしても『最後、ビシッと決めて気持ちよく終わろうよ』という心遣いがあったのだと思います。謙さんとすごく丁寧に作り上げることができました」。

自分のノウハウやスキルは、俳優にとって“商売道具”でもある。それを惜しみなく分け与えてくれる渡辺の姿勢に、宮沢は深い感銘を受けた。

「この収録期間中、僕が行き詰まったり悩んだりした時、一番に相談したのは謙さんでした。大抵、僕が悩んでいることに真っ先に気づいてくださるので、相談に行くと『いや、あそこでしょ』とすぐに分かってくれる。謙さんと一緒にいるとすごく安心できますし、助けてくれる存在でした」。

福原遥演じる誰袖と育んだ“かけがえのない時間”「気づいたら虜に」
武士として常に鎧をまとい、張り詰めた日々を送る意知。そんな彼が唯一、素の自分をさらけ出せたのが、福原遥演じる花魁・誰袖の前だった。

江戸城や屋敷にいる時は、どこか鎧を着ている感じがありました。でも、誰袖といる時は一番自然体で、自分の立場も忘れてしまうくらい、すごく楽しい時間を過ごしていました。誰袖には、父にも誰にも相談できないことや見せられないものを、自然と見せられていたんだと思います」。

最初は松前家の抜荷の調査のために「利用する」という側面もあった関係性。だが「明確な瞬間はない」というものの、いつしか心惹かれる存在になっていた。

「気がついたら虜になっているという感じでした。誰袖にはそういう中毒性があると思うんです。自然と誰袖の元へ行きたくなる。じわじわと、でも初めて肌が触れ合う瞬間では、一気に『好き』という感情が加速する感覚はありました」。

誰袖を演じた福原とは『映画 賭ケグルイ』に続いて2度目の共演。その表現力と人間性に、全幅の信頼を寄せていた。

「本当に素晴らしい方です。花魁は所作、セリフも覚えることが多い中で、指導が入っても瞬時に的確に応えることができる。何より、収録の負担が大きい日でも、福原さんは常に明るくて、とにかくチャーミングで、一緒にいるだけで自然とこっちもワクワクしてくるような方でした」。

2人の関係が最も美しく描かれたのが、意知が狂歌が書かれた扇を誰袖に渡すシーンだったという。

「その時の誰袖の、見たことのない表情が出てきたんです。うれしさと照れが混ざって、意知としてはそれがうれしいけど恥ずかしい。お互いあまり目を合わせられない、本当に若い2人のキュンキュンした恋愛シーンでした。2人のこれからの幸せな時間がなんとなく想像できた時に、意知が死んでしまう。自分でも読んで『もう少し2人の幸せな時間を見たかったな』と思いました」。

○念願の大河ドラマで不安を乗り越えてつかんだ達成感と自信

もともと大河ドラマへの出演は、宮沢にとって大きな目標だった。だが、念願が叶った喜びも束の間、物語中盤の重要な役どころを担うプレッシャーから「基本的に毎日不安でした」と振り返る。

「その不安を一つひとつ乗り越えていく日々が1年間続き、気がついたら終わっていたという感じです。でも、振り返ってみると、自分の中でもすごく成長したなという実感があります。人としても、役者としても。意知の成長をできる限り僕が表現できたんじゃないかという達成感がありました」。

この1年で得た大きな学びは、「不安」が持つポジティブな側面だった。

「不安だからこそ、それを取り除くためにもっと頑張らないと、今の自分のパフォーマンスじゃ足りないと思わせてくれる。自分のハードルを少しずつ上げていって、それを超えたらまた少し上げて……と繰り返すうちに、気がついたらすごく高いハードルも飛び越えられていた。この経験は、この先の仕事にも繋がると思いますし、人生で困難に直面した時に『これくらいなら超えられるぞ』と自信を与えてくれた作品です。役者としてだけではなく、一人の人間としてすごく充実した1年間でした」。

共に作品を牽引した座長・横浜流星との最後のシーンで、宮沢はクランクアップを迎えた。

「『米の値を吊り上げているのは商人たち。商人のことは商人に聞くのが一番じゃないか』というシーンで蔦重のところに行く、2人きりのシーンでした。蔦重とフランクに話すシーンがあまりなかったので、最後は蔦重と一緒に芝居をして終われたのは、すごくいい終わり方だったなと思います。横浜さんは本当に素晴らしい座長。1年間一緒にいて、すごくリラックスできる方でした。その自然な空気感が、蔦重と田沼家の関係性にもうまくリンクしたんじゃないかなと思います」。

大河ドラマという俳優を志していたときから抱いていた目標にたどり着いた宮沢は「目標も上がりましたし、『また出たいな』という気持ちも生まれました。ちゃんとレベルアップした自分で、また新たな役で、大河ドラマだからこそ作れる世界観の一員になりたい。素晴らしい経験をさせてもらったので、今度は何かしら恩返しとして、また力になれたらなと思います」と未来に思いを馳せていた。

■宮沢氷魚(みやざわ・ひお)
1994年4月24日生まれ、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。2015年に『MEN'S NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを獲得し、同誌専属モデルとしてデビュー。2017年にドラマ『コウノドリ』で俳優デビュー。ドラマ『偽装不倫』(19)、連続テレビ小説『エール』(20)、映画『騙し絵の牙』(21)、舞台『ピサロ(21)連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)など話題作に出演。初主演映画『his』(20)や映画『エゴイスト』(23)で数々の賞を受賞。2025年放送の『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』で大河ドラマ初出演。岸井ゆきのとのW主演映画『佐藤さんと佐藤さん』が2025年秋公開予定。

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(磯部正和)

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