毎年誕生月に送付される「ねんきん定期便」について、受給見込額以外はしっかり確認していないという人もいるのではないでしょうか。そんな人は要注意です。山﨑裕佳子CFPによると、「ねんきん定期便」には年金受給見込額と同じかそれ以上に注意深くチェックしておきたい項目があるといいます。定年間近の隆司さん(仮名・59歳)の事例をもとに「ねんきん定期便」の注意点を見ていきましょう。

たったこれっぽっち?…「年金受給見込額」にショックを受ける隆司さん

隆司さん(仮名・59歳)は、中堅の機械メーカーで働くサラリーマンです。年収800万円ほどで、1歳年下のパート勤めの妻と神奈川県内のマンションに暮らしています。まもなく迎える老後の生活は、預金と退職金を合わせた2,000万円と、65歳から受給する予定の年金で十分に賄えるだろうと考えていました。

しかし、隆司さんが59歳の誕生日を迎えた5月のある日。自宅に、A4サイズの「1通の封筒」が届きました。

特別なねんきん定期便

「ねんきん定期便」には、毎年誕生月に送付されるはがきサイズのものと、35歳、45歳、59歳の誕生月に年金についてのより詳しい内容が記載されたA4サイズの封筒のものとがあります。

隆司さんは、毎回ねんきん定期便が届くと受給見込み額には一応目を通していたものの、数字の意味を正確に理解しようとしたことはありませんでした。

宛先の下に書かれた「必ず中身を確認してください」の文字が目に入り、「そろそろきちんと年金額を把握しておかないとな」と思った隆司さんは、封筒を開封。

すると、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせた受給見込額は「180万円」と書かれています。

「たったこれっぽっち? 年間180万円って、月15万円だろ? そんなんで生活できるか!」

それまでのねんきん定期便に書かれた見込み額は「概算」であるとして楽観的に捉えていた隆司さんですが、期待していたよりはるかに少ない見込額に憤慨。他の内容はろくに確認しないまま、乱暴に封筒を机の引き出しに放り込んでしまいました。

えっ、うそだろ?…同僚が口にした“まさかの事実”

それから半年ほど経ったある日、隆司さんは同僚との雑談のなかで年金について話していました。すると同僚は、「ねんきん定期便」について衝撃の事実を口にします。

「こないだ俺にも『ねんきん定期便』が届いたんだけどさ。中身を確認したら、年金の加入記録が間違っていたんだよ。あれには驚いた

「えっ、うそだろ? 本当にそんなことあるのか?」

「そうなんだよ。『訂正請求』とかけっこう面倒でさ、いやあ、参ったよ。お前も年金をもらい始める前にちゃんと確認しておいたほうがいいぞ」

隆司さんは、半年前乱暴にしまったままの「ねんきん定期便」を思い出し、帰宅後再び「ねんきん定期便」の封筒を引っ張り出すことにしました。

すると、封筒のなかにこれまでの詳しい年金加入履歴が同封されていることに気がつきます。

おいおい…ねんきん定期便の「誤り」を発見

長いあいだ同じ会社に勤めている隆司さんですが、過去に1度だけ転職経験があります。

最初の就職先は大学在学中にアルバイトをしていた飲食店に、店長に誘われるまま就職。3年ほど在籍し、26歳のときに退職しました。その後、アルバイトを転々としながら転職先を探すこと1年、27歳のときに現在の会社に就職したのです。

年金加入記録をよく見ると、勤め先ごとに年金に加入した年月日、資格を失った年月日の記載がありました。隆司さんが自分の過去の記憶を年金の加入記録と突き合わせてみると、最初に就職した飲食店の年金記録が2年分ありません。また、転職活動中の1年間のアルバイト期間は国民年金が未納となっていました。

