事業を営むにあたって、補助金や助成金の活用は重要な資金調達の手段ですが、いま、それらにまつわる常識が大きく変わろうとしています。それが2026年行政書士法の改正です。経営者は注意を怠ると、これまで積み上げてきた信用を大きく損なうリスクもあるため、十分な注意が必要です。

「グレーゾーン」だった補助金申請代行業務、完全に変わる

事業を営む中で、補助金や助成金の活用は重要な資金調達手段の1つです。しかし、その申請を誤った相手に委託することで、築き上げた信頼と地位を一瞬で失うリスクがあることをご存知でしょうか。

2026年1月1日に施行される行政書士法の大幅改正により、これまで「グレーゾーン」とされてきた補助金申請代行業務が完全に変わります。無資格者による補助金申請代行が完全違法となり、違反者には1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科せられることになりました。

この変化は、単なる制度変更ではなく、これまでの事業者の常識が通用しなくなる、重大な転換点なのです。

事業者が陥りやすい「申請代行」の罠

新型コロナウイルス感染症に伴う給付金申請において、無資格者による不正申請により22億円もの被害が発生するという、衝撃的なニュースをご記憶でしょうか。なかには給付額の6割を報酬として搾取される、悪質なケースも報告されています。

日本行政書士会連合会の常住豊会長は、「国民が知らず知らずのうちに不正に加担させられてしまう事態が起きた」と深刻な問題意識を示しました。

事業に忙しい経営者ほど、専門外の申請業務を外部委託しがちなのですが、そこに大きな落とし穴が潜んでいます。

悪質な業者の典型的手口として、下記のようなものが代表例です。

「御社の事業なら確実に通ります」と断言

「コンサルティング料」「システム利用料」など補助金申請料以外の名目で高額請求

申請書類の水増しや虚偽記載を提案

不採択になっても「手数料は返金しない」と主張

このような業者と関わってしまうと、不正申請に巻き込まれ、事業継続に致命的な打撃を受けるリスクが極めて高くなります。

2026年改正、なにが変わる?

では、改正によってなにが変わるのが、重要なポイントをまとめていきましょう。

◆補助金申請代行の完全独占化

これまで中小企業診断士やコンサルタントが行っていた補助金申請代行業務は、2026年1月以降、行政書士の完全独占業務となります。重要なのは「いかなる名目によるかを問わず報酬を得て」という文言が追加されたことです。つまり、以下のような名目での代行もすべて違法となります。

コンサルティング料に含めての申請代行

システム利用料での実質的な代行

顧問料に含めての申請作成

設備導入費用に含めての申請サポート

◆厳格な処罰制度の導入

下記の通り、違法な行為を行うと、個人・法人それぞれに厳しい処罰が行われます。

個人への処罰

1年以下の拘禁刑

100万円以下の罰金

法人への処罰

違反した社員だけでなく法人自体も処罰対象

両罰規定により、経営者の監督責任も問われる

事業を営む方にとって、刑事処分を受けることは許認可への影響、取引先との関係悪化、そしてなにより社会的信用の失墜を意味します。一度失った信頼を取り戻すには、長い年月と多大なコストを要します。

「行政手続きの大変革」が始まる

今回の改正で見逃せないのが、行政手続き自体の根本的な変化です。

従来(事前的手続き)

申請受付まで時間がかかる

受付されれば概ね許可

事前審査が厳格

今後(事後的手続き)

デジタル化により申請は簡素化

●申請後の調査・審査が厳格化

●不許可率の上昇が予想される

この変化により、申請は簡単になる一方で、事後調査での不許可リスクが増大します。不許可時の迅速な不服申立てが事業継続の鍵となりますが、不服申立て期間は処分を知った日から3ヵ月以内と限られています。

デジタル化時代の事業継続戦略

今回の改正では、ほかの士業法に先駆けて「デジタル社会への対応」が行政書士の職責として明文化されました。これは事業者にとって重要な意味を持ちます。

事業者が直面するデジタル化課題

●電子申請システムへの対応

●デジタル関連の補助金活用

マイナンバーカードを活用した各種手続き

●DX推進に関する許認可申請

これらの分野で、行政書士は単なる書類作成代行ではなく、デジタル化の推進パートナーとして機能することが法的に位置づけられました。

とくに従来型の事業を営む経営者のなかには、デジタル化に不安を感じる方も多いでしょう。しかし、今回の改正により、行政書士は「誰一人取り残されないデジタル化」の支援を行う法的義務を負うことになりました。

これは、技術的な支援だけでなく、デジタル化に伴う各種申請・手続きの包括的なサポートを受けられることを意味します。

災害時の「事業継続」に備える重要性

近年の大規模災害を踏まえ、今回の改正では災害復興支援も重点項目となっています。事業継続は、単なる経営課題ではなく社会的責任でもあります。

災害時に必要となる緊急手続き

●事業施設の被災時再建申請

●災害復旧に関する補助金申請

●保険金請求に伴う各種証明書作成

●事業継続計画(BCP)に関する届出

●従業員の安全確保に関する手続き

これらの手続きは、災害発生時に迅速に行う必要がありますが、平時から準備していなければ対応は困難です。

行政書士は全国に5万3,000名、人口カバー率99%のネットワークを持っています。災害時には、被災地外の行政書士が支援に入る体制も整備されていることから、確実な復旧支援を受けることができます

「顧問行政書士」という新しいリスク管理手法も

これまで顧問契約といえば、税理士や弁護士が一般的でした。しかし、今回の法改正を機に「顧問行政書士」という新しいリスク管理手法が注目されています。

事業者の時間単価を考えれば、専門外の申請業務に時間を費やすより、信頼できる専門家に任せる方が圧倒的に効率的です。とくに、不正申請に巻き込まれるリスクを考えれば、顧問料は安価なリスク保険といえるでしょう。

◆顧問契約のメリット

1. 継続的なコンプライアンス管理

法改正への迅速な対応

申請業務の適法性確認

リスクの事前回避

2. デジタル化の包括支援

新しいシステム導入時の手続きサポート

電子申請への移行支援

IT関連補助金の効率的な活用

3. 災害時の即座対応

事前の準備体制構築

災害発生時の迅速な手続き代行

復旧計画の策定支援

事業者がいまから準備すること

法改正の詳細や自社事業への影響について、早めに専門家に相談することをお勧めします。2026年1月の施行まで残り5ヵ月となったいま、準備を怠れば大きなリスクを抱えることになります。

1. 現在の契約関係の緊急点検

現在、補助金申請を外部に委託している場合は、委託先の資格を確認してください。行政書士資格を持たない業者との契約は、2026年1月以降大きなリスクとなります。

確認すべき項目

委託先の行政書士登録の有無

特定行政書士資格の有無(不服申立て対応可能か)

契約内容の適法性

報酬体系の透明性

2. 信頼できるパートナーを選定する

以下の基準で選定することをお勧めします。

行政書士会への正式登録

●特定行政書士資格の有無

●デジタル化対応の実績

●災害時対応の体制

●継続的なサポート体制

「社会的信用の失墜」リスクの警戒を

事業を営む皆様であれば、一つのミスが与える影響の大きさを理解されているはずです。補助金申請での不正に巻き込まれ、社会的信用を失うリスクは、決して軽視できません。

2026年行政書士法改正は、単なる制度変更ではなく、事業者としての信頼と継続性を守るための重要な転換点です。経営者は、これまでの「できる限り安くすませる」という発想から、「適法な申請で事業を守る」という発想への転換が求められているのです。

浅井 聡 リーガルコンサルティング行政書士事務所 特定行政書士

(※写真はイメージです/PIXTA)