親世代の「タンス預金」は、家族にとって思いがけない心配の種になることがあります。特に高齢の親が一人暮らしとなり、体調や生活環境が変化すると、現金の管理方法も大きく変わるものです。銀行に行くことが難しくなったり、不安から現金を手元に置きたくなったり……。本記事では、そんな親の「安心」の裏側に潜むリスクと、家族ができるサポートについて、田中節子さん(仮名)の事例とともに合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が解説します。※相談事例は本人の許諾を得てプライバシーのため一部脚色しています。

父の死後、様子が変わった母の「現金管理」…娘が知った驚きの実態

東京都内に住む会社員の田中美穂さん(仮名/57歳)は、父の一周忌を終えたころから、実家で暮らす母・節子さん(仮名/85歳)の様子に違和感を覚えるようになりました。父が亡くなってからというもの、節子さんは急激に足腰が弱くなり、外出には車椅子が必要に。要介護2の認定を受け、訪問介護サービスを利用する日々が始まりました。

節子さんが受け取っている年金は月15万円。これは本人の国民年金と、長年商社に勤めていた父の厚生年金からの遺族年金を合わせた金額です。父が遺してくれた自宅と貯金2,500万円を合わせれば、暮らしに困ることはありません。

「銀行に行きたいけど、ヘルパーさんに付き添いをお願いするのは気が引けて……。それに、お金の話なんて絶対にできないし」

実は、キャッシュカードを紛失してしまい、再発行手続きが面倒で、そのまま窓口での対応に頼るようになっていた節子さん。娘に付き添ってもらうたびに「忙しいのに申し訳ない」と感じていたといいます。

「次はいつお願いできるかわからないから」と、一度に多めに現金を引き出し、それを家の中に保管するように。

美穂さんは「お母さんが心配しないように」と理解を示していましたが、まさか長年かけて貯金2,500万円分をすべて引き出し、家中に隠すようになっているとは思いもしませんでした。

「いざというとき、銀行に行けなかったらどうしようって、心配で……」

節子さんの気持ちは切実です。外出のたびに体力も気力も消耗し、手元に現金がないと不安で仕方がない。そんな気持ちが、現金を家に置くという選択につながっていました。

さらに追い打ちをかけたのが、テレビで頻繁に報道される高齢者宅を狙った強盗事件。「家に現金を置くのは危ない」とわかってはいても、「いざというときに使えないほうがもっと怖い」と、節子さんの心は揺れ動きます。

「だから、家の中のいろんな場所にわけて隠しているの。洋服タンスの奥、本棚の裏、冷蔵庫の中、仏壇の引き出し、使わなくなった薬の箱の中にも……」しかし、隠し場所が増えるほど、今度は「どこにしまったかわからなくなる」ことが増えてきました。

「このあいだも、どうしても見つからなくて……。夜中じゅう探し回って、結局、冷凍食品の奥に封筒が埋もれていたのを朝方ようやく見つけたのよ」

節子さんは苦笑いしながら美穂さんに話しますが、娘としては心配が募るばかりです。

一番たくさんお金を入れた封筒がなくなった!

その不安が現実のものとなったのは、ある日の深夜のことでした。午前2時を回ったころ、美穂さんのスマートフォンの画面が着信を告げて光ります。表示されたのは「実家」の文字。胸騒ぎを覚えながら電話に出ると、聞こえてきたのは母・節子さんの泣きじゃくる声でした。

「美穂……どうしよう、お金がないの! どこを探してもないのよ……!」

明らかにパニック状態の母。美穂さんは急いでタクシーを拾い、実家へと駆けつけました。

リビングで茫然と座り込む母をなだめながら、2人の大捜索が始まりました。洋服タンスの奥、本棚の裏、冷蔵庫の中、仏壇の引き出し、薬箱の中……。これまで聞いていた隠し場所を一つひとつ確認しますが、母が「どうしても見つからない」という、一番大きな金額をまとめた封筒は見当たりません。