おいおい、俺も間違ってるよ……だから思っていたより年金額が少ないのか? すぐに封筒の中身を確認すればよかった……」

「訂正請求」には“証拠”が必要

さて、どうしたものかと思案する隆司さん。早速年金事務所に向かいました。

年金記録が事実と異なる場合は、年金記録の訂正請求を国に行うことができます。年金の訂正請求は厚生労働省に対して行いますが、窓口は近くの年金事務所です。なお、請求に費用はかかりません。

手続きには、年金記録訂正請求書や同意書などの提出が求められますが、当時の勤務状況を証明できる資料(たとえば年金手帳や、給与明細書、預金通帳など)が必要になります。

隆司さんの場合、飲食店で働いた3年間のうち2年間の厚生年金記録がないようです。しかし、飲食店はすでに倒産しており、隆司さんには当時を証明できるものがありません。

困った隆司さんは、知り合いのファイナンシャルプランナーに相談。すると、提出できる資料がなにもない場合でも、周辺事情から訂正請求ができるケースがあることがわかりました。たとえば、事業主、同僚など当時の勤務状況や給与などを証言ができる人がいれば、訂正が認められる場合があるということです。

隆司さんは、当時一緒に働いていた後輩に連絡をしてみることに。後輩は数十年ぶりの連絡に驚いていましたが、事情を話すと「第三者証明」に協力してくれることになりました。

隆司さんの年金額はいくら増える?

仮に隆司さんの2年間の年金記録が認められた場合、年金額はいくら増えるのでしょうか。

平成15年3月以前に厚生年金に加入していた場合の厚生年金報酬比例部分の金額は、次の式で計算することができます。

厚生年金報酬比例部分の計算式(~平成15年3月まで)

 平均標準報酬額×7.125/1,000×加入月数

隆司さんの記憶によると、当時の月収は16万円ほどだったそう。その場合、次のように計算できます。

16万円×7.125/1,000×24月=2万7,360円/年

一方、国民年金の1年分の未納分については、納付期限から2年を過ぎているため追納はできません。ただし、老齢基礎年金が満額に満たない人は60歳以降に任意で国民年金に加入すれば、基礎年金を満額に近づけることは可能です。

隆司さんの「その後」

同僚とかつての後輩、そしてFPの協力のもと、隆司さんは年金記録の訂正請求を行いました。

その結果、隆司さんの認識どおり「ねんきん定期便」に記載された年金加入記録に不備があったことが判明。本来は厚生年金に加入しなければならない働き方だったにもかかわらず、最初の2年間は会社が厚生年金保険に加入させていなかったことがわかりました。

加えて、国民年金の任意加入についてはFPと相談のうえ、払う保険料と増える年金額を天秤にかけた結果、見送ることにしました。

したがって、65歳以降受け取る年金額は、ねんきん定期便に記載されていた額のままということになります。

代わりにFPからは、できるだけ長く働くことを提案され、隆司さんも前向きに検討しています。たとえば、65歳まで月収20万円で厚生年金に加入して働けば、年金額は年間6.5万円増やすことができます。

厚生年金報酬比例部分の計算式(平成15(2003)年4月以降)

20万円×5.481/1,000×60月=6万5,772円/年

十分とはいえない金額かもしれませんが、長く働くことで勤労収入を得られれば資産の目減り速度を緩めることができるでしょう。

ねんきん定期便は必ず“隅々まで”確認を

50歳以降の人のねんきん定期便には、将来の年金受給見込額が記載されています。特に59歳の誕生月に送付される「ねんきん定期便」には詳しい加入記録が掲載されていますので、自分の記録や記憶と相違がないか必ず確認しましょう。

働いていたのに厚生年金保険の加入記録がない、厚生年金保険に加入した日が就職日より後になっている、社会保険料を徴収されていたにもかかわらず加入記録がないなど、ねんきん定期便の記載内容に疑問がある場合には、可能な限り素早く年金事務所に問い合わせましょう。調査の結果、誤りや漏れが認められれば年金加入記録が回復します。

山﨑 裕佳子 FP事務所MIRAI代表 1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP認定者

(※写真はイメージです/PIXTA)