捜索が2時間を過ぎたころ、心身ともに疲れ果てた節子さんが、ふと顔を上げて呟きました。

「そういえば……。あの帯……」

その言葉に、美穂さんはハッとします。タンスの一番奥にしまい込まれていた、思い出の桐の箱。その中には、節子さんがお嫁入りに持参した礼装用帯が静かに眠っていました。

美穂さんが恐る恐る畳紙を解いて帯の間に手を入れると、指先に分厚い封筒の感触がありました。

「あった……! お母さん!」

しかし、安堵したのも束の間。そのずっしりとした重さに、美穂さんは思わず息を呑みます。中から出てきたのは、帯の間に収まりきらないほどの分厚い封筒が数束。

その中身を目にした瞬間、美穂さんは安堵よりも強烈なめまいに襲われ、動転しました。 そこには、優に数百万円はあろうかという現金の塊が。見つかった安堵と、目の前の現金が放つ異様なプレッシャーを感じました「お母さんが守ろうとしていたものは、これなの……?」。

節子さんがただの物忘れではなく、自らの資産を管理できなくなりつつあるという厳しい現実。そして、家の中に散らばる現金がもたらす本当のリスクを、美穂さんはこのとき、痛いほど実感したのでした。

タンス預金の主なリスク

節子さんのように、現金を自宅に保管する「タンス預金」は、2024年時点で50兆円規模ともいわれています。特に高齢者世帯では、現金を手元に置くことが「安心」につながる一方、その裏にはいくつものリスクが潜んでいます。

盗難・災害による損失

火災や地震、空き巣被害に遭った場合、現金はほとんど補償されません。火災保険でも現金の補償は20万円程度が上限となっているのが一般的です。

認知症発症時の混乱

本人が隠し場所を忘れてしまい、家族も把握できないまま現金が「消えてしまう」こともあり、相続時のトラブルなどにもつながりかねません。

資産価値の目減り

インフレが進むなか、現金を持ち続けることは、実質的な資産価値の低下を招く恐れもあります。

親の資産を守る、いますぐできる2つの改善策

節子さんのようなケースを防ぐため、家族としていまからできる対策を考えてみましょう。

1.銀行預金への分散保管

現金はできるだけ銀行に預け、必要最小限だけを手元に置くのが基本です。1金融機関・1預金者あたり、元本1,000万円とその利息までが預金保険制度(ペイオフ)の対象となっており、それを超える場合は複数の金融機関に分散して保管するのが望ましいでしょう。

また、最近は高齢者向けサポートが手厚い地域金融機関も増えています。家族が同行して代理人カードを作成する、あるいは、通帳を共同管理するなど、日ごろから無理のない体制を整えておくことが安心につながります。

2.緊急時用の現金を備えておく

災害や急な入院など、緊急時に備えて3〜6ヵ月分の生活費は現金で確保しておくと安心です。ただし、生活費のすべてを現金で賄っているわけではないでしょうし、生活費の金額は人それぞれです。多くても100万ほどあれば十分ではないでしょうか。それ以上の大金は、盗難・紛失リスクを考えると避けたほうが無難です。

なお、将来的な認知症リスクに備えて、家族信託を活用する方法もあります。これは、信頼できる家族を受託者に指定し、資産管理を任せることで、本人の判断能力が低下しても安全な資産運用を可能とする制度です。資産凍結を防ぎつつ、柔軟な対応が可能となる点で注目されています。

ただし、導入には30~100万円程度の費用がかかることもあり、資産規模や家庭の事情に応じた慎重な検討が必要です。

親の安心の裏に潜むリスクを、家族で乗り越える

高齢の親が「安心のため」に始めたタンス預金。実はさまざまなリスクが潜んでいます。親の大切な資産を守るためには、家族が早めに状況を把握し、適切な管理方法を一緒に考えていくことが不可欠です。

節子さんのケースでも、娘の美穂さんが母の状況を把握したことで、具体的な対策を始めています。定期的に銀行に同行し、代理人カードの作成も検討中。隠していた現金の一部を銀行に戻すなど、少しずつ「見える資産管理」への転換を進めているところです。

「親のお金のことは聞きにくい」と感じる方も多いでしょう。けれど、親子で率直に話し合うことが、将来の安心につながります。

親の資産を守るために、まずは現状を知り、家族みんなで最適な管理方法を見つけていきましょう。

三原 由紀

合同会社エミタメ

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)